第170話 温泉と言えば


「……かぁー! やっぱ勝てないっすわー!」


「また私の勝ちであります! しかし! オーメン殿の動きも、初戦より良くなっているのであります!」


「そう言いつつ、一切手を抜かない辺りが貴方らしいですなぁ」


 私たちが温泉に入り、全員で悲しみをお湯に流した後。プレイルームという、所謂遊技場みたいなものがあるということで足を運んでみたら、なんとそこには見知った顔がたくさん。


 目を丸くした私たちに気づいたのか、そこにいた浴衣のような部屋着を着たスキンヘッドの方がこちらに向かって手を振ってくれました。


「おや? マサト君ではありませんか。どうもどうも。こんな所で会うとは、奇遇ですなぁ」


「ベルゲンさん!? それに、ノルシュタインさんや、オーメンさんまで……」


「おおっ! これはこれはマサト殿ッ! お久しぶりなのであります!」


「おーっす、マサト君。久しぶりー!」


 そして一緒におられたのは、ノルシュタインさんとオーメンさんです。そのお二人は、室内に張られたバドミントンのコートのような所で向かい合って、手に卓球のラケットのようなものを握ったまま汗だくになっていました。


「だ、誰や、威勢のすげーおっちゃんらは……? 兄さんらの知り合いか?」


 シマオがノルシュタインさんの勢いに圧されていますね。そう言えば、シマオはこの人達とは会ったことがない人でしたね。まあ、初見ならこんなもんでしょう。


「そちらのドワーフ殿は初めましてでありますね! 私、人国陸軍総務部総務大佐、ノルシュタイン=サーペントであります! マサト殿達とは、以前から交友させていただいております! どうぞ! 私に関しましても! 今後ともよろしくお願いすのでありますッ!」


「同じく。このノルシュタインさんの同期の、ベルゲンと申します。お話はマサト君から聞いていましたが、お会いするのは初めてですかな。以後、よろしく」


「ど、ども……シマオ言います。よろしゅう……」


「はい! よろしくお願いするでありますッ!!!」


 若干腰が引けているシマオにもお構いなく、ノルシュタインさんはシマオの元までツカツカと歩いていき、固い握手をして手を上下にブンブンと振っています。


 小さいシマオの身体が浮き上がりそうな勢いですが、あれ大丈夫なんでしょうか。ま、シマオだからいいか。


「今めっちゃ失礼な理由で見捨てられた気ィするでッ!?」


「オーメンさん、お久しぶりです。オーメンさんが来てるってことは……」


「おう。アイリスも元気だぜ。っつーか、退院できたあいつの復帰祝いみたいな感じで、俺達もここに来たんだしな」


 何やらほざいていたシマオを放って、私はオーメンさんに話しかけました。


 以前彼と一緒にアイリスさんのお見舞いに行った際には、まだ彼女はベッドで休んでいなければならない状態であったため、退院できたというお話は素直に嬉しいものでした。


「本当ですか!? 良かったです、本当に」


「おう、ありがとな。エドワル君も、久しぶりだな。エルフの里じゃ世話になった」


「いや、どっちかっつーと、俺の方が助けてもらった気がするんだが……それはそれとして、オーメンさん。ひょっとして飛球やってたのか?」


「そそ。温泉といったら飛球だしな」


 飛球、という単語がでました。聞いてみるとそれは、この世界でよく知られている、球技の一種でした。ルールは簡単。ネットを挟んでピンポン球のような軽い球を打ち合い、相手のコートに落としたら一点です。


 簡単に言うと、バドミントンのコートでやる卓球みたいなものでした。元の世界で言う温泉では卓球、みたいなノリでこの世界で流行っているみたいです。


「さっきからノルシュタインさんに挑んでるんだが、あの人異常に上手くてな。フルボッコにされたぜ」


「マジですか。ノルシュタインさんって、飛球そんなに上手なんです?」


 私がオーメンさんとお話しています。


「ああ、全然勝てる気がしなかったわ。何点かは取れるようになってきたんだが……」


「オーメン殿は筋が良いのであります! このまま続ければ、確実に上手くなれるのであります!」


「そう思うのであれば、少しは手加減してあげてはいかがですか? ほとんど一方的な試合だったじゃありませんか」


 話を聞いていたノルシュタインさんとベルゲンさんがこちらに加わってきた時に、プレイルームの扉が開きました。


「あんらぁ! みんなここに居たのね~」


 そうして入ってきたのは、バフォさんでした。彼も部屋着を着ており、なおかつ湯気を纏っていたので、先ほどまで温泉に入っていたのでしょうか。お見かけはしなかったのですが。


