第168話 そうじゃ、そうじゃない……
「……皆さん、大丈夫ですか?」
「おお、兄弟。ちょっと頭はいてーが、問題なしだぜ」
「つーか、部屋を出てからの記憶が曖昧やわ~。なんかええもん見た気がするんやが……」
あの後。廊下で意識を取り戻した私たちは、頭を抱えながら起き上がりました。
オトハさんの容赦のない"偽景色"と"光弾"を喰らいましたが、生憎私は内に宿る黒炎のお陰で幻惑関係の魔法が効きにくいのです。
その為、先ほどフランシスさんが素っ裸で廊下を歩いていて遭遇したこともちゃんと覚えているのですが、どうもお二人はそうではないみたいです。
先ほどの光景を思い出せない感じでいるその様子を見て、オトハさんが如何に本気で幻影魔法を放ったのかを伺うことができました。黒炎持ってて良かった。
「……しかし、そんなことはどうでもいいのです」
「……おお、お前ら。まさかこんな絶好スポットがあるたぁ……」
「……せなやぁ。まさか女子の露天風呂の囲いに続く道があるとは驚きや……」
そうです、先ほどの光景はどうでも良いのです。今は、偵察に来た私たちが偶然見つけたこれ。
女子の露天風呂の囲いへと続く一本の道があったことが重要なのです。
それはうっそうと草が茂る中に、まるで獣道のように伸びているものでしたが、私たち漢の目はそれを見逃しませんでした。
もしかしてという期待を胸に進んでみれば、今や私たちは女子の露天風呂の囲いの真ん前に。この囲いの先には、肌色満載の天国が広がっているのです。
「……覗き穴は、難しそうですね……」
「……そーだな。しっかり隙間なく囲われてやがる……」
「……せやけども……」
私たちは互いに顔を見合わせて頷くと、一斉に囲いによじ登りました。囲いは竹とも木とも言い難い独特な手触りの材質でしたが、ところどころに引っかかりがあるのです。
これなら登れる。そう思った私たちは逸る気持ちを抑え、静かに、しかし迅速に囲いを上っていきます。
「……この、登った、先には……」
「……女の裸ぁ……」
「……ワイら漢の……楽園があるんや……ッ!」
やがて一番上に手をかけた私たちは、もう一度顔を見合わせ、そして鼻の下を伸ばしながらそーっと、顔を覗かせてみました。
そこは、湯気が立ち上る露天の温泉。私たちの目に飛び込んできたのは……。
「おや、ウメさんったらまた肌が綺麗になったんじゃないかい?」
「そういうキヨさんこそ、つるつるじゃないか!」
「ええ温泉じゃのう。これで二十歳は若返ったわ」
「「「おっほっほっほッ!!!」」」
団体で来たと思われる、どう見てもご高齢のお婆さま方のお姿でした。タオルで身体の部位を隠すこともなく、温泉に入ったり足だけお湯に浸かったりしながら、よい笑顔でお話されています。
そこにはオトハさんやウルさん、マギーさんやイルマさんらの姿はありません。
それどころか、お婆さま達以外の女性の姿はありませんでした。平均年齢が高い高いしています。
「 」
「 」
「 」
それを見た私たちは、絶句しながら固まってしまいました。
違う、そうじゃない。私たちが求めていたものは確かに女性の肌色でしたが、違う、そうじゃない。そうじゃ、ないんです。
「…………」
「…………」
「…………」
やがて誰からともなく意識を取り戻した私たちは、そっと、覗いていた顔を下に下げます。
音もなく下に降りた私たちは、そのまま誰も口を開かないまま、トボトボと部屋に向かって歩いていくのでした。
そうだ、温泉に入ろう。全てをお湯で流すのです。
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