第210話 明かされた秘密


 マサトが魔族に攫われてから、一夜が明けましたわ。わたくしは人国の首都、テステラ市内の病院のベッドにて、身体を起こします。


 あの後。次々と魔狼達が自爆していく中で、わたくし達は死を覚悟しました。しかし、ノルシュタインさんらの人国軍人の方々の働き。そして魔狼の自爆を良しとしなかった吸血鬼達の動きで、全ての命が吹き飛ぶような最悪の事態にはなりませんでした。

 

 それでも、死傷者は多数出てしまい、挙げ句人国の援軍が来た時には、生き残った魔族達のほとんどが逃げた後でした。


 結局はユラヒの街は半壊し、マサトも拉致されて行方知れずという、ほぼ向こうの思い通りに事が進んでしまったのです。魔狼達のほとんどが"終焉"によって自爆し、その中にはあの魔狼部隊長のヴァーロックも含まれておりました。


 現在、ノルシュタインさんらは捕らえられたマサトの行方を必死に探しているらしく、彼らも負傷している筈なのに、さっさと退院していかれました。


 残されたのは負傷した一般市民の方々と、わたくし達ですわ。


「……そろそろ、行かないと」


 人国軍の方々か、それともイルマが気を回してくれたのか、怪我をしたわたくし達は皆、個室を与えられております。一人で気兼ねなく休めるのはありがたいのですが、あまり呑気に寝てもいられません。


 これから、オトハと何故か事情を知っているらしいウルリーカに、話を聞かなければなりませんから。わたくしは部屋を出ると、待ち合わせに場所にしたオトハの個室を目指します。


