第174話 試合の決着は


 しかし、どうしましょうか。気概は折れていないとはいえ、まだ圧倒的不利な状況に変わりはありません。


 向こうはベルゲンさんという強敵がいるうえに、オトハさんも私よりもお上手です。


 一方こちらは、個の実力ではおそらく最強を誇るノルシュタインさんがいらっしゃるとはいえ、相棒の私が初心者なうえにヘトヘトな状態。


 向こうもそんな私の状態を解っており、こちらへの集中砲火で狙ってきています。


 あれ、状況を整理してみると結構な八方塞がりでは?


「……いいえ! まだ手はあるのであります!」


 そう力強くおっしゃってくれるのは、もちろんノルシュタインさんです。その手には球が握られていました。


 ああ、そうでしたか。今からノルシュタインさんのサーブの番です。サーブは一人あたり二回行うのがルール。


「マサト殿! 私が連続でサーブを決め、絶対に9-9まで追いついて見せるのでありますッ!」


「……オトハさん、気をつけましょう。ああなったノルシュタインさんは、厄介ですよ」


『は、はい!』


 気合い十分なノルシュタインさんの様子に、オトハさんとベルゲンさんが気を引き締めています。


 なんという頼もしさ。この人が上司であれば、本当に心強いものとなるのでしょう。こんな人に、私もなれるでしょうか。


「行くでありますッ!!!」


 そして宣言通り、ノルシュタインさんは今まで見たこともないような軌道を描くサーブを放ち、あっという間に二点を取ってしまいました。


「……やられましたな。まさかこの状況まで、奥の手を隠していたとは……」


『た、球が二回変化したように、見えた……?』


 相手の組のお二人も、かなりびっくりしています。外で観戦している方々も、今のは何だ、とザワついているのが解りました。


 さあ、ここからです。現在点差は無しの9-9。次の一点を取った方が、文句なく優勝ということです。


 サーブは、オトハさんから。受け手は私です。ここでベルゲンさんが来ていたら一巻の終わりだったかもしれませんが、女神はまだ私たちを見捨ててはいない様子。


 気の利いた作戦なんか一つも思い浮かびませんでしたが、何とか拾わなければ話になりません。


 まずは、負けないことが大切です。


『行きます! えいっ』


 そうしてオトハさんのサーブが飛んできました。私はそれを、何とか打ち返します。


「では、攻めさせていただきましょう」


 すると、その球をベルゲンさんが返してきました。咄嗟で反応できない私の元に、鋭い球が戻ってこようとして、


「させないのでありますッ!」


 割って入ってきたノルシュタインさんが、それを捌きました。そのまま打ち合いになります。


(何とか、拾えては、いるのですが……ッ!)


 しかし、押されているのは私たちでした。極力、ベルゲンさんからの球をノルシュタインが拾うことで、打ち合いを成立させていますが、私に集中砲火されているのに変わりはありません。


 負けはしていないが、勝ちには行けていない状況。良くは、ないですね。


「……では、そろそろ仕上げと行きましょうか」


 やがて、そうおっしゃったベルゲンさんが、私に向けて鋭い球を打ってきました。


 それに対応しようと、私の前に割って入ったノルシュタインさんでしたが、


「……読み通り」


「ッ!? しまったでありますッ!」


 球は孤を描いて、ノルシュタインさんが元いた位置へと曲がっていきました。


 私のフォローの為に動いていたノルシュタインさんの行動の、その裏をかかれたことになります。


 既に動いているノルシュタインさんが、今から戻るのは無理でしょう。このまま、球が落ちてしまえば、私たちの負けです。


(まだ、だ……ッ!)


