第147話 体育祭の合間①


「……こんなところにいましたの、野蛮人」


「……んだよ、オメーか」


 わたくしは一人、マサトとオトハのフォークダンスが始まってすぐにそそくさといなくなった野蛮人を探します。


 グラウンドを離れて校舎の方まで来てみると、彼は体育館裏で素振りをしていましたわ。


 少し離れたところでこちらに気づいた彼は、一息つくと再び木刀を振り始めます。


 ちなみに借り物競走の後で何故か逃げ出したマサトは、競技終了後に校舎裏でボロ雑巾のような姿で発見されました。


 しかし、オトハのお母様であるフランシスさんのお力で、何とか歩けるようになりましたので、今頃はフラフラになりながらオトハと一緒に踊っているのでしょう。何故かウルリーカが凄い形相で睨んでいましたが。


「何の用だよ? 兄弟と嬢ちゃんのダンス、まだ終わってねーんだろ?」


「ええ、そうですわね。わたくしも彼らの踊りっぷりを拝見したいのですが……それ以上に、余裕のなさそうな貴方について、気になりましたので」


「……んだと?」


 こちらを睨んでくる野蛮人ですが、わたくしはそんな視線ごときでは怯んだりしませんことよ。


「次の模擬剣術戦……勝った方の代表者は、あのキイロさんと戦えるのですわよね?」


「……ああ。勝ちさえすりゃあアイツと、まともにやり合える……ッ!」


 野蛮人が今まで以上に勢いよく木刀を振ります。その力強さに、彼の負けられないという意志の固さも感じられましたわ。


 ですが、


「……今の貴方では、勝つことなんて不可能ですわよ」


「……今なんつった、パツキン?」


 わたくしは自分の感じたことを正直に口にしましたわ。案の定、野蛮人がこちらに突っかかってきます。


「俺が勝つのは不可能だと? 言ってくれるじゃねえか……何なら今ここで、テメーをぶっ倒して証明してやろうか、ああんッ!?」


 額に青筋を浮かべ、こちらに木刀を突きつけてくるその様子に、わたくしはため息をつきます。この様子では、何を言ったところでこちらの言葉は届かないでしょう。


 ならば。


「……良いでしょう。来なさいな、野蛮人」


 わたくしは持ってきた木刀を片手で構えました。その先をクイクイっと上げてみせ、かかってきなさいと挑発を加えます。


「上等ォ……後悔しやがれッ!!!」


 木刀を腰にしまった野蛮人が、こちらへ突進してきます。この流れは、いつものあれですわね。


「"流刃一閃"ッ!!!」


 居合抜きの一撃をこちらへ放ってくる野蛮人でしたが、そんなものは読めております。わたくしはすぐに自身の木刀でそれを円を描く形でいなしました。


 態勢を崩した彼に向かって、わたくしは容赦なく突きの一撃を入れます。


「"花は風をいなす(パリィ・フレクション)"ッ!」


「ガ……ッ!?」


 わたくしの突きを受けた野蛮人は、その場に膝をつきました。何時ぞやのやり直しでしたね。全く、進歩のないことですこと。


「勝負ありましたわね」


「グ……ッ! ま、まだだ……」


「残念ながら」


 もう一度立ち上がろうとする野蛮人に、わたくしは木刀を突きつけます。以前は、油断したわたくしがこの後反撃をもらいましたが、今回はそうはいきませんわ。


「わたくしに慢心はございませんでしてよ。貴方がそこから何をしようが、全てに対応してみせましょう」


「……チィ!」


 突きつけられた木刀を睨み、相手に隙がないことを理解したのか、野蛮人が舌を打ちます。


「クソ、クソ……ッ! 俺は、俺は負ける訳には……」


 口元でモゴモゴと何かを言っている野蛮人を見て、わたくしは何かが限界突破しました。木刀を下げ、一歩前に出ると、


「頭を冷やしなさいこの野蛮人ッ!!!」


「ッブハァッ!?」


 右手でその間抜け面を思いっきり張り飛ばしましたわ。


「な、なにしやがるテメー……」


「なんですか先程の無策特攻はッ!? キイロさんはあんなやり方で勝てるような容易い方ですのッ!? 違うでしょうッ!? わたくしにすら通用しない戦法で勝てるとお思いでッ!?」


