第144話 体育祭当日③
「……頑張ってきてくださいね」
「おー……大丈夫か兄弟?」
「兄さんの両頬どないなっとるんそれ? 団子みたいになっとるやん」
「……ま。ボクの胸に飛び込んできたんだから、それくらいと~ぜんってことで」
さて。色々ありましたが、お次は騎竜戦です。私は出ませんので、出場する兄貴、ウルさん、そしてシマオを見送ります。
ちなみに何故私が心配されているのかと言いますと、オトハさんからの往復ビンタをしこたま受けて頬が腫れ上がっているからです死ぬほど痛い。
『マサトのバカ! 今回は体育祭だし、仕方ないからこれくらいにしておいてあげるッ!』
ご自身の頬を膨らませながらそう言ったオトハさんですが、当初は一体何をされる予定だったんでしょうか。知りたいような、知りたくないような。
そんなこんなで皆さんが配置に着き、いよいよ騎竜戦が始まろうとしています。
「間に合いましたわッ!」
「あっ、マギーさん。今までどちらに……?」
少し席を外していたマギーさんが、木刀を持って戻って来られました。
「……頼んでいた木刀の受け取りと、人の盗撮写し絵を使った横断幕を張ろうとしていた駄メイドに折檻を少々……」
言葉を受け取った私が視線を移し、父兄用席の方を見てみると、その一角にクレーターのような跡がありました。
中心には潰れたカエルのようなポーズで地面に倒れ伏しているピンク色の髪の毛のメイドさんがいらっしゃいます。周囲にはビリビリに破かれたと思われる横断幕の残骸が散らばっていました。
うん。いつも通りですね。
そうして種目の方はどうなっているのかと目をやると、兄貴を前、ウルさんが後ろの二人で組んだその上に、シマオが乗っています。
「ッシャア! 今度こそワイの出番やッ! ワイの為に働けやオメーらァッ!」
「おいコイツから振り落としていいのか?」
「ボクはオッケ~だよ~」
「ジョークッ! イッツドワーフジョークッ! はい、場も温まりましたところで相手は向こうッ! 落とすのはあっちッ! ワイ味方ッ!」
どうやら準備は万端みたいですね。騎竜戦はハチマキの奪い合い。ハチマキを取られるか組んだ騎竜が崩れて、上の人が地面に着いたら脱落となります。
一定時間終了後に、生き残っている騎竜が持つハチマキが多い方が勝ちなので、相手から奪った上で生き残らなければなりません。なかなかシビアなルールですね。
そうこうしている内に、騎竜戦が始まりました。
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」
各所から声が上げられ、竜役となった下の二人が駆け出します。
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
「"守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」
そして、魔法も飛び交っています。いつもの魔力抑制リストバンドがあるとはいえ、魔法オッケーなのがこの世界らしいですよね。
「行くぞテメーらァッ!」
「なんで竜役のお前が仕切ってんねんノッポォッ!? ワイが上やでッ!」
「ど~でも良いけど、相手来てない?」
兄貴達もやがて接敵していました。上でシマオが相手とハチマキを奪い合いを始めます。
「こんのォォォッ! さっさと渡せやゴラァッ! つーかもっと寄せろノッポッ! 届かんってッ!」
「っせーなこのチンチクリンがァッ!」
ああ、なるほど。ドワーフであるが故に体型の小さいシマオでは腕の長さも短い為、本当に近寄らないとハチマキに届かないんですね。まさかのリーチ不利。
「オラァッ! このデカブツがァッ!」
そしてシマオの下では、竜役の相手と体当たりを繰り広げている兄貴。向こうもガタイの良い相手なので、なかなか手こずってるみたいです。
「うわ~怖い怖い。後ろで良かった~」
そしてそんな彼らに構わず、キョロキョロと辺りを見ながらめっちゃ他人事のウルさん。あの、一人だけ温度差あり過ぎませんか?
