第157話 彼女を助ける彼女


「先に貴様を片付けてやるッ!」


 立ち直った魔狼が、オトハへ向けて走り出そうとしました。させませんわッ!


「"守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」


 わたくしは体内のオドを魔力に変換し、オトハと魔狼の間に魔力の壁を張ります。


 基本的には敵の魔法を防ぐものですが、物理的な衝撃にもある程度の対処はできるはず。


 これで少し時間を稼ぎ、わたくしも吹き飛ばされた木刀を……ッ。


「甘いんだよガキがァッ!!!」


 しかし、そんなわたくしの目論見はあっさりと突破されてしまいます。


 先ほどのオトハの言葉をそのまま理解すれば、この魔狼は肉体を強化する魔法を使い、自身の身体能力を底上げしていました。


 彼は強くなった肉体を存分に振るい、わたくしが展開した"守護壁"に向かって思いっきり右ストレートを放つと、パリーン、という音と共に展開された魔力の壁が破壊されます。


「う、嘘、ですわ……」


『しゃ、"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』


 目を見開いたわたくしと、慌てて"光弾"を自身の元に寄せて魔狼を近づけさせまいとするオトハでしたが、魔狼は止まりませんでした。


「二度と当たるか、んなもんッ!」


 加速した彼に"光弾"が当たることはなく、その横をすり抜けてオトハの元へと向かいます。


 だ、駄目ですわ……このままじゃ、わたくしが木刀を拾いに行っている暇なんて……。


「"見えない重圧(クリアプレッシャー)"、"過重圧(オーバーウェイト)"ッ!」


「うおおおお……ッ!?」


 すると、うずくまっていた筈のウルリーカの声が響きました。直後、彼は何か重たいものが一気にのしかかったような態勢となり、動きが鈍ります。


「はあ、はあ、す、好き勝手になんて、させないよッ!」


「は、半魔がァッ! 味な真似を……ッ!!!」


『"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』


「グハァッ!?」


 魔狼はウルリーカの方を憎々しげに睨みつけます。動きが鈍くなった瞬間を見逃さず、オトハが魔狼に"光弾"の一撃を入れていました。


「パツキンッ!」


 そして同時に、倒れている野蛮人がわたくしを呼びます。目をやると、回転しながら木刀が飛んできていました。


「ッ! ナイスですわ野蛮人ッ!」


「舐めんなァッ! "炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」


「うわわわわわわッ!!!」


 彼が自分の持つ木刀を投げて寄越してくれたことを理解し、わたくしはそれをキャッチしました。しかしその直後、ウルリーカに向けて炎の塊が飛んでいきます。


 すんでの所でそれを避けたウルリーカでしたが、展開していた魔法は解いてしまいました。


 自身にのしかかっていた重圧がなくなり、再度オトハへと動き出した魔狼でしたが、既にわたくしも動き出しております。


 受け取った勢いのまま魔狼へと走り、彼女に向かって伸ばしていた腕に向かって突きの一撃を入れます。


「"花は岩を穿つ(アパスブロー)"ッ!!!」


「グァァァッ!?」


 魔狼が彼女に届くほんの少し前に、横合いからわたくしが放った野蛮人の木刀が届きましたわ。


 伸ばしていた彼の右腕に全力を込めて突き出しましたので、これなら……。


「クソ……がァァァッ! "炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」


「ま、不味……ああああああああああああッ!!!」


『マギーさんッ!!!』


 左手で放った魔狼の魔法が、わたくしに直撃します。練習でも、魔力の加減リストバンドもない本気の"炎弾"を受け、わたくしは後ろへと倒れ込みました。


「カ、ハ……ッ!?」


 全身の炎によるやけどのような痛みが走り、口からは乾いた咳を出します。意識が飛んでいないのが不思議なくらいでした。


 これが、本当の、殺し、合い……。


『きゃぁあああああッ!!!』


「手こずらせてくれたな、ちびエルフッ!」


 やがて、無理やり身体を起こしたわたくしが見たのは、オトハの喉元を左手で掴み上げ、首を締めている魔狼の姿でした。


 わたくしの一撃で右腕は持っていけたみたいですが、まだ左腕は健在みたいです。


「ッ! ッ! ッ! ッ!」


「散々おれに魔法を撃ち込んでくれやがってッ! 絞め殺してやるッ!!!」


「嬢ちゃんを離しやがれッ!」


「オトハちゃんを離せやこの野郎ッ!!!」


 野蛮人と変態ドワーフがようやく起き上がり、魔法を構えますが、


「撃てるもんなら撃ってみろッ! このちびエルフに当たるだろうがなァッ!!!」


 魔狼がオトハを盾にするように掲げてくる為、二人とも魔法を放てずにいます。


「ほら、起きてよマサトッ! いつまで寝てるのさ、このバカマサトッ!!!」


 ウルリーカはその隙にマサトの元へと駆け寄っていたみたいで、倒れている彼を起こそうと往復ビンタを見舞っています。相変わらず、抜け目のない方ですわ。


「……ァッ! ……ァッ!?」


「オトハを離しなさいなこの魔族ッ!!!」


 そして、わたくしとてのんきに寝ている場合ではありません。


 痛む身体を無理やり起こし、立ち上がると、声なきうめきを上げているオトハを掴む魔狼へと怒声を上げます。


 手を彼へと向け、いつでも魔法を撃てる準備もしておりますわ。


「貴方がなんのつもりでマサトを襲ったのかは不明ですが、もうその彼はこちらが確保しましたわ! 今すぐにオトハを解放なさいッ! そうすればこちらとてこれ以上……」


「……ミスは、サクセスで返す……」


 わたくしの声を無視して、魔狼が何かを呟いています。


「……騒ぎになろうが、こいつら全員を始末しようが……もう時間もないんだ……例えおれが死のうがッ! 目標をヴァーロックさんの元に届ければ、それでサクセスだッ!!!」


「な、何を……?」


 突如として叫び始めた魔狼に、わたくしは困惑します。


 目標? ヴァーロック? サクセス? い、一体、何のことなので……?


「殺さないで手加減なんざしてられるかッ! テメーら全員ぶっ殺してさっさと終わらせてやるッ! まずはお前だちびエルフッ!!!」


「~~~~~~~~~~~ッ!!!」


 そう言って、魔狼はオトハの首を一気に締め上げました……ま、不味いですわッ!


「オトハッ!」


「オトちゃんッ!」


「嬢ちゃんッ!」


「オトハちゃんッ!」


 このままでは、オトハが絞め殺されてしまいます。間に合う間に合わないの問題ではありませんわッ!


 わたくしはその身を強引に動かし、何としても魔狼の元へと向かおうとした、その時。










「"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"」


「グハァァァッ!!!?」










 突然一つの"光弾"が飛来し、魔狼の身体にぶつかってそれをふっ飛ばしましたわ。いきなりの事に驚いた彼は、オトハを掴んでいた手を離します。


「ッ! ッ! ッ……」


 声なく咳き込んでいるオトハですが、わたくし達は目を丸くしていました。先ほどの"光弾"。彼女が放ったものではありません。


 彼女は首根っこを掴まれてもがいていましたので、そんな余裕等なかったでしょう。


 やがて、聞き覚えのある声がした公園の入り口付近から聞こえてきましたわ。驚愕の表情のまま、そちらを振り向くとそこには。


「……探したわよ、全く」


 呆れた顔でこちらを眺めている、フランシスさんがいらっしゃいましたわ。

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