第146話 体育祭当日④


 午後の種目が始まりました。最初は借り物競走ですね。出場するのは私とオトハさんです。


 借り物競走と言えば普通の徒競走とは違い、指定箇所にあるクジを引き、そこに書かれたお題のものを友人や観客から借りて、それを審判の元へ持っていく。


 そして審判が、借りてきた物がお題に合致するものかを判定し、ここでオッケーが貰えればクリアで、次の方へとバトンが繋ぎに行けるものです。


 足もそうですが、借りやすいものを引けるクジ運も必要になってくる種目ですね。


 私たち出場選手がグラウンドのトラック内の中央に集まり、先頭の走者達が構えて、いよいよ競技スタートとなりました。


 トラックを半分走った所に借り物が書いてあるクジが入った箱と審査員がいます。


 あそこで引いて誰かに借りに行き、またあそこで判定されるみたいですね。


「……あれはハチマキですかね」


『うん。相手はお弁当箱かな』


 真ん中で自分達の出番を待つ中、私はオトハさんと借り物が何であるかを見ていました。


 どんな物を借りてこなければならないのかを把握しておけば、誰にお願いしに行くのかも考えられます。イメージトレーニングという奴ですね。


 そうこうしている内に、私の番となりました。赤組の相手との差は少しだけ、私たち有利についています。


「行ってきます」


『行ってらっしゃい』


 オトハさんに見送られ、私は立ち上がりました。やがて前の走者が借り物の審査を終えて、私の元へと走ってきます。


 私はバトンを受け取ると、思いっきり走り始めました。一応、元の世界では陸上の短距離をやっていましたので、足には少し自信があります。


 そのまま走っていき、私はお題が入っている場所までたどり着くと、勢いよく箱の中に手を入れて、折り畳まれた一枚の紙を取り出しました。


 急いでそれを開け、私が借りてこなければならない物を確認します。


「二年三組の黒板消し」


 紙にはそう書いてありました。私は目を見開きながら、綺麗な二度見をかまします。


「二年三組の黒板消し」


 うん、見間違いじゃないですね。各クラスの備品にはクラス名が書いてありますから、持ってくれば審査は容易いでしょう。


 問題は、


「……いや校舎内は勘弁してくださいよォォォッ!!!」


 私は叫びながらグラウンドを飛び出し、校舎へと向かいました。


 黒板消しがグラウンドにある訳はありません。あるのはクラスの中だけ。つまり私は学校の建物内に入っていかなければならないのですウッソだろお前。


 しかも書いてあるのは二年生のクラス。つまりは二階。階段の登り下りまで必須ですね。


 大外れを引いたであろう私が、指定された二年三組のクラスの扉をガラっと勢いよく開けると、


「は……?」


「「……えっ?」」


 中にいた男子生徒二人とバッチリ目が合ってしまいました。しかも頬を赤らめ、互いの口から唾液と思われる糸を垂らし、舌を出しているだらしない顔のまま抱きしめ合っているご様子の。


 片方は金髪に赤いハチマキをし、くたびれた体操服を身につけているという、如何にも兄貴の同類のような不良といったお姿。


 もう片方は逆に黒髪の七三分けに白いハチマキをし、黒縁メガネで体操服もきっちりズボンに閉まっているという優等生と言ったお姿。


 そんな正反対とも言える二人が誰もいない教室で抱き合い、頬を蒸気させ、よだれの滴る舌を出してあっていらっしゃる……あっ……これ、は……。


「「「…………」」」


 時が止まったかのような沈黙の後、私はそそくさと黒板消しを引っ掴むと、何も言わずに二年三組の扉を閉めました。


 私は黒板消しを取りに来ただけですもんね。はい、私は何も見ていません。見て、いませんとも。


「……よ、よくも私たちの秘密の逢引を見たな貴様ァァァッ!!!」


「……殺すッ! 絶対に殺すッ! 生きて返すなァッ!!!」


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 そして何故か、中にいた男子生徒達に追い回されることになりまし……いや、あの、私が、何をした?


 グラウンドまで逃げ、審判に黒板消しを見せてオッケーをもらい、そのまま次の走者へとバトンを渡します。しかし、私は止まりませんでした。


『お疲れ様、マサト。休憩場所はこっち……』


「おー、兄弟。校舎内とは運が悪かっ……」


「兄さん? そないな必死な顔してどした……」


「良い速度ですわマサト! あれ、一体どちらへ……?」


「運が悪かったね~、まさか校舎内なん……ってあれ……?」


 みなさんの前を通り過ぎ、私は走りました。チラリ、と後ろを見てみると、鬼の形相で後を追ってくる二人の上級生男子の姿があります。


 私はそのままトラックを出て父兄席を迂回し、グラウンドを再度出て校舎の方へ向かい、そのまま体育館裏まで逃げました。


 当然諦める彼らではなく、執念深く追い回して来ています。


「彼と私の秘密を知ったからには、もうこの世に貴方の居場所はないのですよ下級生君……」


「地獄の果てまでも追い回して、生きたまま内蔵を引き抜いてやる……」


 うん、駄目だ。あれは捕まったら間違いなく殺される。


「私は悪くなーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!」


 あり得ない濃度の憎悪をぶつけられ、私は泣きながら走りました。


 はい。たまたま引っ掴んだクジの指示で訪れた先に、逢引している男子生徒達がいるとか、こんなもの間が悪かった以外に何があるって言うんですか。


 不可抗力、致し方のないこと、事故。世の中、こういった状況を表す言い方というものは、たくさんあることでしょう。


 うんうん。どうしようもないことって、ありますよね。


「「ゴッロォス……ッ!」」


「いやぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 しかしそれを受け入れて許していただけるのかという点については、全くの別問題ですが。


 果たして私は逃げ切れるのか。それとも捕まってしまい、この世とお別れしなければならなくなるのか。私の運命や如何に。


 ちなみに後で聞いたのですが、借り物競走は私たち白組が敗北したそうです。


 なんかもう、色々とやりきれません、はい……。

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