第212話 思い当たる禁呪


「彼らはマサト殿を捕まえ、そしてまだやる事があるッ! だからこそ魔国へ逃げてはいない、という可能性でありますッ!」


「……敵国内でやらなければならない事、ですか……」


 そこから、二人の思考は更に進んでいく。わざわざ人国内に留まっているのであれば、必ずその理由がある筈だ。


「……ノルシュタインさん。マサト君のお話を、もう一度聞かせていただけませんか?」


「了解致しました、でありますッ!」


 最早隠す必要もなくなった為、ノルシュタインはマサトから聞いた話をベルゲンへと伝える。


 この情報を隠していた責任はいずれ取るとしても、今は彼らを見つける事が先決だ。ここで協力しないという選択肢はあり得ない。


 なんたかんだ言って、ベルゲンは優秀な男だ。手持ちの情報から自分では思いつかない事や気づかない事でも、この男なら見出すかもしれない。


 ノルシュタインもそれが解っているからこそ、彼に躊躇いなく情報を渡す。


「……と言うお話でありますッ! ベルゲン殿ッ! 何かお気づきの点等はございませんかッ!?」


 話し終えた後、ノルシュタインは彼の返答を待つ。スキンヘッドのこの同期が、話の中から何を拾い上げてくるのか。気になって仕方がない。


「…………」


 ベルゲンは少しの間黙っていたが、やがてゆっくりと言葉に出し始めた。


「……禁呪について」


 そこで彼が話題にしたのは、禁呪、というワードだった。


「魔族共はマサト君に、人から魔族へと変化させる禁呪を用いた。それは何故か?」


「それは……異世界からきた人間の彼を、魔王に仕立て上げる為。人間が魔族の長であると困るという都合なのではありませんかッ!?」


「それももちろんあるでしょう。しかしそれだけの為に、彼に禁呪を施すには、少し理由が弱いと思いましてな……」


 ノルシュタインの意見も、間違ってはいない。敵対する相手が自分の国の頂点にいる等、到底受け入れられはしないだろう。


 ましてや、マサトは異世界から連れてきた人間だ。縁もゆかりもない人間を、自分達の王として崇める等、普通は考えられない。


 禁呪は聞いている限り、効果が絶大だが術者に多大なる負担を強いるものでもある筈だ。つまり、彼を魔族にする為に、誰かが身を挺して禁呪を使ったという事になる。


 それが、魔王が人間では困るから、というだけの理由で行われるのだろうか。ベルゲンはそこが引っかかっていた。


「理由、でありますかッ!?」


「はい、私が引っかかったのはそこです。何故魔族は、そこまでしてマサト君に禁呪なんかを……」


「……禁呪は魔族にしか行使できない、諸刃の剣でありますッ! もしや、我々もまだ知らない何かの術式が……」


 そこまで話した時、不意に、ノルシュタインは言葉を切った。自分で放った言葉が、自分の頭に引っかかる。


 今、自分は何と言った?


「……ノルシュタインさん。今、何とおっしゃいましたか?」


 ベルゲンも同じであったらしく、彼に対して聞き返している。


「はいッ! 私は禁呪は魔族にしか行使できないと、そう言ったのでありますッ!」


「……それですね」


 二人の意見が合致した。マサトにわざわざ種族を変える禁呪を施した理由。それは、彼に何かしらの禁呪を使わせるつもりだったからではないか、と。


「……何か、彼に使わせなければならない禁呪について、思い当たるものはありますか、ノルシュタインさん?」


「……私も全てを知っている訳ではありませんが、例えば人格破壊、完全催眠等の彼を意のままに操る関係の禁呪は思い浮かぶのでありますッ!」


 まず思い至るのが、彼自身を自由に操る事。前魔王が亡くなり、その力を宿した少年がいるのなら、彼を思い通りに操って、魔国を支配したいと望む者がいてもおかしくはないと考えられる。


