第145話 お昼休み


「……あれ? オトハさん、何処へ行くんです?」


『うん。ちょっと、ね……』


 みんなで美味しくお昼ご飯を食べた後、不意にオトハさんが立ち上がりました。


 その手には、作ってきてくださったお昼の一部が詰め込まれた、小さなお弁当箱があります。


『すぐ戻ってくるから』


 オトハさんはそうおっしゃると、そそくさと行ってしまいました。何なんでしょうか。


「……あー、こりゃあれやな……」


「……そ~だね」


 それを見たシマオとウルさんが、口を揃えています。あれ、とは何でしょうか。


「全く、マサトは変なところが鈍いんですから……おそらくオトハは、彼女のお母様の所へ行ったのでしょう」


「……あっ、そういう事ですか」


「なーるほどなー……」


 マギーさんの言葉に、兄貴と二人で納得します。あれからあまりお話できていなさそうでしたし、今日なら体育祭という事で、話題もあるのでしょう。


「……しかし。オトハさんは、どうしてお母さんの所へ? 酷い目に、遭わされていた筈なのでは……?」


「……そ~簡単には、割り切れないよ」


 私が抱いた疑問に、ウルさんがそう答えました。


「……なんだかんだ言って、自分のお母さんだからね。憎んでも、憎み切れないって……」


「ウルさん……」


 どこか遠くを見るような目をするウルさんです。そう言えば彼女も、ご自身のお母さんとは一悶着あったんでした。


 彼女の中でも何か、割り切れないものがあるのでしょうか。


「……私、見に行ってみます」


 しかしそれはそれとして、どうしてもオトハさんの様子が気になってしまった私は、立ち上がりました。


 いつも側にいて、元気付けてくれていた彼女です。もしかしたら、何か力になれるかもしれませんし。


「あっ、ボクもボクも~」


「……邪魔になってしまうのでは?」


 つられて立ち上がるウルさんに対して、マギーさんが口を濁します。


「いーんじゃねーの? 遠くからちょっと見るくれーならよ」


「せやな。まあ、覗き見になってまうけど……バレんければオッケーやろ」


 兄貴とシマオも立ちました。なんだかんだで、皆さん気になっているみたいです。


「嫌ならここで待っててもいーんだぜ、パツキン?」


「……いえ。わたくしも、行きますわ」


 結局、マギーさんも行くことになったので、みんなで一緒にオトハさんの後をつけることになりました。


 少し探してみますと、オトハさんとフランシスさんは保健室にいらっしゃいます。


 私たちは保健室の様子が見れる外の茂みに身を隠し、中の様子を伺いました。


 しかしフランシスさんが来てからというもの、保健室の中は乱雑に置かれた書類や器具でぐちゃぐちゃになっています。


 見た感じ足の踏み場も無さそうなんですが、この人がいる部屋はどうしてこうなってしまうのでしょうか。


「……何? 怪我でもした訳?」


『ううん……違う、けど……』


「なら何しに来たのよ? 冷やかしはお断りよ」


『こ、これ……ッ!』


 中では、ちょうどオトハさんがフランシスさんに対して、お弁当箱を差し出しているところでした。


「……何これ?」


『お、お弁当……』


「誰の?」


『お、お母さんのに決まってるでしょ!』


 差し出されたそれを訝しげに見ていたフランシスさんに対して、オトハさんが魔導手話を荒げます。


「……頼んだ覚えはないわよ?」


『……うん。頼まれた覚えはない、けど。お母さん。放っておくとアスミの根っこだけとかでご飯も適当にしちゃうし……あと、お部屋も汚くなっちゃうし……』


「お腹が膨れたら何でもいいじゃない。あと何が何処にあるかを私は把握してるからいいのよ」


 あの散らかり様なのに、フランシスさん自身は全て把握しているとは夢にも思いませんでした。


『駄目だよ。ちゃんとバランス良く食べないと身体壊しちゃうし、誰かが来るんだからお部屋も綺麗にしないと』


「…………」


 オトハさんの言葉を聞いたフランシスさんが、口を閉ざしています。


