第173話 話の彼との試合


「ベルゲン殿は同期の中でも、かなり有能な方でした! しかし、その実力をあまり外に見せなかったために、同期の中では特に目立つこともありませんでした! 私たちの代の話になりますと、何故かいつも、私の話が上がっていたらしいであります!」


 やがてノルシュタインのお話が始まりましたが、はい、この威力があれば同期の中でも彼の話になってしまうのでしょう。


 この人自身が不思議そうにしておりますが、ここまでのインパクトがあれば目立って仕方ないと思います。


 そして、ベルゲンさんが目立たないことも、そうなんだろうなあって感じです。


「そんなベルゲンさんでしたが、私はこの人は素晴らしい方だと常々思っておりました! どんな訓練もそつなくこなし、上官の命令は必ずやり遂げてくる! まさに! 軍人の鏡といった方でありました! そしてそれは、今も変わらないのであります!」


「……本当に凄い人なんですね」


 ノルシュタインさんの言葉は、ベルゲンさんをべた褒めするものでした。


 やはり、あの人は凄い人だったみたいです。良い人と巡り会えた、と私が内心で喜んでいると、不意に、周りの音が聞こえなくなりました。


「?」


「……申し訳ありませんが、"無音(サイレンス)"を展開させていただきました! 外からの音も、一時的に遮断させていただいているであります!」


 首を傾げていると、ノルシュタインさんがそうおっしゃいました。


 急にどうしたんでしょうか。これは外へ音がもれなくするための魔法、言わばヒソヒソ話をする時に使うような魔法です。


 私の疑問を他所に、ノルシュタインさんは続けます。


「……ベルゲン殿が素晴らしい方だということには、変わりがありません! ただ! それはベルゲン殿の一面に過ぎない、ということを覚えておいて欲しいのであります!」


「え……どういう、ことですか……?」


 急に内緒話をするのかと思えば、ノルシュタインさんはそんなことを言ってきました。


 あの姿はベルゲンさんの一面に過ぎない、と。つまり、それは、


「はい! ベルゲンさんがまだ貴殿に見せていない一面もある、ということなのであります! 人間誰しも、他の方に隠しておきたい一面というものがあるのであります! それはベルゲン殿にも、そして私にも当てはまるのであります!

 つまり、例え相手が誰であれ、その人の全てを信頼するという行為は非常に危険であるということ! その人なら安心だと思考を止めないでいただきたいということ! それを覚えておいていただきたいのでありますッ!!!」


