第216話 思わず上げた声


「やはりわたくしの勘からは逃れられませんわッ!」


「うっせぇぞパツキン。バレたらどーすんだよ?」


 わたくしは自身の勘が冴え渡った事に興奮しましたが、野蛮人なんかに諌められました。我ながら不覚。


 現在わたくし達は、テステラ郊外の山中の一角。そこにあった山小屋の近くの茂みに隠れております。山小屋に向けて、人国軍の方々が威嚇の魔法を放っていました。すると出てきたのは、魔族の一種である悪魔族の兵士達。


 つまり、ここにバフォメットがいる可能性がかなり高いという訳ですわ、おーっほっほっほッ!


 あの後、オトハとウルリーカの資料漁りのお陰で、件のバフォメットが戦争中にどのような戦術を取っていたのかをおおよそ把握する事ができました。まとめて見ますと、彼は奇襲や夜襲、その他の人国軍の裏をかくような攻撃をよく仕掛けていた事が解りました。


 つまり、簡単に言ってしまえば、バフォメットは捻くれ者という訳です。それさえ解れば、後は簡単でしたわ。


 彼が捻くれ者であると言うのであれば、馬鹿正直に魔国へ逃げようとするなんてあり得ない。そう、彼なら普通はあり得ないと思われる所に身を隠すと、わたくしはそう踏んだのです。


 この状況下で1番あり得ないのが、襲撃したユラヒ、そして人国の首都、テステラに身を隠す事。魔国へ逃げようとしている魔族が、一番警備の固い首都や、あるいはその近郊に潜むなんて、常識的に考えてやる輩なんていないでしょう。


 だからこそ、バフォメットはそこに潜んでいると、わたくしの勘が告げたのですわ。


 後はイルマと男性陣に調べさせた、テステラ近郊で一部隊、多くても三十名程が隠れられそうな場所をピックアップさせて、確認。ユラヒからの移動距離と魔国への逃げやすさ等を鑑みて最終的にわたくしの勘が働いたのが、この山小屋でしたわ。


 後は、人国軍に通報するだけ。わたくし達だけでは逆立ちしても勝てませんので、大人しく軍を頼るのです。


 ユラヒ襲撃でピリピリしている人国軍に、魔族を見た、という一報を入れれば、嫌でも彼らは見に来ていただけるでしょう。


 案の定。人国軍の方々が急いで確認しに来てくださいましたわ。しかも、それを率いているのが、オーメンさんです。


「マギーちゃんの勘には前に驚かされたからな! とりあえず、隠れてること。あとは俺たちに任せな」


 そう笑っていたオーメンさんでしたが、はて、わたくしは彼の前で勘を発揮したことがありましたこと? 忙しそうにサッサと行ってしまわれましたので、そこのところを聞きそびれてしまいましたわ。


 まあ、良いでしょう。今はそれよりもバフォメットを、ひいてはマサトを見つけるのが先決ですわ。


 おそらくはここにいる筈……。


「……"蒼炎弾(サファイアカノン)"」


「ぎゃぁぁぁああああああああああッ!!!」


「マルサーァァァッ!!!」


 すると、山小屋から青い炎の塊が飛んできました。それを受けた人国軍のマルサーという方が、叫びながらのたうち回っています。


 い、今の青い炎は……。


「……ったく、な~んでここがバレたのか、し、ら? 大人しく誰もいない国境線沿いでも探し回ってれば良いものを……」


 そして山小屋を扉が蹴破られ、そこから一人の魔族が現れました。一対の長い角を携えた頭は真っ黒のオールバックで、その長さは胸くらいまでの長さ。もみあげとあごひげは繋がっておりますが、清潔感が漂うくらいに整えられていて、肌は青白く、鋭く尖ったツリ目を持つ、あの魔族。


