第158話 母は強し



『お、お母、さん……?』


 わたくしも、他の皆も、そして誰よりもオトハがびっくりしております。


 見間違いでなければ、そこにはオトハと同じ緑色の長髪で、長い前髪で片目を隠し、下着の上に白衣だけを着ているという、淑女として信じられない格好をしたフランシスさんが立っておりました。


「……んで、あんた達何してんのよ、こんな所で? そこの魔狼は誰? なんで襲われてんのよ?」


『え、えっと、その……あの……』


「つ、次から次へと……ッ!」


 矢継ぎ早に質問してくるフランシスさんにオトハが言葉を詰まらせていると、"光弾"の直撃を受けた魔狼が立ち上がりました。


 嘘……ですわ。あ、あれだけの傷を受けてなお、まだ立ち上がれるなんて……。


「クソがァァァッ! どいつもこいつもおれの邪魔しやがってッ! 一人残らずぶっ殺してやるッ!」


「……なんか血圧高そうな魔狼ね」


「うるせぇッ! "体質強化(アップグレード)"ッ!」


 魔狼は再度、自身の身体能力を強化する魔法を唱え、フランシスさんに向かって行きます。


 は、速いッ! このままではフランシスさんが……。


 対する彼女は、手を前に出して魔法を唱えます。


「"守護壁(ディフェンスウォール)"……」


「ハッ! んなもんでおれが止められるか……」


「……"三重星(トリオス)"」


「なァァァッ!?」


 直後に現れたのは、三重に展開された"守護壁"でした。


 無事な左腕でそれを殴りつけた魔狼でしたが、それは魔力の壁の一つを砕き、重なったもう一つにヒビを入れたところで止まりました。


 魔狼の迅速な突撃にも間に合う、即座に展開された魔法。そして三つも同時に発動させる技量。


 わたくしはフランシスさんが只者ではないことを確信いたしましたわ。


「グ……ッ! こんな、所でおれは止まる訳にはいかねぇんだよッ! おれのミスは、サクセスで返すんだッ!」


「あっそ。"呪縛(バインド)"」


 一度距離を取って叫んだ魔狼の声を全く意に介さないまま、フランシスさんは更に魔法を展開します。


 空中に複数現れた魔法陣から光のロープが飛び出し、彼が動かないように縛り付けようとします。


「拘束魔法なんざ甘めェんだよッ! "炎弾(ファイアーカノン)"、"多重展開(リピート)"ッ!」


 しかし魔狼は捕まる前に即座に魔法を乱れ撃ちし、空中に展開されていた複数の魔法陣を焼き払いました。


 それを見たフランシスさんが、顔をしかめています。


「…………また手練じゃないの、面倒くさ……」


「くたばれエルフッ! "炎弾(ファイアーカノン)"、"多重展開(リピート)"ッ!」


 そのまま魔狼はフランシスさんに向けて炎の塊を乱射しました。それは先ほど展開された"守護壁"をも破壊し、彼女へと迫ります。


『お母さんッ!』


 複数の炎がフランシスさんに迫り、オトハが声を上げています。これは、不味いのではッ!?


 同様に"守護壁"を展開しても、強引に破られる可能性が高いですわ。せめて避けなければ……。


「……ハァ。ったく」


 しかし彼女は、ふう、と一息つくと、今度は両手を前に出しました。


「"封魔(キャンセル)"」


 彼女の目の前に、彼女を守るように巨大な魔法陣が敷かれます。


「な……ッ!?」


 それを見た魔狼も驚愕の表情を浮かべていました。


 彼が放った複数の炎の塊は、その魔法陣に触れるや否や立ち消えになってしまい……あ、ああああり得ませんわッ!


「んだありゃァッ!? ウッソだろお前ッ!?」


「あ、ああああんなん出来るんかッ!? ワイには無理やで、エエッ!?」


「き、"封魔(キャンセル)"って、理論上の魔法の筈じゃ……?」


 野蛮人、変態ドワーフ、ウルリーカもわたくしと同様に驚きを隠せずにおりました。それもその筈ですわ。


 本来、"封魔"は相手の発動魔法を見てからその構成式を解析し、それに相反する魔導式を自分で考案、構築して展開。それによって相手の魔法を打ち消すものです。


 ゆっくり読み解いている暇もない実戦では、瞬時に飛んでくる魔法の解析等ほぼ不可能。ましてや、即座にそれに対抗する魔導式を用意するなんて無理の領域ですわ。


 授業でも魔法学の問題の一つとして出るくらいで、机上の空論魔法と聞いておりませんでしたのに……ふ、フランシスさんはそれを、目の前であっさりとやってのけて……。


「お、お、お前は、一体……ッ!?」


「"冥府の呪縛(ハデスバインド)"」


 同じような驚きを持ったのか、焦っている魔狼を無視して、片手を真っ直ぐと横に伸ばしたフランシスさんが続け様に魔法を展開しました。

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