第153話 体育祭当日⑨
「聞こえていますこと野蛮人ッ! わたくしは先ほど、貴方になんて言いましたかッ!? 忘れたとは言わせませんでしてよッ!?!?」
本気です。マギーさんは間違いなく、本気で怒っています。予想だにしない所からの大声に、私は思わず飛び上がってしまいそうでした。
オトハさんにウルさん、そしてシマオも突如として怒声を上げたマギーさんを、目を丸くしたまま見ています。先ほどなんて言ったのか、ですか。お二人に、何かあったのでしょうか。
「…………」
しかしそのお陰で彼女の言葉が届いたらしく、兄貴は構えを解いてゆっくりと体勢を戻し、直立します。
そのまま顔を上に向け、空を仰ぐようにフーっと息を吐いた彼は、グッドマン先生に声をかけました。
「……ワリーな鬼面。まだ、開始の合図もなかったな」
「あ、ああ……」
そんな兄貴の態度に面を食らったのか、鬼面呼ばわりしているのにグッドマン先生がそれを注意しません。
周りが色々と呆気に取られている中、兄貴は一人その場で身体を伸ばしたり、手首足首を振る等して、柔軟体操を行っていました。
「フー……あー、力入ってたなおい。ったく、俺って奴は……」
ため息混じりにそう呟いた兄貴は、不意にこちらを向き、親指を立てて見せました。それを見たマギーさんが、親指を立て返します。
「サンキューパツキン。また、何か奢るわ」
「……以前ウルリーカと三人で行ったお店のフルコースでも、よろしくて?」
「うっへ、マジかよ。あの店いちいちたけーんだよ……ったく、しゃーねぇーなぁ……」
彼女とのそんなやり取りを終えた兄貴は、びっくりしているキイロさんの目の前に立つと、再び抜刀の構えを取りました。
「っし。準備オッケー。鬼面、いつでもいいぜ?」
しかし、今度は先ほどとは違います。余計な力が入っておらず、まるで兄貴にとってその体勢が、いつもしている自然はものであるかのような雰囲気です。
「…………ぷ、ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷッ!!!」
それを見たキイロさんが、笑い出しました。
「な、何だよ君。い、いつもみたいにあっさり挑発に乗ってくるのかと思ったら……あ、あの娘と付き合ってるのかい?」
「……んな訳あるか。友達……いや。仲間ってヤツだよ。オメーにゃ一人もいねーヤツだ」
「そ、そうだね……ぷぷぷぷッ!」
やがてキイロさんも、構え直します。互いにそれ以上の言葉はなく、静かに、互いの目を睨みつけ合っている様子。
視線だけで火花が散りそうな、そんな空気がありました。
「……は、始めッ!」
少しして、思い出したかのようにグッドマン先生の合図があり、試合が始まりました。
その瞬間、二人は前へと駆け出し、互いの腰に下げた木刀を抜きながら相手へと斬りかかります。
「「"流刃一閃"ッ!!!」」
兄貴とキイロさんが会得している一刀一閃流の技、居合い抜きによる一撃で相手を下す"流刃一閃"がぶつかり合います。
木刀が割れるのではないかとも思うくらいの鈍い音がしたかと思うと、二人は鍔迫り合いの形に入っていました。
「……や、やるね、エドワル君。こ、この一撃で終わりかとも思ったけど」
「舐めんじゃ……ねぇッ!」
そのまま彼らは打ち合いへと突入しました。兄貴が、キイロさんが木刀を振るい、互いにそれを防ぎ合っています。
「兄貴……」
『す、凄い……』
「は、早すぎて何が起きてるのか、ボクにもよくわかんないや~……」
「な、なんやあの激しい打ち合い……ふ、二人ともバケモンか……?」
私たちはただそれを見て、口を開けるばかりでした。先ほどまでの上級生とのやり取りがお遊びであったかのような、本気のぶつかり合い。
「オラァッ!」
「っ、っとぉッ!」
兄貴は木刀だけではなく、喧嘩で鍛えた蹴りなんかも挟んでいます。不意をつかれたキイロさんでしたが、すぐさま対応できるのは、やはり彼の実力の高さが故に、でしょうか。
「……厳しい、ですわね……」
そんな彼らのやり合いを見ていた時に、マギーさんが言葉を溢しました。厳しい、と。
「……そうなんですか? 今のところ、互角にも見えますが……」
「……いいえ。今、野蛮人が不利ですわ」
「オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!」
彼女の言葉の合間にも、兄貴の咆哮が聞こえてきます。様子を見て見ると、兄貴がキイロさんに向かって猛攻を仕掛けているところでした。
一見するだけでは、兄貴が不利な様子は見えません。
「今は押しているように見えますが……それはキイロさんが一度も攻撃に転じていないから、ですわ」
言われてみれば確かに。キイロさんは今のところ、打ち合いでの攻撃は振るっているようですが、それ以上の事をしようとはしていません。
「……でもそれは、兄貴の攻撃が激しいから、ではないんですか?」
「もちろん、それもありますわ。しかし、遮二無二攻めるその勢いが、いつまで続くでしょうか。加えて、キイロさんの防御を、野蛮人は一度たりとも崩せていませんわ」
そんなやり取りの間にも、戦いは続いています。兄貴が木刀を振るいますが、キイロさんはそれを全て受け止めています。引くこともなく、焦る様子もないままに。
対して、攻撃を続けている兄貴は、額に汗が浮かんでいます。
「……チッ!」
やがて攻め続ける事への不利を悟ったのか、兄貴が一度、距離を取ります。
肩で息をし始めた兄貴の一方で、キイロさんは呼吸を乱すこともなく立っていらっしゃいます。
「ぷぷぷぷッ! い、良い攻めだったよエドワル君。た、太刀筋にも迷いがないし、な、なかなか反撃もできなかった。つ、強くなったんだね」
「…………」
賛辞を送ってくるキイロさんですが、兄貴は返事をすることもなく静かに彼を見ています。先ほどの模擬剣術戦でも見せた、まるで冷酷な狩人であるかのような、その雰囲気。
本気です、疑いようもなく。しかしそんな兄貴を持ってしても、キイロさんという巨大な壁は、まだ打ち崩せていません。
「さ、さて……そ、そろそろ見せようかな。ぼ、僕の編み出した黄華激閃流を……」
キイロさんはそうおっしゃると、木刀を腰に戻しました。それを見た兄貴も、腰に木刀を戻します。最初と同じ、互いに居合抜きの構えです。
「お、黄華激閃流は僕自身の名前と、う、裏切りの英雄ヴィクトリアが用いた、い、雷が走った後に花が開いたように見える太刀筋。そ、そして一閃ではなく多数の斬撃を放つ技から取って、ぼ、僕が命名したんだ。ど、どんな剣よりも、う、上に立つ為に……ッ!」
口をそう動かしながら、キイロさんは態勢を低くした状態から、兄貴に向かって一気に距離を詰めにいきます。自身の技の射程範囲内に、彼を入れる為。
「み、見なよ。ば、抜刀だけじゃなく納刀にも力を入れた……ぼ、僕の黄華激閃流ッ! "豪雨激閃"をッ!!!」
「ッ!?」
「兄貴ッ!」
『エド君ッ!』
「ノッポッ!」
「エド君~ッ!」
「野蛮人ッ!!!」
私たちの言葉が兄貴に届くか否かのその瞬間。
キイロさんの腰から居合抜きの一撃が連射され、多数の一撃必殺の斬撃が兄貴を襲いました。
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