 感情のままに声を張り上げたわたくしを、野蛮人が目を見開いたまま見ています。


「騎竜戦の時もそうでしたわッ! ただただ前へ前へ力づくで突き進むだけの単細胞戦法ッ! 少し頭を使えば色々と手はあった筈なのに、貴方は突っ込むしかしませんでしたわッ! もう一度言います。勝とうと意気込むのも良いですが、一度頭を冷やしなさいなッ!!!」


「…………」


「……わたくしは、貴方に、勝っていただきたいだけなのですわ……」


 果たしてわたくしの言葉は、ちゃんと野蛮人に届いているのでしょうか。


「不本意ですが、似ている貴方……わたくしとは違って目指す先が、倒したい相手が明確な貴方……わたくしはただ、そんな貴方を応援したくて…………羨ま、しくて…………だから、せめて貴方には……ちゃんと戦って、実力を出し切って……そして、勝っていただきたい、だけですわ」


 それが、わたくしの思い。似ている貴方。しかし手がかりもなく、雲を掴むような思いをしているわたくしとは違い、目標がしっかり解っている、羨ましい貴方。


 だからこそ、わたくしは貴方に勝っていただきたい。似ている貴方が勝ってくれたのなら、きっとわたくしも勝利を手にすることができると、希望が見えると、そう思いますから。


「…………サンキュー、パツキン」


 少しの沈黙の後、野蛮人はそう口にしましたわ。


「頭に上ってた血も、オメーの一撃で吹っ飛んだ気がするわ。確かに、ただ突っ込むだけで勝てる程、あの野郎は簡単じゃねーわな……ワリー。手間、かけた……」


「……少しはマシな顔になりましたわね」


 叩いた頬を触りつつも口角を上げた野蛮人を見て、わたくしも息を吐きます。


 完全にかどうかは解りませんが、伝わったことは確かでしょう。


「にしても、強烈な一発だったぜ。オメー、剣よりも素手の方がつえーんじゃねーの?」


「あら。お望みならば今からでも剣を振るって差し上げますわ。是非比べてくださいまし」


「止めろよ本番前に余計な怪我すんだろーがッ!」


 軽口も叩けるくらいになりましたわね。全く、世話が焼けることですこと。


「……実際、キイロさんに勝てる確率は、どれくらいなんですの?」


「……良いとこ、一割ありゃいい方だな」


 そしてわたくしが気になった点。実際問題、野蛮人はキイロさんに対してどれだけ食い下がることが、果ては勝つことができるのか。


 この疑問点に対して、野蛮人の回答はかなり厳しいものでした。


「兄弟から少し聞いたが、アイツはジジイの剣を応用させて、自分なりの流派を作ったらしいしな……癪だが、アイツも間違いなく天才だよ。何だよ、"流刃一閃"の乱射って……元々一撃必殺の技なんだぜ、あれ。それを連射しようと思いつき、しかも完成させるとか……頭おかしいだろ」


 野蛮人がお爺さまから受け継ぎたい流派、一刀一閃流。その基礎とも極みとも言われているらしい居合抜きによる一撃、"流刃一閃"。


 本来、その一撃で終わらせる為の技を乱射するという発想。そしてそれを可能にした技量の高さ。


 キイロさんという方が、如何に凄い人なのかを、野蛮人は憎々しげながらもマジマジと語っていました。


「……だが、諦めるつもりはねぇ」


 しかしそれでも、野蛮人の目には諦めの色は見えませんでした。

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