第169話 覚えのない罪
場所は変わって、人国にあるゲールノートの診療所。
ようやく一息つける、と彼が自分の椅子に腰掛けたその時。突如として慌ただしい足音が響いてきたかと思うと、彼の部屋の扉が乱暴に開かれた。
驚いた彼が目を見張ると、そこから人国の軍服に身を包んだ軍人と思われる人間が、バタバタと入り込んできた。
しかも、彼らは全員真っ白な仮面をしており、表情が全く解らない。いきなり訪れた彼らに対して、ゲールノートは驚き以外の感情が出てこなかった。
「な、何だね、君たちは……?」
「ぷ、ぷぷぷぷぷ……ッ!」
やがて、聴き慣れてしまった笑い声が聞こえてくる。まさか、とゲールノートが思った時には、一人の男性が部屋に入ってきた。
紫色の長い前髪で顔をほとんど隠している、中肉中背の男性。
「キイロ君ッ!?」
「や、やあゲールノートさん。お、お元気そうだね……」
「それよりこれはどういう事かねッ!?」
いつもの調子を崩さないキイロに対して、ゲールノートが声を上げる。
「来訪のアポも無しに、いきなり人の診療所に大勢で押しかけてッ! 一体どういうつもりなんだッ!?」
「ぷぷぷぷぷ……ど、どういうつもりなのか聞きたいのは、こ、こっちの方なんだけどね……ッ!」
怒鳴り声にも怯まないまま、キイロは懐から一枚の紙を取り出した。
そこに書かれていた内容に、ゲールノートは飛び上がりそうなくらい驚く。
「き、強制捜査令状ッ!? 馬鹿なッ! 何故、何故そんなものが私に……ッ!?」
「げ、ゲールノートさん。あ、貴方には最近巷で流行っている麻薬の流通に関与している疑いがある。こ、これはその為の捜査さ」
「冤罪だッ!」
淡々と話しているキイロに対して、ゲールノートは大声で反論する。
「私が麻薬等流す訳がないだろう!? 第一、私はその麻薬の治療にあたってる方だッ! 効果的な治療方法について軍に資料まで出しているッ! そんな私に、一体何故そんな疑いが……」
「そ、それなんだよなぁ……」
捲し立てるゲールノートに、キイロが割り込んだ。
「げ、ゲールノートさんの治療方法……い、いくらなんでも効果があり過ぎるんだよ。そ、それこそ、麻薬について詳しくないと、お、おかしいくらいにね……」
「な……ッ!?」
「こ、こちらとしては、げ、ゲールノートさんが麻薬の生産に一枚噛んでるんじゃないかと思ってるんだ……」
聞かされたのは、何と出来過ぎて怪しい、と言う疑いだった。
「ふざけないでくれッ!!!」
当然、ゲールノートは憤慨する。忙しい合間に研究、実験をし、ようやく目処をつけた成果であったと言うのに。
彼らはそれを、お前が麻薬を作ったから治療方法も知ってるんだろう、と言ってきているのだ。難癖以外の何物でもない、その言い分。
「そんな失礼な事を言われたのは産まれて初めてだッ! 帰ってくれッ!」
「わ、解ってないなぁ、げ、ゲールノートさん」
しかしキイロは、怒るゲールノートの様子を見ても全く調子を変えようとはしない。それどころか、ニタァっと笑ってさえいた。
「こ、この強制捜査令状がある限り、ぼ、僕たちはゲールノートさんとその周囲に対して強制捜査ができる権利を持ってる。に、偽物なんかじゃないよ? ち、ちゃんと正式な手続きに則って、は、発行されたものなんだから。だ、大丈夫だよ。し、調べて何もなかったら、む、無罪放免だからさ……」
身に覚えのない嫌疑。そしてこの強制捜査をすると言って聞かない様子。更には、調べて何もなければ無罪放免だとあっさり言ってのけている。
これは、自分の身を拘束しよう等というつもりではない、とゲールノートは直感的に思った。ならば何故、彼らはこんな強引な手段を取ってくるのか?
目的がゲールノートでないのであれば、
「……ま、まさか君は……ッ!?」
そうなると。彼らの目的は彼の持つ情報、ひいては資料を調べる事なのではないか。
彼らの目論見に思い至ったゲールノートは、顔を青ざめさせた。見られて困る資料など、彼には一つしか思い当たらない。
「そこまでするのか人国軍はッ!?」
「ぷぷぷぷぷッ! や、やっぱり頭が良いなぁ、げ、ゲールノートさんッ!」
何かを察したゲールノートに対して、キイロはあっ、バレちゃいました? と言わんばかりの様子だ。
向こうの意図が解ったゲールノートは、すぐ様動き出そうとしたが、それは叶わなかった。
「ぐあッ!?」
「ぷぷぷぷぷッ! だ、ダメだよゲールノートさん。こ、これは権利ある捜査なんだからね?」
周囲にいた仮面の軍人らによって、床に倒され、身体を締め上げられて身動きを取れなくされてしまったからだ。
何とか必死になって顔だけでも上げるゲールノートだったが、そんな彼を、キイロは愉快そうに眺めている。
「こんな横暴が許されて溜まるかッ!」
「ゆ、許されるんだよ」
憎々しげに睨みつけるゲールノートだったが、キイロは笑い声を含んだ口調で言葉を続ける。
「ぼ、僕らにはそうしなきゃいけない都合があった。そ、そしてそれが出来る手段もあった……だ、だからそうするだけなのさ。よ、世の中はいつだって、つ、強い人の都合で動くんだ」
「ふざけるなァァァッ!」
「い、良いのかいそんな態度で? う、疑われてるのは貴方なんだよ? ぼ、僕達の報告次第では、げ、ゲールノートさんだってタダじゃ済まない事くらい、わ、解るよね?」
「ッ!?」
「か、家族もいるんだろう? せ、せっかくお医者さんになれて裕福に暮らせてるのに……た、逮捕されたらどうなっちゃうのかな……ね、ねぇ?」
キイロの言葉に、ゲールノートはハッとした。現在かけられている嫌疑は、明らかに言いがかりであろう。
しかし、実際そうだからと言って、事がその通りに進んでいくとは思えない。
現状、絶対に濡れ衣ではあるのだが、キイロの言う通り、疑いをかけられているのはゲールノートの方である。
そんな中で捜査の邪魔をすれば、コイツにはやましい思いがあるとみなされ、疑いは深まっていくだろう。
最悪は、事実を曲げて逮捕されてしまう可能性だってあった。目の前の彼らの様子から、それくらいは平気でやりそうな雰囲気すらある。
「ぷぷぷぷぷッ! お、大人しく情報を渡してくれてたら、こ、こんな事にはならなかったのにね……」
「…………ッ!」
挑発的なキイロの言葉にも、ゲールノートは何も返せずにいた。人質に取られているのは自分自身だけではない。
彼が愛する家族すらも、無事では済まさないと彼らは言っているのだ。
この場を解決するような妙案も浮かばないまま、ゲールノートは歯を食いしばっている。
「……わ、解ってくれたみたいだね。じ、じゃあ調べようか、か、仮面親衛隊のみんな。べ、ベルゲンさんが待ってるよ……」
「や、止めろッ! 勝手に触るなァッ!」
ゲールノートの声も虚しく、キイロ達は早速彼の診療所内の資料を漁り始めたのだった。
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