第211話 同期同士の語り合い


「……お身体は大丈夫ですか、ノルシュタインさん?」


「……ベルゲン殿ッ! はい、私は大丈夫でありますッ!」


 あの襲撃事件から一夜明け、ノルシュタインとベルゲンはユラヒの街の一角に作られた仮説テント周辺にて、忙しく走り回っていた。


 魔族の襲撃によるユラヒの街での被害状況の把握や救助活動。人国軍本部への報告。魔族が何処から入ってきたのかと言う侵入ルートの洗い出し。


 そして、逃げたバフォメットとマサトの捜索。やらなければならない事は、いくらでもあった。


「それは良かった。昨日の戦闘で、何処か深刻な怪我でもされていたら、大変でしたからね。ご無事で何よりです」


「ご心配をおかけして申し訳ないのでありますッ! しかしッ! 私は見ての通り元気でありますッ! それは、隣で一緒に戦っていただけた、ベルゲン殿のお陰であると思っているのでありますッ!」


「いえいえ。私こそ、色々と助けられましたからね。貴方と共に戦うのなんか、本当にいつ振りでしたでしょうか……時に、ノルシュタインさん」


 社交辞令のようなやり取りの後。ベルゲンはいつもの言葉で、ノルシュタインに詰め寄った。


「……現魔王であった黒炎を宿したあの少年。マサト君の事について、貴方はいつから知っておりましたか?」


「…………」


 ノルシュタインは、口をつぐんだ。


「……隠さなくても大丈夫ですよ。何せ、ゲールノートのカルテの記録は、全て拝見いたしましたから」


「……ならば特に隠し立てする事もないのでありますッ! はいッ! マサト殿については、あの南士官学校での魔狼自爆事件の時から、私は存じておりましたッ!」


 これについて、ノルシュタインはいつもの調子で言葉を発した。友人であるゲールノートに強制捜査が入った事は、既に聞いている。


 まさかベルゲンがそこまで強引な手段を取ってくるとは思っておらず、聞いた時にはびっくりしたものだった。


 自分の事を認めている事も事実だろう。一緒に来てくれたら心強いと言った事も事実だろう。そして、


(ベルゲン殿が私を引き摺り下ろそうとしている事も……事実なのでありますッ!)


 その上で、自分を降ろして更なる出世を、ひいては戦争を望んでいる事も事実なのだろう。


 このベルゲンという男は、そういう男だ。自分の中の感情すらも完全に理解し、それを認めた上でなお、こうすると決めて動く事ができる。そこに躊躇い等ないままに。


 圧倒的な意志の強さ。こうすると決めたら迷わない、一本の芯がある男。ベルゲンの怖さは"魔法殺し"でも腕っ節でもなく、この意志の強さだと、ノルシュタインは気付かされた。


「それはそれは……いけませんなぁ、ノルシュタインさん。そんな大事なことを、誰にも報告していないと言うのは……今までの定例会議の議題には、上がっていませんでしたよね?」


「……その通りでありますッ!」


「そうですかそうですか……これは、どう、申し開きされるご予定で?」


 ニヤニヤと笑っているベルゲン。今回の件について、ノルシュタインは必ず処分を受けることになるだろう。それが解っているからこその、笑いである。


 これで、厄介な同期を、蹴落とせる、と。


「もちろん、人国王の前で、全てをお話させていただく予定でありますッ! 今回の件は、私の失態ッ! 全責任は私にあるのでありますッ!」


「……全く、貴方という人は……」


 それでも調子を崩さないのが、ノルシュタインという男だった。失敗しようがどうしようが、真っ直ぐにそれを見据えて正面から向かっていく。


 逃げも隠れもせず、ただ事実を述べて、向き合っていく。その姿の、なんと眩しい事か、とベルゲンは感じていた。


 今回の件で、間違いなくノルシュタインは降格か、もしくはそれ以上の処分をされるだろう。それは今まで築き上げて来た物や、信頼されていた部下達への裏切りである筈だ。


 にも関わらず、この男は臆さない。迷わず、逃げず、責任を取るという真っ当で地味な道を歩き抜く事を、心に決めている様子だ。流石にこのような事があれば、強く眩しいこの男の狼狽する姿の一つでも見られるかと思ったが、アテが完全に外された形だ。


