第156話 多対一でも


『だ、大丈夫、だよね……?』


「ま、マギーちゃんが急に言うから、二人が見に行ったけど……」


「…………」


 オトハとウルリーカが不安げに言葉を発する中、わたくしは静かに様子を見ています。


 マサトが一人で公園にあるお手洗いに行った後。強烈な嫌な予感に苛まれたわたくしは、野蛮人と変態ドワーフを急いでお手洗いに向かわせました。


 何もないなら良い。わたくしが一人、間抜けであったと笑われるならそれで構いません。


 しかし、ピンと感じたこの悪い予感は、残念ながらほとんどの場合で当たってしまうのです。以前、オトハが連れ拐われた時のように。


 少しの間、向かっていく彼らの背中を見ておりましたが、


「……何してやがるテメーッ!?」


「……兄さんに何しやがったッ!!?」


 やがて声を上げた二人を見て、わたくしは気を引き締めました。ああ、また当たってしまいましたわ。この、嫌な予感がッ!


「オトハ! ウルリーカッ!」


『う、うん……ッ!』


「……おっけ~!」


「「グワァッ!?」」


 わたくしの一喝とほぼ同じ時に、二人がトイレから吹き飛ばされました。


 彼らの後に続いて、マサトを抱えた一人の魔狼が飛び出してきます。


 飛び出した勢いのまま何処かに行こうとしていた彼に向かって、わたくしは木刀を構えながらその行手を阻みました。


「悪いですが、わたくしの友人は置いていっていただきますわッ!」


「チ……ッ!」


 木刀の一撃を振るいましたが、彼がマサトを抱えていない方の腕であっさりと防がれてしまいました。


 しかし、そのまま逃げられることは阻止できましたわ。


『二人とも、大丈夫ッ!?』


 マサトを抱えて対峙しているわたくしの後ろで、オトハの魔導手話が響きます。


「いつつ……兄弟だけじゃなく、俺らにも上等くれやがって……ッ!」


「へ、平気やでオトハちゃん。ドワーフ族は頑丈が取り柄やからな……ッ!」


 野蛮人と変態ドワーフも立ち上がっています。これで、わたくしを入れて前衛が張れる三名で囲むことができましたわ。


 後ろにはオトハとウルリーカも控えています。


「……魔狼族、か。ボクとしては聞きたいことがあるんだけど……」


 そんな中、ウルリーカが声を上げました。


「……その前に、マサトを離してもらうよッ!」


「……半魔ごときが、おれに舐めた口を……ッ!」


 ウルリーカを半魔と、この魔狼はおっしゃいました。人国の半人と同じく、魔国で使われているハーフの方への蔑称。


「……マサトだけに飽き足らず、わたくしの他の友人をも馬鹿にするのですか?」


『……ウルちゃんにそんな事言うなら、わたしも許さない……ッ!』


 わたくしに続いて、オトハも魔導手話で言い放ちました。彼女の手話からも、怒りを感じ取る事ができます。


 思いは同じ、ですわね。


「……どけ、貴様ら。今なら見逃してやる」


 魔狼はそんな言葉をかけてきましたが、わたくし達はすぐに返事をきました。


「嫌ですわ」


「ふざけんな」


「お断りや!」


『嫌です』


「や~だね」


 全会一致で拒否が決まったところで、わたくしは声を上げました。


「御託もここまでですわ。わたくし達の友人を……返していただきますッ!」


「行くぞパツキンにチンチクリンッ!」


「兄さんを離せやゴルァッ!」


「ボクは準備するから、ちょっと待っててッ!」


『援護するよみんなッ!』


 そして、わたくしと野蛮人、変態ドワーフの三名で魔狼に襲いかかりました。


 舌を打った魔狼はマサトを地面に落とすと、両手で迎撃の態勢に入ります。


「"流刃一閃"ッ!」


 まず仕掛けたのは野蛮人。居合抜きの一撃を放ちますが、


「チ……ッ! ……オラァッ!」


「グハァ……ッ!」


 片腕で受け止められると、そのまま顔面にパンチをもらいます。大丈夫か心配ですが……この隙は逃せませんッ!


「ハァァァッ! "花は岩を穿つ(アパスブロー)"ッ!!!」


 攻撃後の隙を狙ってわたくしは突進し、渾身の片手突きを放ちました。


 お父様が最も得意としていた相手に向かって突進し、その勢いと全体重を乗せて放つ片手一本突き。


 わたくしではまだまだかもしれませんが、それでもこの名を名乗る程の威力は出せる筈……。


「グ……ッ!」


 木刀が魔狼の胴体に突き刺さり、苦い声を上げます。倒せは、しませんでしたか……まだまだ未熟ですわッ!


