第152話 体育祭当日⑧


「……それではただいまより、人国陸軍のキイロ=ジュリアスさんと模擬剣術戦の代表者によるエキスビョンマッチを始める。各学年の代表者は、前へ出るように」


 広々としたグラウンドに、グッドマン先生の声が響きます。


 応援合戦も終え、体育祭実行委員達最後の得点集計を行っている間。模擬剣術戦の代表者とキイロさんによる、エキスビジョンマッチが開催されることになりました。


 一年生、二年生、そして三年生の代表三名が、彼と戦うことになります。


 ルールは同じ。一対一で戦い、先にどちらかのハチマキを奪った方が勝ちというものです。


 指定された待機場には一年生代表の兄貴に加え、ハチマキを締めた二年生、そして三年生の生徒がいました。


「ではくじ引きの結果、まず最初は三年生代表からだ。次は二年生、最後に一年生代表だ。三年生代表はフィールド内へ」


 戦う順番も決まり、まずは三年生代表とキイロさんの戦いからとなりました。互いに礼をし、それぞれが木刀を構えます。


「……始めッ!!!」


「ォォォオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 遂に始まりました。グッドマン先生の開始の合図を皮切りに、三年生代表の男子生徒が咆哮を上げながら、キイロさんに向かっていきます。


 真っ直ぐに振り下ろされた木刀を、抜刀したキイロさんが自身の木刀で受け止めました。


「い、良い太刀筋だね……ッ!」


 そのまま打ち合いに派生します。三年生代表が振るう木刀の乱撃を、キイロさんが防いでいます。


「……あんにゃろう……ッ!」


 ふと待機場にいる兄貴を見てみたら、憎々しげに舌を打っていました。一体何でしょうか。


「……キイロさん、手加減してないかい?」


『……うん。そんな気がする』


 そんな私の疑問に答えるかのように、ウルさんとオトハさんが話していました。


「手加減、ですか?」


『うん。だってエルフの里で見た時のキイロさん、もっと凄かったから』


「並み居るエルフの軍人の全員を抜刀術で叩き斬ったのを、マジマジと見ちゃったからね~。まあ、エキスビジョンマッチだし、仕方ないとは思うけど」


 言われてみれば。キイロさんが以前エルフの里で戦っていらっしゃった時は、もっとこう、動きにキレがあったような気がします。


 加えて今、キイロさんは抜刀したままで戦っています。彼の本来の持ち味は、一撃必殺の抜刀術を連射する、あの絶技。


 確か、"豪雨激閃"、でしたっけ。一刀一閃流とは違う、彼が編み出した独自の流派。


 まあ、ウルさんのおっしゃる通り、こんな士官学校での体育祭なんかで見せるものではないのかもしれませんが。


「……あっ」


「や、やったぜッ!」


「そこまでッ!」


 ボーッと見ていたら、いつの間にかキイロさんのハチマキが奪われていました。グッドマン先生の終了の合図がなされ、三年生代表の男子生徒がガッツポーズをしています。


「み、見事だったよ。す、少し隙を見せたとこを見逃さず、あ、相手を倒すんじゃなくて、ち、ちゃんとハチマキを奪うという目標に忠実だった。こ、これからも頑張ってね」


「はいッ! ありがとうございましたッ!」


 キイロさんからのお言葉もあり、三年生代表が頭を下げています。握手を交わした後、交代となりました。


 次は、二年生代表との戦いが始まります。


「ぷ、ぷぷぷ……ッ!」


 チラリ、とキイロさんが兄貴を見て笑ったような気がしました。


 そうして行われた二年生代表の男子生徒との戦いは、キイロさんの勝利となりました。


 正面からぶつかっていった二年生代表の生徒をあっさり受け流し、一撃を入れてダウンさせます。


「い、良い突撃だったよ。で、でも三年生の子みたいにその後の工夫が欲しいなぁ。か、勝てなさそうだから自身の最大の一撃を入れるしかないっていう方向性は良いけど、そ、それであっさり死んじゃったら駄目さ。ぐ、軍に入るなら、め、命令を完遂してから死ななきゃいけないからね」