 なので、私が球へ飛びつきました。ノルシュタインさんがずっとフォローしてくれていたお陰で、少し体力も戻っています。


 ラケットを思いっきり振りかぶったまま、私は球の方へと飛び、そして、


「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 思いっきりラケットを振り抜きました。しかし、ここで一つの誤算が。


「しま……ッ!」


 咄嗟に動いた所為で、ラケットの打つ面ではなく側面で打ってしまいました。しかも、ネットの更にその上の方に向けて。


 これではコート外に飛んでいってしまい、向こうの点となってしまいます。その球を見た相手のお二人も、これはアウトだ、と表情を緩めているのが解りました。


 やってしまった。そう思った私でしたが、飛んだ球は空中で不規則にブレたかと思うと、


 カクンッ。


 上空めがけて飛んでいた球が突如として落下し、オトハさんとベルゲンさんの間の床に叩きつけられました。


 一体何が起きたのか。ポカンとしている私を他所に、フランシスさんがだるそうな声を上げます。


「10-9。試合終了。マサト達の勝ち」


「えっ……? ……えっ?」


「マサト殿! やったのでありますッ!!!」


 そこ声を聞いたノルシュタインさんが、私を抱き締めるとそのまま持ち上げました。


「ええええええええええッ!?」


「な、なんですの、今の……? た、球が急に落下した……?」


 状況が飲み込めないままびっくりしている私と同じ様に、マギーさんが声を震わせています。外野の方でも、何が起きたのかよく解っていないみたいでした。


「……まさか最後の最後で無回転ショットを打つとは。いやはや、これはやられましたねえ。おそらく偶然だとは思いますが……」


 相手コートの方では、ベルゲンさんが何やら納得したようにラケットをしまっていました。無回転ショット、とは一体……?


「マサト殿は最後の時に、打つ方向に向けて球の本当の中心を叩いたのであります! しかも、ラケットの側面という細い部分でのショットでありました! なので、そうして飛ばされた球には回転がかからなくなり、不規則にブレた後に落下したのでありますッ! 見事なショットでした、マサト殿ッ!!!」


「は、はあ……」


 ノルシュタインさんが勢いよく教えてくれましたが、ぶっちゃけよく解りませんでした。


 とりあえず解ったのは、私が間違えてラケットの側面で打ったのが球の中心にジャストミートして、ああいう軌道を描いたこと。


 そして、


「か、勝ったんです、ね。私たち……」


「はい、であります! 我々の優勝でありますッ!!!」


 私とノルシュタインさんのチームが優勝したということです。本当に嬉しそうなノルシュタインさんのご様子を見て、勝ったのが事実であることをありありと感じます。


「すげーぜ兄弟! あんなん見たことねーぞ!」


「オトハが負けてしまいました……かわいそうですわ」


「オトちゃん、あんなに頑張ってたのに……マサトってば空気読めないね~」


「オトハ様の奮闘も虚しく、今日も力の強い男性が幅を利かせているのでございます。何という辛い世の中なのでございましょうか……」


 あと外野から私を祝ってくれる声がほとんど聞こえないんですが泣いてもいいですか? 嬉し泣きじゃなくて悲し泣きで。


「あ、あー、その……まあ、なんだ。飯ぐらい一緒に食うか?」


「あんらぁ! ダーリンったらアタシをお誘いしてくれるな、ん、て……デレ期かしらぁ?」


「ちょっと何勝手に決めてんのよッ! 何、私じゃ不満な訳ッ!?」


「い、いやそうじゃなくてな。飯を一緒するくらい別に……」


「そうやってちょっとずつ認めてったらキリがないじゃない! って言うかシマオ君も黙ってないで、何か言ってよッ!!!」


「い、いや、その、つーかワイ、この場に要る? 何で他人様の三角関係に巻き込まれてんの?」


 向こうは向こうで修羅場に巻き込まれたシマオが居づらそうにしており、時折こちらにヘルプの視線を送ってきていました。私はそれを、華麗にスルーします。


 あと審判役だったフランシスさんは、私たちに景品の食事券を渡すと「じゃ、お先」とだけ言い残してさっさとご飯を食べに行ってしまいました。単独行動力高すぎませんかね、あの人。


 兎にも角にも、飛球のトーナメントは、私とノルシュタインさんの優勝で幕を下ろしました。


 この後はお待ちかねの、夕食のお時間です。

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