 同じような内装が続いて普段なら迷ってしまいそうな病院内ですが、わたくしは迷いなく彼女の部屋にたどり着きました。


「失礼しますわ」


『あっ、マギーさん……』


 わたくしが部屋の扉を開けた時には、オトハ、ウルリーカ、イルマ、野蛮人、変態ドワーフと、既に皆さんが揃っておりました。


「おせーぞパツキン。迷子にならなかったのは偉いが……」


「うっさいですわッ! 一度階を間違えただけですッ!」


「どうして同じ階の部屋に行くのに、わざわざ階段を使おうとするのさ?」


「ウルリーカ様。お嬢様はかつてのご自身の家ですら迷子になる程の……」


「嘘やん。自分の家やろ、お姉さま……」


「イルマーッ! 余計な事は言わないでくださいましッ!」


 いつものようなやり取りですが、わたくしの勘は、皆さんがどこか無理をしているように感じました。


 また、イルマは足を怪我しておりますが、何とか歩いたりするくらいはできるみたいです。大事がなくて何よりですわ。


 本来ここに、もう一人いるべき彼がいない事。そしてその彼について、今まで隠されてきたお話を、今から聞こうと言うのですから。


 特にオトハとウルリーカは、緊張しているように見えましたわ。


『……それじゃ、マギーさんも来たし。わたしからお話するね』


「……ボクは後から知ったから、さ。補足とか入れるくらいにしておくよ」


「……よろしくお願いいたしますわ」


 そうして、彼女達の口から、マサトが一体誰で、何を隠していたのかが、語られました……。



「信じ、られねぇ……」


「わ、ワイの妄言、あた、当たってたんかァ……?」


「マサト様が異世界人で……しかも、魔王だったので、ございますか……?」


 彼女達の話を聞いて、一同は騒然としていました。あり得ない、と呟いている野蛮人。嘘やん、と信じられないでいる変態ドワーフ。情報を飲み込めていなさそうなイルマ。


 わたくしとて、彼らの気持ちは痛い程解りますわ。あの酒モドキを飲んだくれていた日に、変態ドワーフが発した何気ない一言。


 あれでわたくしの勘が動き、こうなのではないか、それならば今までの辻褄が合う、と頭の中に電流が走った内容と、彼女達の話は同じでしたわ。


 本当に、嫌になるくらいに働きますわね、わたくしの勘は。


「……もう一つ、聞かせてくださいまし」


 周りがざわついている中、わたくしはオトハとウルリーカを見据えます。聞きたいのは事実もそうなのですが、もう一つ、確認しなければならないことが。


「それをわたくし達に隠していたのは……どうしてですの?」


『それ、は…………』


 わたくしが聞きたいのは、ここです。内容よりも何よりも、何故話してくれなかったのか、という点。


 ここは、絶対に聞いておかなければなりません。わたくしの問いに、野蛮人と変態ドワーフも息を呑んでおります。


『……隠してたのは、本当にごめんなさい……でも、わたしもウルちゃんも、そしてマサトも……みんなに迷惑をかけたくなかったって、思ってるの』


 少しして。オトハがゆっくりと魔導手話でお話してくれました。


『異世界から連れて来られたマサトと、奴隷だったわたしは魔国から逃げてきた……その時に、わたし達を助けてくれた、人国の軍人さん達がいたんだ。その人に、わたし達の事情は、あまり言いふらさない方が良いって言われて……そこで、マサトとわたしで相談したんだ。知れば必ず巻き込んでしまうなら、なるべく言わずにいよう、って』


「……ボクが知ったのは、ホントに偶然だったんだ」


 オトハに続いて、ウルリーカが話し始めます。


「クラス対抗白兵戦のあの日。ボクは自爆したあの魔狼、イーリョウに唆されて協力してたけど、ボクが使えなくなった途端に無理矢理連れていかれようとしてた。それを助けてくれたのが、マサトだったんだ。隠したいと思ってた力まで使って、ボクをイーリョウから、助けてくれた……その時に、あの姿を見ててね。全部終わった後で、オトちゃんから話を聞いたって訳さ」


『……その時に、ノルシュタインさん達にも知られたんだ、わたし達の事』


 もう一度、オトハの番となります。


『マサトの事もそうだけど、わたしの事もその時にお話したんだ。それで護衛に来てくれたのが、オーメンさんとアイリスさん。あの二人が、わたし達を守ってくれてた』


「……よーく、わかりましたわ」


 突如として歳上の人国軍人の方々と知り合っていたマサトとオトハ。なるほど。お二人の事情を知ったからこその、護衛だったという訳ですわね。


『……これが。今までわたし達が隠してた全て…………ごめん、なさい……』


 そうして頭を下げたオトハは、床に雫を落としていました。


『良くしてくれるみんなを、巻き込みたく、なかった……迷惑、かけたく、なかった……でも、結局は、こんな事になって……わたし、本当に、最低で……ッ!』


「……ボクも同罪だよ。人国軍の皆さんにも、言いふらさないでくれって頼まれてたけど、結局言わなかったのはボクが選んだ事、なんだ……本当にごめん……」


 続いて、ウルリーカも頭を下げました。野蛮人と変態ドワーフ、そしてイルマはなんて言ったら良いか解らないのか、口を開かないまま気まずそうにしております。


 おそらく。マサトが話せなかった内容も、この事なのでしょう。彼らが抱えていた都合。自分だけではどうにもならない所まで来てしまった、そんな都合。


 だからわたくしは、頭を下げる彼女らに向かって一歩踏み出しましたわ。


「お嬢、様……」


 イルマが声を漏らしておりますが、この際は無視ですわ。わたくしは二人の前に立ちます。


「……顔を上げてくださいまし」


『マギー、さん……』


「マギーちゃん……」


 そうして顔を上げたお二人に向かって、わたくしはデコピンをかましました。


『い、いた……ッ!』


「ふおうッ!?」


「ぱ、パツキン? 何を……」


「……これで勘弁して差し上げます」


 うめく二人と、戸惑いの声を上げる野蛮人を尻目に、わたくしは続けます。


「……正直なところ。話していただけなかった事が残念でなりません。お話できない程、信頼されていなかったのか、とか。言いたい事も山ほどありますが……でも、貴女達が、わたくし達の身を案じて、隠す事を選んでいただけたのも……わかりましたから」