 あと凄い疑問なんですが、どちらがお母さんでしたっけ? 見た目とか背丈とかじゃなくて、やり取りの様子的に。


「……ハァ」


 やがてため息をついたフランシスさんは、立ち上がりました。


「…………」


 そして何も言わないまま、彼女は保健室を出て行ってしまいました。残されたオトハさんは、受け取ってもらえなかったお弁当をそっと机の上に置きます。


「オトハ、さん……」


「嬢ちゃん……」


「オトハちゃん……」


「オトハ……」


「オトちゃん……」


 一人で部屋の片付けを始めたオトハさんを見て、私たちは口々に彼女の名前を呟きます。


 全員で顔を見合わせて頷き合うと、彼女の手伝いをする為に保健室へ向かいました。


「失礼します」


『ッ!? ま、マサト? それにみんなも……』


「おっす嬢ちゃん。こんなとこで何してんだ?」


「なんやなんやこの部屋。エライこっちゃ、こりゃ片付けなアカンやろ」


「そうですわね。綺麗が一番ですわ!」


「そういうマギーちゃんだって、自室は散らかってる癖に~」


「うううるさいですわよウルリーカッ!」


 そして何やかんや言いつつ、皆さんで後片付けを始めます。


 少しの間呆然としていたオトハさんですが、やがて何かを察したのか、ゆっくりと魔導手話で話し始めました。


『……ありがとう、みんな』


「……いえいえ」


「……気にすんな、嬢ちゃん」


「……せやせや」


「……水臭いですわよ」


「……そそ。ボクらにはこれくらい何ともないって」


『……そっか……ふふ……でもみんな、何処かから見てたんでしょ? もー……』


「「「「「それについては申し訳ありませんでした」」」」」


 あっ、バレたみたいですね。私たちは声を揃えてオトハさんに謝罪しました。


 彼女は声なく静かに笑うと、『早く片付けちゃお』と伝えてきました。そのまま皆さんで保健室の散らかり具合を掃除していきます。


 やがて掃除も終わった頃、そろそろ午後の種目が始まるという事で、全員で急いでグラウンドに戻ることに。


 机の上のお弁当はどうするのかと聞いてみたら、置いていく、とオトハさんに魔導手話で言われたのでそのままにして行きました。


 片付け終わった保健室の扉を閉めて、私たちは歩き出します。


「さってと。そろそろ午後の部だな……」


「よっしゃ! 午後も頑張るでー!」


「あれ? シマオ君ってボクと同じで、午前で全部終わりじゃなかったっけ?」


「……せやったわッ!」


「シマオ。出る物もないのに、何を頑張るつもりなんですか?」


「……応援や応援! ワイの声援で、やる気バッチリにしたるわッ!」


「変態ドワーフの声援があろうが無かろうが、わたくしは一切揺るぎはしなくてよ?」


『そ、そこまで言い切らなくても……』


「何、大丈夫やオトハちゃん。お姉さまは照れてるだけや」


「一刀で脳天をかち割られたい様ですわね」


「ほらシマオ君。マギーちゃんの照れが来たよ? 受け止めないと」


「良かったなチンチクリン」


「何がじゃボケェッ! んな物理的な照れがあって溜まるかァッ!」


「安心なさい変態ドワーフ。一撃で決めて差し上げますわ」


「良かったですねシマオ。マギーさんのお墨付きですよ」


「安心が行方不明じゃァッ! 誰かァ、はよ探してきてェッ!」


『あはははッ!』


 いつもの適当なやり取りをしていると、オトハさんもいつもの笑顔に戻ってきました。


 良かった。沈んでいるように見えましたので、少しでも笑っていただけたのなら、幸いですね。


「…………」


 そんな私たちの様子を遠目で見ていたフランシスさんに、私たちは誰一人として気がつきませんでした。


 彼女はその時、何かを思ったのでしょうか。気のせいかもしれませんが、閉めた筈の保健室の扉がまた開いたような音がしました。

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