 そんなキイロさんの言葉の途中で、兄貴が立ち上がります。次はいよいよ、兄貴の番です。


 二年生代表の男子生徒が去り、キイロさんの前に兄貴が立ちました。


「……久しぶりだなぁ、テメー」


「ぷぷぷッ! そ、そうだねエドワル君……」


「エドワルッ! キイロさんになんて口の聞き方だッ!?」


 兄貴にグッドマン先生がお叱りを飛ばしますが、キイロさんがそれをなだめます。


「だ、大丈夫ですよ先生。か、彼とは昔からの仲なので、き、気にしていませんから」


「そ、それなら良いのですが……」


「ああ。昔から、よぉーく知ってるなぁ」


 彼らの会話に、兄貴が割り込みます。


「お前の事は、一日たりとて忘れたこたぁなかったぜ……今日、ここで、決着をつけるッ!」


 真っ直ぐに木刀をキイロさんへと向けた兄貴が、そう言い切りました。その目は、真剣そのものです。


「ぷぷぷぷッ!」


 対するキイロさんは、そんな兄貴を見て笑っていました。愉快である、と言わんばかりに。


「い、良いね良いね。き、君さ、あ、悪鬼羅刹とか呼ばれてるんだろ? そ、それにその明確な闘志……い、良いね。い、良いよ良いよ」


 するとキイロさんは、周囲に向けて声を上げました。


「み、皆さま! い、今から僕が編み出した剣術の流派にて、か、彼を倒して見せましょう! ぼ、僕が開祖である黄華激閃流! ま、魔法が主力となった今、け、剣術なんかと思う人もいるかもしれません!

 け、けどッ! ぼ、僕の剣が魔法をも超えていることを、し、知ってもらいたいのです! け、剣術は捨てたものじゃないと言った僕の師匠の言葉を、ぼ、僕に託してくれた師匠の遺志を、み、皆さんに見せつけてやりますッ!」


 言い放ったキイロさんに対して呆気に取られていた私たちですが、やがて各所から拍手が起きます。


 良い方じゃないですか。剣が魔法に負けないものだと証明したかった兄貴のお爺さん。その遺志を継ごうとしているキイロさん。


 更には元ある流派を更に発展させたという才能のある彼の剣を見たら、きっと天国にいる兄貴のお爺さんも喜ぶことでしょう。


 お爺さんの事も考えているのであれば、兄貴だって無碍にはできない筈。これはひょっとしたら兄貴もキイロさんの事を……。


「抜かすなッ!!!」


 見直す、のではないか。そんな風に思っていた私の考えを吹き飛ばすかのような、兄貴の怒声が響き渡りました。


 キイロさんに向けていた木刀を、地面に叩きつけています。


「俺らにあれだけの事をしておいて! 散々見下して! 挙げ句ジジイが死んだら奥義書持ち逃げしやがったテメーに! 葬式でほくそ笑んでやがったテメーにッ! ジジイを語る資格はねェェェッ!!!」


 一気に、場が静まり返りました。先ほどまでの拍手も止み、周囲の皆さんは互いに顔を見合わせています。


 私も、何も言う事ができません。兄貴の言っている事が正しいのか。それともキイロさんの言っている事が正しいのか。何が真実なのかが全く掴めず、ただ動揺するばかりです。


 キイロさんのおっしゃっている事に、齟齬はありません。しかし兄貴の剣幕も、只事ではありません。一つの事柄に対して、互いに全く違う結論を出しています。


「ぷ、ぷぷぷぷぷッ!」


 そんな中で、キイロさんは笑っていらっしゃいました。


「ほ、ほら。き、君がそんな事言うから場が白けちゃったじゃないか。ま、全く。む、昔から空気が読めないよね、え、エドワル君?」


「ざけんなこのクソ野郎ッ!!!」


 調子を崩さないまま、悠々とお話しているキイロさんに対して、最早完全に喧嘩腰の兄貴。木刀を腰に差し、体勢を低く構えています。


 それを見たキイロさんも、同じように木刀を腰に差して膝を落とし、低く構えました。まさに、一触即発の状態。


「へ、へぇ。か、形もなかなかサマになってるじゃないか。さ、サボり癖のあった君にしては、た、鍛錬してたんだね……」


「うっせぇッ! これ以上テメーと交わす言葉なんざねぇッ!」


 そしてグッドマン先生の合図もないままに、兄貴は木刀を握りしめました。側から見て解るくらいに全身に力を込めている彼。


 もう次の瞬間には、キイロさんに突撃することでしょう。


「さっさと叩き斬ってや……」


「野蛮人ッ!!!」


 そんな兄貴に割って入ったのは、なんとマギーさんでした。

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