 お腹に響いてくるノルシュタインさんの言葉を、私は頭の中で繰り返します。


 相手が誰であれ、全てを信頼することは非常に危険な行為であること。この人なら安心だと、思考を止めてはいけないこと。


 これらからするに、つまり、結局は何が言いたいのかと言いますと。


「……考え、続けること?」


「……そうでありますッ!」


 私のその呟きを聞いたノルシュタインさんは、にっこりと笑いました。


「……今はそれだけ、覚えておいて欲しいのであります! ほら、マサト殿! もうすぐ決着がつくのでなります!」


「……ハッ!」


 気がつくと、周囲の音が戻ってきていました。周りで試合を囃し立てている兄貴やマギーさん。


 それを見ながらお喋りしている、オトハさんとウルさんや、打ち合いに必死になっているシマオ達の声が耳に届きます。


 試合の方ですが、もう終盤になっていました。


「シマオ君! もっとあのオカマを狙って! できたら下半身を!」


「何でや!? これそーゆースポーツとちゃうやろッ!?」


「あ~ん! 動き回るダーリンもす、て、き! 躍動する筋肉がアタシを抱きしめてくれるのかと思うと……ゾクゾクしちゃうわッ!」


「いーからお前も打てやぁぁぁッ!!!」


 シマオ、アイリスの組とオーメン、バフォの組の試合は、現在9-7でシマオ達のリードです。


 と言うか、バフォさんが突っ立ったままほとんどサボっている所為で、オーメンさんがほぼ一人で捌いています。すげー。


「これで終わりよ! ハァァァッ!!!」


「くぁぁぁッ……!」


「……試合終了。10-7ね」


 やがてアイリスさんの渾身の一球が放たれ、それはオーメンさんの額に直撃しました。


 倒れ込んだオーメンさんと床に落ちた球を見て、フランシスさんが試合終了を告げます。あれ、大丈夫なんでしょうか。


「ダーリンお疲れさま! カッコ良かったわよ~」


「めっちゃ苦労したわ! つーかお前がまともにやってりゃ、勝てたんじゃねーのかよッ!?」


「あら~。そうかもしれないわね。で、も……お陰でもう少し、上手くなれたんじゃなくて?」


「……えっ?」


 さて、次は勝った三組で決勝へのシード権の確保ですね。イルマさんが用意してくださったクジを引いて……。


「さっきあのノルシュタインさん? にボコボコに負けてたじゃないの。だ、か、ら。アタシ、貴方が上手くなるようにって思って!」


「……まさか。俺のレベルアップの為に、ワザと……?」


「それ以上は言、わ、な、い、の。ってか言いそうになったら、アタシの唇で塞いじゃおうかしら? きゃ~!」


「……えっと、その……あり、ありが……」


「なに良い話にしようとしてんのよッ! アンタもアンタであっさり丸め込まれてるんじゃないわよッ!」


「あの~、すんません。何かこっち収集つかないので、ワイのチーム棄権させてもろてええか……?」


 後ろでは何やら盛り上がっているなあと思っていたら、シマオからそんな提案が出てきました。


 どうやらアイリスさんとバフォさんの、オーメンさんを巡る恋物語がとっ散らかっているみたいですね。


 そう言ってきたシマオの顔には、変な哀愁が漂っていました。


「……んじゃ、次の試合が決勝ってことで。さっさとやるわよ」


 これによって、私とノルシュタインチーム対オトハさんとベルゲンさんチームによる決勝が行われることになりました。


 フランシスさんに言われて、私たちはコートに立ちます。


「やっちまえ兄弟―!」


「オトハー! マサトなんかに負けるんじゃありませんことよ!」


「オトちゃんファイトー!」


「オトハ様! 頑張ってくださいでございます!」


 あれ、おかしいですね。耳をすましてみても、私への声援よりオトハさんへの声援の方が多くないですか?


 気のせい、ですよね……多分……ええ、泣いてませんとも。


「さあ! マサト殿、決勝であります! 精一杯頑張るのであります!」


 若干憂鬱に傾いた私の気持ちを吹き飛ばすかのように、ノルシュタインさんが声を上げました。


 なんという力強さ。このブレなさ加減が、本当に頼れる点だと思います。


 こうして気分を持ち直した私の後ろに立つノルシュタインさんのサーブで、試合の火蓋が切って落とされました。


 彼の高速サーブを返せる人などいるのか、と思いきや、


「……ここですな、よっと」


 ベルゲンさんが、あっさりとそれを返してきました。慌てて私が来た球を打ち返します。


『えいっ』


 それをオトハさんに拾われて、打ち合いになりました。相変わらずノルシュタインさんは、鋭い球やカーブをつけた球など、手加減の欠片もないような球を繰り出しています。


 しかしベルゲンさんと、そして彼の指示を得たオトハさんは、ノルシュタインさんのその攻撃をきちんと返してきていました。


「わわわッ!」


「マサト殿! 惜しいのであります!」


 対して私は、この競技が今日初めてということもあってか、特に試合には影響を出せないままにいました。


 たまに来る球を打ち返しますが、速度がある訳でもカーブやトップスピンがかけられることもなく、平凡な返球をしています。


 その状況は向こうにも見抜かれており、ベルゲンさんやオトハさんが私に球を集めてくるようになりました。


 ノルシュタインさん程の鋭い球ではありませんが、速く、そしてカーブがかかったりしている為、私は四苦八苦しながら、球を拾います。


 それでも、何とかノルシュタインさんが点を取ってくださるので、辛うじて試合にはなっていました。


「……あああッ!」


「7-9。マッチポイントね」


 私が球を取りそこねた時、フランシスさんから容赦のない宣告がなされました。


 マッチポイント。あと一点で向こうの勝ちということです。


 今回は十点先取で、どちらかが二ポイント連取するまで試合を続けるデュースのルールはありません。


 つまり、あと一点でも取られてしまえば、私たちの敗北、負けということです。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


「マサト殿! 大丈夫でありますか!?」


「は、はい、何とか……」


 ヘッポコとはいえ、結構な時間身体を動かしていたので、息が上がってきました。


 普段から士官学校で訓練しているとはいえ、慣れないスポーツを必死こいてやったツケは、身体が疲労感として支払いを命じてきています。


 と言うか、私より遥かに身体を動かしている筈のノルシュタインさん。そして相手側にいるベルゲンさんは、息一つ乱していません。


 軍人ってすげー、と単純な感想を抱きながら、私は額の汗を拭いました。


「あ、あと一点で負けてしまいますが……まだ、負けていません。考えることは、やめない……それに……諦めなければ、思わぬ道が見つかるもの……でしたよね、ノルシュタインさん?」


「……その通りでありますッ!」


 私は先ほどのものと共に、かつてノルシュタインさんから頂いた言葉を口にしました。


 まだ、負けそうになっているだけです。負けた訳では、終わった訳ではありません。


 そう話した私に向かって、ノルシュタインさんはにっこりと笑ってくださいました。

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