「……まあ、良いでしょう。精々、人国王から厳しいお言葉でも受けてください。それよりも、まずは逃げた彼らの行方を追うのが先です。お話はその後にでも」


「了解致しました、でありますッ!」


 何はともあれ、まずは逃げたバフォメットとマサトの行方だ。優先順位的に考えて、人国内にいる魔皇四帝の一人を後回しにする事はあり得ない。


 彼についてが何とかなるまでは、ノルシュタインにも協力してもらう必要がある。いくら彼を蹴落としたいからと言って、それで魔族を逃してしまえば本末転倒だ。


 片がつくまでは、ノルシュタインにも協力してもらわなければ困る。処分はその後だ、とベルゲンは考えていた。


(……やはりまずはマサト殿が優先でありますッ!)


 そしてそれは当然、ノルシュタインも解っている。やる事も多く、緊急性があって手が足りていない現状、ここでいきなり自分を降ろす事はないだろうと踏んでいた。


 ならば、まだ時間はある。


(……マサト殿の行方を追いつつ、着いてきていただいた皆さまに不利益がいかないように、調整しなければなりませんッ!)


 ノルシュタインが糾弾されれば、自分を信じて着いてきてくれたアイリスやオーメンらにも、疑いの目が向く。


 自分はどうなろうと、せめて彼らだけは後に続けるように、手を回さなくてはならない。マサトを見つけた時から、最悪の場合を想定して用意はしていたものの、まだ誰にも託してすらいない。彼にはもう一つ、やる事があった。


「……しかし、魔族らは何処へ逃げたのでしょうなぁ。ノルシュタインさん。ここは一つ、貴方ならどうするか、という点でお話してみませんか?」


 少しして、ベルゲンが再び口を開いた。それは、敵の立場に立って物事を予想するという、ある種の思考実験。


 頷いたノルシュタインはベルゲンに座るように促し、二人して椅子に腰掛けて想像を膨らませる事にした。


「はい、でありますッ! まず私は、目標であるマサト殿を捕らえたのであれば、すぐにでも魔国へ戻ろうとすると考えますッ!」


「なるほど、道理ですね。わざわざ敵国内まで入り込み、マサト君を捕らえに来た奴らです。確保できたのなら、すぐにでも帰りたいでしょうな」


 そこは間違っていないだろう。敵国へ侵入し、あれほどの騒動を起こしてまで、マサトを捕まえに来たのだ。


 目的を達したのなら、一刻も早く敵国なんかからオサラバしたい。そう考えて当然である。


「……しかし現状。魔族が人国から脱出した気配はない」


 だがそれは、ベルゲンによって否定される。昨夜の騒動の後、彼はすぐに国境線沿いの警備網の強化を依頼し、出入り口を固めたのだ。


 それで完全に見張っていられるかと言われれば否かもしれないが、少なくとも逃げようとしている魔族の目撃情報くらいは入ってくる筈だ。


 目標を確保し、すぐにでも帰りたい筈の彼ら。にも関わらず国境線沿いにおいて、目撃情報は入ってこない。


「……何か私達の知らないルートや方法がある可能性は、ここでは排除しましょう。それがあるのなら、もうどうしようもありませんからね。そうなると……」


「魔族達、そしてマサト殿は、まだ人国内にいるという事になりますッ!」


 つまりは、昨日逃げた彼らが、まだ人国内の何処かに潜伏している、となる。


「……では、何のために?」


 ベルゲンのその問いに、ノルシュタインは声を上げる。


「……現状、私に思いつくのはこれくらいでありますッ! 一つは純粋に待っている状態ッ! つまりは確実に脱出できるアテがあり、その迎えが来るまで待っているという事ッ! そしてもう一つは……」


「……この人国内で、まだやる事が残っているから。という奴ですな」


「その通りなのでありますッ!」


 言葉を奪う形で、ベルゲンが口を開く。ノルシュタインはそれに、力強く頷いた。

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