「なるほど。それもあるでしょうなぁ……しかしもう一つ、私には思い至るものがあります」


「ベルゲン殿が思い至るものとは、なんでありますかッ!?」


「……オドを完全に抜き取ってしまう禁呪です」


 しかしベルゲンが提示したのは、違う可能性であった。それは、オドの全てを抜き取ってしまう禁呪だと言う。


「オドを完全に抜き取ってしまう禁呪、でありますかッ!?」


「はい。私の部隊で一人、捕らえられた部下が同じ目に遭っています」


 ベルゲンが話し始めたのは、自身の部下についてであった。まだ戦時中の事。彼は部下の一人に斥候に出したのだが、その部下は帰ってくる事はなかった。


 やがて戦闘となり、両軍共に夥しい死傷者を出したのだが、魔族が使っていたとされる建物内で、斥候に出した部下が見つかった。


 その彼には目立った外傷はないにも関わらず、亡くなっていた。毒か、呪いか。最初に考えられたのはその辺りだったが、不審に思ったベルゲンが彼の解剖を命じると、何と生命に必要な体内に宿っている筈のオドが、全く残っていなかったのだ。


 通常。亡くなった人からはオドは自然流出していくものである。しかしそれが完全に無くなる事はなく、幾らかは死体に残ったままになっているのが普通だ。


 にも関わらず。その部下の死体には、オドが全くと言って良い程残っていなかった。まるで何かに吸い取られたかのように。


 また、部下の周囲には魔法陣を消したような跡と、血を抜き取られて殺されたと思われる他の兵士の死体も多数あった。


「……私達の身体に流れるオドを抜き取る魔法なんて、聞いた事がありません。そもそもオドについては、まだ解っていない事の方が多いのです。なので私は、魔族が私達の知らない方法……おそらくは禁呪で、私の部下のオドを抜き取ったと、そう考えています。まあ、あくまで私の予想ですので、そこまで報告に書いたりはしておりませんでしたが」


「……なるほどッ! よく理解したのでありますッ!」


 話を聞いたノルシュタインは、大きく頷いた。


「今回の魔族の狙いはマサト殿でありましたが、もしかしたら、彼自身ではなく、彼に宿る力……黒炎を狙っているかもしれないと、そう言う事でありますねッ!?」


「はい。異世界から来たマサト君には、特別な力は無かった筈です。そうなると、魔族が狙うのは彼自身ではなく、彼の持つ地獄の業火の方ではないかと……あのバフォメットも、炎使いでしたからね」


「……だとすると、急がなければマサト殿はッ!?」


「……オドの全てを抜き取られ、殺される可能性があります」


「ッ!?」


 ベルゲンの言葉に、ノルシュタインは勢いよく立ち上がった。そんな彼の顔には、焦りの色が見られたが、やがて彼は息を大きく吐き出すと、ゆっくりと座り直す。


「……見苦しいところをお見せしたでありますッ!」


「……そこで自力で落ち着ける貴方が本当に怖いですよ、ノルシュタインさん」


 そんな様子を見たベルゲンが、ため息をついた。


「焦りは大切な事を見逃す可能性を高めるのでありますッ! 失敗の主な原因は情報の見落としでありますッ! マサト殿の、ひいては人国の安全に関わるかもしれないこの状況で、私は失敗する訳にはいかないのでありますッ!」


「……つくづく、恐ろしい人ですよ、貴方は。今回の件が無ければ、本当に私もどうした物かと悩むところでした」


 再度ため息をついたベルゲンも、椅子に座り直した。


「……では、状況が緊迫している事を知った上で気を取り直して。彼らの狙いは何となく検討がつきました。では今度は、彼らの行方について、もう少し考えてみましょうか」


「はいッ! よろしくお願いするのでありますッ!」


 二人はもう一度、魔族がどう隠れ、そして逃げる予定なのかを想定し合う。一人はマサトを手に入れたいという野望から、一人はマサトの身を真に案じて。


 生き残ってしまった少ない同期の二人は、熱心に話し合っていた。


(……私はまた、あの時のように、守れなかった、となってしまうのでしょうか……? いえッ! 今度こそ、マサト殿こそは助けてみせるのでありますッ! 例えそれが……)


 そしてノルシュタインは、密かに、ある決意を固めていた。

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