「あら……へぇ……見慣れない方々がいらっしゃるじゃない。シマオちゃん、皆さんお知り合いなのか、し、ら?」


 バフォさんが私たち以外の方々を、興味深そうに見ていらっしゃいます。何でしょう、あのねっとりとした視線。私には品定めしているようにしか見えないのですが、気のせいでしょうか。


「バフォさん。この人達、人国の陸軍の軍人さんらしいんや。ワイも初めて会った人もおるんやけど、マサトらは前から知り合いやったみたいやで」


「ふ~ん……へぇ……」


 笑顔のまま、バフォさんはノルシュタインさん達に近づいていきます。


「……初めまして。アタシ、バフォと申します。シマオちゃんの、まあ、お父さん代理ってところですわ。よ、ろ、し、く」


「初めまして、でありますッ!」


「はい、初めまして」


 そんな感じで、皆さんと挨拶しております。バフォさんが順番に握手をしていますが、何故か彼はオーメンさんの所で止まりました。


「よろしくな、バフォさん」


「……良い男じゃないの、あ、な、た」


「……ううん?」


 そのまま握手している手をにぎにぎとしながら、バフォさんは笑っていました。


 気のせいでしょうか。一瞬ペロリと舌が出ていた気がするのですが。


「貴方、結婚はしてるの?」


「うん? ま、まあ一応、妻がいるんだが……」


「へ~、妻帯者なんだぁ……燃、え、る、わ、ね」


「えっ何がッ!?」


 そのままウットリした顔で見つめてくるバフォさんに対して、オーメンさんが嫌な汗をかいています。


「あー、そのー、オーメンはん。バフォさん、な、えっと……同性が、ストライクゾーンみたいなんや……」


「いやん! シマオちゃんたらそ、ん、な、こ、と! きゃ!」


「えっ!? 俺既婚者だっつったよね!?」


 びっくりしているオーメンさんに向かって、身体をくねらせながらすり寄っていくバフォさん。うん。完全にターゲッティングされた感じですね。


「良いじゃない、そ、ん、な、こ、と」


「良いって何が!? フツー良くねーからなッ!?」


「引き締まった良い身体してるじゃない……ゾクゾクしちゃう」


「ひえっ! っつーかいつまで手ェ握ってんだ離せって……力つっよ!? 外せねーんだけど!?」


「ねぇ良いでしょう? アタシと一夜の過ちを犯しちゃいましょうよ……」


「ちょっと! オーメンに何してんのよッ!」


 皆が呆然と見守る中。再びプレイルームの扉が開かれ、一人の女性が入ってきました。短い金髪を揺らしながら、頬にはそばかすが見えるあの人は……。


「あら? お知り合い?」


「この人の妻よ! 勝手に人の旦那誘惑しないで!」


「あ、アイリス。助かったぜー……」


 やはり、アイリスさんでした。すり寄っていたバフォさんとオーメンさんの間に割って入ると、キッとバフォさんを睨んでいます。


『あっ、本当にみんないた。部屋にいないと思ったら』


「ホントだ。流石マギーちゃんだね。おーい、マサト。エド君にシマオ君も」


「おーほっほっほっほ! やはり、わたくしの勘は大当たりでしたわ!」


「そんなことよりもお嬢様。お嬢様の肢体を覗き損ねた哀れなメイドがここにいるのでございます。今一度、今一度温泉に向かう気にはならないでございますか?」


「いーえ全然ッ!」


「……ちょっと、なんで私も来なくちゃいけないのよ?」


『いいの! ほら、お母さんも……』


 彼女に続いて、オトハさん、ウルさん、マギーさん、イルマさん、そしてフランシスさんも入ってきました。口ぶりから察するに、マギーさんがみんなここに居ると勘が働いたのでしょうか。


 とは言え、まさか。私の知り合いとも言える皆さんが、この温泉で一堂に会するとは。本当にびっくりしました。

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