「ッ!? いやがったな、バフォメットッ! 至急、遠話石で本隊に連絡だッ!」


 それを見たオーメンさんが指示を飛ばし、各人国軍人らに緊張が走ります。相手は魔国の魔皇四帝の一人。生半可な気持ちでは向かえませんわ。


「……あら。ダーリンじゃないの~! アタシを見つけてくれるなんて……これも愛の成せる力か、し、ら?」


「うっせぇッ!」


 温泉での飛球トーナメントの時のような軽口を叩いているバフォメットですが、オーメンさんは全く取り合おうとしておりません。


「マサト君も中にいるんだろッ? 大人しく返してもらおうかッ!」


「あ~らやだ、ダーリンったら仕事モード? 全く、余裕のない……その辺りは、まだまだ青い証拠か、し、ら?」


「各部隊、魔法用意ッ!」


 ニヤニヤと笑っているバフォメットに向けて、オーメンさんが声を上げます。それに続いて人国軍の皆さんが魔法陣を展開し、その全てをバフォメットへと向けています。


「撃てーッ!!!」


「「「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!」」」


 彼の号令に合わせて、無数の"炎弾"が放たれました。幾重にも連なっている炎の塊が、バフォメット一人へと襲い掛かります。


「……"蒼炎壁(サファイアウォール)"、"二連星(ダブルス)"」


 対して、バフォメットは青い炎の壁を二重に展開し、飛んでくる炎の塊の全てを受け止めました。こちらが放った炎が、一つ残さず青い炎へと消えていきます。


 あ、あれだけの"炎弾"を一人で防ぎきる、なんて……。


「……バケモンだな、おい」


「……あ、あれが魔皇四帝、なんか……わ、ワイはなんちゅー人と飯食ってたんや……」


 野蛮人と変態ドワーフが声を震わせています。確かに、あんな方が身近にいたのかと思うと、ゾッとしますわね。変態ドワーフの心中も、穏やかではないのでしょう。


「怯むなッ! あれだけの魔法なら、すぐに息切れが見えてくるッ! 次弾、準備ッ!!!」


「……目の付け所は良いわねぇ。さっすがダーリンッ!」


 オーメンさんの怒号に対して、それを褒めてさえいるバフォメットですわ。一体、何故そんな余裕が……?


「確かに、アタシ一人でこれだけの相手は……まあ、できない事もないけど、面倒なのよねぇ……だ、か、ら」


 すると、バフォメットは右腕を真っすぐに上へと伸ばし、パチン、っと指を鳴らしましたわ。


「やりなさいッ! アタシの可愛い部下達ッ!!!」


「「はい、バフォメット様ッ!!!」」


 その直後。向かって左の茂みから水色の長髪をなびかせピンク色の瞳を持つ悪魔が、右の茂みからはピンク色の長髪をなびかせ水色の瞳を持つ悪魔が少数の部下と思われる悪魔を連れて飛び出してきましたわ。


「んなッ!?」


「敵の大将が出てきたら、そりゃあビックリするわよねぇ。アタシから目が離せなかったんじゃない? それこそ、その左右に部下が展開していたとし、て、も」


 ニヤーっと笑ったバフォメットに、オーメンさんは構っている暇がありませんわ。挟撃された為に人国軍の方々には、少なからず動揺が走っているようにも見えます。


「クソッ! 各人対応開始ッ! 大丈夫だ、いずれ援軍が来るッ! 徹底抗戦の必要はないッ! それまで生き残れば俺たちの勝ちだッ!!!」


「……そうなのよねぇ……」


 やがては人国軍と魔国軍の小隊同士による白兵戦へと突入しました。その中で、バフォメットは右の人差し指を顎に当てて、考えるような仕草を取っています。


「ここでダーリン達を仕留めても良いんだ、け、ど。ど~せチンタラしてたら援軍が来るのよねぇ……な、ら、ば」


 そこまで言ったバフォメットはクルリと踵を返すと、山小屋の中に向かって歩き出しました。


「適当にやって、さっさと逃げましょうか。レイメイ、あれやるから、そのつもりで」


「「はい、バフォメット様」」


「逃がすかよッ! "炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!」


 歩き去ろうとするその背中に向かって、オーメンさんが魔法を放ちます。


「"蒼炎弾(サファイアカノン)"」


 対してバフォメットは、振り向きもせずに後ろ手を回して、魔法を放ちました。見てもいないのに、発射された青い炎の塊は、オーメンさんの"炎弾"に直撃して相殺されます。


「じゃあね~、ダーリン。縁があったら、ま、た、ね」


 そう言い残して、バフォメットは山小屋の中に消えていってしまいました。


「ッ!?」


 直後。嫌な勘が脳内に走ります。思わず、わたくしは声を上げましたわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る