『マギー、さん……』


「マギーちゃん……」


「……そんな顔しないでくださいましッ!」


 まだ心にはモヤモヤしたものがありましたわ。でも、それは、もう不要なもの。わたくしは一度頭を振ると、二人に向かって笑いかけました。


「先ほどのデコピンで、もうこの話は終わりですわ。お話いただけたのなら、次はマサトを探し出す事が大切です。そうでしょう、野蛮人に変態ドワーフにイルマッ!」


「……そーだな」


 わたくしの声に、野蛮人が反応してくださいました。


「思う事がねー訳でもねーが……ま、いっか。色々と仕方なかっただろうし、話してもらったとこで、俺になんか出来た訳でもなさそうだしな……ああ、嬢ちゃんにねーちゃん。俺も、もう気にしてねーよ。さっさと兄弟探しに行こうぜ?」


「……せやなッ!」


 変態ドワーフが笑顔になって、彼に続きます。


「もう終わった事やッ! なら、ウダウダゆうてもしゃーないわなッ! ワイも、なーんも気にしとらんで。早う兄さん探したらんとなッ! それに、元はと言えばワイが……」


「……ワタシも大丈夫でございます」


 そこにイルマも加わりました。


「むしろ、そのお歳でそんな事情を抱えてしまった皆さまが可哀想でございます。本来は、ワタシのような大人が何とかする所……お力が及ばす、本当に申し訳ないでございます」


『あ、頭を下げないでくださいよ、イルマさん!』


「そ、そうだよッ! ボクらは隠してたんだし……」


 ペコリ、と頭を下げたイルマに慌てるお二人。この駄メイド、急に優秀さが見え始めてからというもの、本当に同一人物なのかと疑ってしまう事がありますわ。


「いいえ、それではワタシの気が済みません。かくなる上は、お二人をベッドにお誘いし、ワタシの持てる技術を全て駆使して快楽の喜びを差し上げ……」


 わたくしの右ストレートが駄メイドに炸裂します。壁に激突した駄メイドは「ぐえっ」といううめき声を残して動かなくなりました。


「……やっぱ根っこは変わってねーんだな、メイドのねーちゃん……」


「……今の姿見てると、あん時は変なもんでも食うんかって思えてくるわ……」


 野蛮人と変態ドワーフが感慨深そうに呟いておりますが、わたくしも全面的に同意ですわ。彼女のシリアスは、この前のあれで品切れになったのでしょうか?


『……ふふふ』


「あ、あははは……ッ」


 やがて、オトハとウルリーカが笑ってくださいました。


『……ありがとう、みんな。わたし、みんなと知り合えて、本当に良かったッ!』


「……ハーフのボクが……嫌われるばかりだったボクが、こんなに良いみんなに会えたなんて……ホント、夢みたいだよ……」


「ふふふ、大袈裟ですわよ、全く……さッ! 湿っぽいのはもう終わりですわッ! イルマ、連れて行かれたマサトを探しますわよッ! この辺りの地図の用意をッ!」


「はい、お嬢様」


「「うおおおッ!? もう復活したァァァッ!?」」


 驚く男子二人に机を持って来させた後、その上にイルマに用意させたこのユラヒ周辺の地図を広げます。わたくしは怪我をしてるから無理をするなと言ったのですが、彼女は自分がやると言って聞きませんでした。全く、この駄メイドは……。


『ち、地図の他にも資料がいっぱい……』


「こちらはご主人様の遺産にありました、魔皇四帝バフォメットについて、解っている事をまとめた資料でございます……ワタシはしばらく、戦いではお役に立てませんので、それ以外で何か力になれればと」


「……十分過ぎますわ、イルマ」


 彼女にお礼を言い、彼女が用意したものを目に入れます。オトハ達が他の資料も見ておりますが、まずは地図からですわ。


 これは完全にわたくしの勘なのですか、マサトはまだ、近くにいるんじゃないかと、そう思っております。


 人国軍らのプロが探し回っている中、わたくし達に出来る事なんてあまりないのかもしれませんが……必ず、見つけ出してみせます。もう少しお待ちくださいませ。


「……そしてお嬢様。万が一必要になるかもしれませんので、こちらも。皆様の分もございますが、これだけはお嬢様に……」


「こ、これは……ッ!」


 そしてイルマは、もう一つ、わたくしに差し出した物がありましたわ。これは、まさかお父様の……?

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