「お姉さまッ!」


「ッ!」


 直後に変態ドワーフの声がして、わたくしは急いで身を引きました。次は変態ドワーフのハンマーが魔狼を襲います。


「ウラァァァッ!!!」


「チィ……ッ!」


 力も質量も抜群のハンマーの一撃を受けることは流石に出来なかったのか、魔狼は身をよじって回避します。


『"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』


 オトハの魔導手話が聞こえてきて、変態ドワーフと共に距離を取ります。わたくし達と入れ違いで、光の弾が向かって行きました。


「チィ……ッ!」


『マサトを、離してッ!!!』


 倒れているマサトから遠ざけようと、"光弾"が縦横無尽に動き回って魔狼を襲います。


「"守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」


『逃が、さない……ッ!』


 魔力で構成された壁が出現しますが、オトハの操る"光弾"はそれを迂回して避け、魔狼へと直撃しました。


「グハァ……ッ!」


「隙ありですわッ!」


「さっきのお返しだコラァッ!」


「今やッ!」


「準備完了ッ! いっくよ~ッ!」


 よろけた隙を見逃さず、模様入りの手甲をはめたウルリーカも加えた四人で魔狼へと向かって行きます。先陣を切るのは、男子二人。


「な、舐めんなよ餓鬼ども……ッ! "体質強化(アップグレード)"ッ!」


 すると、魔狼の身体が一瞬光り、逆にこちらに向かってきましたわ。は、速いッ!?


「な……ッ! グハァッ!」


「ヘブァッ!?」


「野蛮人ッ! 変態ドワーフッ!」


 先に突っ込んだ男子二名が、両者共に顔面を拳で殴られて吹き飛び、公園の遊具まで吹き飛ばされた後に地面に倒れ伏します。


 わたくしとウルリーカは敵の射程範囲外で踏み止まりましたが、魔狼は倒れた男子二人を乗り越えてこちらへ向かってきます。


「は、速……クッ、このッ!」


 まず打ち合い始めたのは、ウルリーカでしたが、徐々に押されていきます。


 と言うか何ですかこの速さはッ!? 先ほどまでとは全然違う魔狼の様子に、驚きが隠せません。


『……"体質強化(アップグレード)"……まさか、魔狼族特有の身体強化魔法……ッ!?』


「ガッハ……ッ!?」


「次は貴様だッ!」


「ウルリーカッ!?」


 鳩尾に一撃を入れられたウルリーカが蹲り、魔狼がそれを無視して叫ぶわたくしの元へと迫って来ました。


 距離を一気に詰められ、握りしめた拳を連続で振るってきますが、何とか木刀で防ぎます。


「オラオラオラオラァッ!」


「ク……ッ! "花は風を……(パリィ……)"ッ!」


 連撃の合間に"花は風をいなす"を挟みます。一撃をいなして、一撃を入れるッ!


「ヌリィんだよッ!」


「な……ッ!」


 わたくしが敵の一撃をいなそうとしたら、その木刀へ向けて拳が放たれました。攻撃を逸らそうとした木刀自体に衝撃が走り、手に持っていた木刀が吹き飛ばされてしまいます。


「終わりだッ!」


「し、しま……ッ!」


『"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』


「グハァッ!」


 得物を奪われて丸腰になってしまったわたくしに一撃を入れようとした魔狼でしたが、すんでの所でオトハがフォローを入れてくださいました。


 横っ腹に思いっきり"光弾"がヒットした魔狼が、その身をよろけさせました。わたくしはその隙に、彼と距離を取ります。


「ありがとうございます、オトハッ!」


『うん! でも、みんなが……ッ!』


 倒れた自身の態勢を立て直している魔狼の側には、気絶しているマサトがいます。彼はまだ、目を醒ましておりません。


「く、クソ……あの野郎に、やられてなきゃァッ!」


「あ、頭がクラクラする……なんや、あの馬鹿力は……?」


「ゴホッ、ゴホッ……ッ!」


 強化された肉体で思いっきり殴られ、立ち上がれずにいる野蛮人と変態ドワーフ。


 鳩尾を押さえて咳き込んでいるウルリーカ。死屍累々とは、まさにこの事なのかもしれません。


 わたくし達五人でかかって、このザマですわ。この魔狼……まさか魔国の軍人か、それに類するプロなのではありませんこと?


 それにしてはわたくし達とやり合う前から、既に負傷していたような気も……。


「く、クソが……ッ! エルフの癖に……ッ!」


 やがて、魔狼が立ち上がりましたわ。その目は、キッとオトハの方を見ています。

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