「……っと。下がるよ二人とも。横から来てる来てる」
「何ッ!?」
「ホンマかッ!」
するとウルさんの声に合わせて、一同は引いていきました。直後に他の騎竜達が押し寄せてきて、大混戦へと発展します。
「……っぶねー。サンキューねーちゃん」
「た、助かったわ……」
「いえいえ。二人とも頭に血が上りやすいからね~。このまま様子見て、隙を見て横合いからハチマキもらっちゃおう」
「「おっしゃッ!」」
と思っていたら、かなり冷静であったウルさんです。
口ではなんやかんや言いつつも、キチンと周囲の状況を常に把握していたみたいです。相変わらず抜け目ない人ですね。
そのままやり合っている人達の所へ加勢しつつ、彼らはハチマキを奪っていきました。
いい調子じゃないですか、あれ。上手く狙われずに、ハチマキだけを奪い取る。
元の世界で言うハイエナ戦法ですが、漁夫の利はハマったら最強ですからね。
「……ウルリーカは相変わらずですわね」
それを見ていたマギーさんが呟きます。飄々としつつ周りを見て、隙あらば取れるものは取っていく。はい、実に彼女らしいです。
「そうですね。あの人の抜け目なさは、びっくりです」
『そうだね、ウルちゃんらしいや。油断できないとことか……』
「ええ、本当に。彼女と戦った時を思い出しますわ……そしていずれあの時の借りは返させていただきます、絶対に……ッ!」
私とオトハさんがうんうんと頷く隣で、マギーさんが拳を握っています。
あっ、クラス対抗白兵戦で負けたこと、まだ根に持っていたんですね。
「あ、アイツらだッ! アイツらがヤベーぞ!」
「牽制するッ! "炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
しかしそんなハイエナがバレたのか、赤組の連中が兄貴達目掛けて魔法を放ってきました。
「チンチクリンッ!」
「シマオ君ッ!」
「わかっとるわッ! "守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」
シマオの防御魔法が間に合い、なんとか直撃を避けられた一向。
しかし、ホッとするのも束の間でした。砂埃の向こう側に、複数の騎竜の姿があります。
「囲め囲めェェェッ!」
「ゲッ、ヤバ……」
魔法を防いでいた隙に、赤組の騎竜達が彼らの元へと押し寄せて行きました。
ウルさんの呟きの直後、彼らの周りを三組の騎竜が囲みます。
「うわッ! ちょ、アカン……て、手が足らんって手がッ!」
三人からハチマキを狙われて、シマオが悲鳴を上げました。迫り来る六本の腕に対してシマオは二本しか持っていません。そりゃ足りないでしょう。
「ど、ど~すんのこれッ!?」
「クソ……ッ! 負ける……訳にはいかねぇ……ッ! こーなりゃ突っ切るッ!」
焦るウルさんの叫びに対して、兄貴はそう吠えました。次には、兄貴は手近な相手に向かって体当たりを仕掛けます。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
まさかの力押し……いや、兄貴はいつもあんな感じでしたね。真正面から打ち破る。脳筋バンザイでした彼は。
「ひぃぃぃッ! ちょ、ヤバ、とら、取られ……ッ!」
「もうちょい粘ってシマオ君ッ!」
兄貴が精一杯押し勝とうとする間にも、上に乗るシマオは必死になってハチマキを抑えています。
ウルさんの声の間にも兄貴は相手を押し続け、
「ォォォオオオオオオオオオオオオラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「「「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああッ!!!」」」
遂には相手を押し倒すことに成功しました。崩された相手の上の人が地面に転がり、脱落が決まります。
「ハァ、ハァ、ど、どうだ見たかコラァ……」
「ええから早よ逃げるでッ! まだ二組おるからッ!」
「エド君走らないと……ッ!」
しかし、相手を打ち崩すので体力を使ってしまったのか、前である兄貴はその場で立ち止まってしまいました。
その間にもシマオは残り二組からハチマキを狙われ続け、
「……ァァァアアアアアアッ!」
結局はハチマキを奪われてしまいました。これで、今までに奪った分はパーです。
やがて終了の合図がなされました。結果は敵である赤組の勝ち。
ハチマキの獲得数的に、兄貴達が生き残れていたらこっちが勝っていたかもしれません。惜しかったですね。
「ったく、もうちょい粘ったら勝ててだだろーが、このチンチクリンよぉッ!」
「うっさいわボケェッ! 三人に狙われてあそこまで粘っただけでも勲章モンやろうがッ! つーかオメーがへばった所為で逃げられんかったんやぞノッポォォォッ!」
「お疲れ~。いや~、やられちゃったね。あっ、飲み物ある? ボク喉乾いちゃってさ~……」
「「オメーはもうちょいなんかないのかコラァァァッ!!!」」
騎竜戦はそんな感じでした。全く悔しそうにしていないウルさんに男子が突っかかっていますが、まあ彼女に響くことはないでしょう。
「……全く。野蛮人は、本当に……」
それを見たマギーさんが、何か呟いていました。小さくため息をついているようにも見えますが、兄貴がどうかしたのでしょうか。
まあ、良いでしょう。そろそろお昼ですしね。オトハさんがまた皆さんの分のお弁当を用意してくれたみたいなので、今からとても楽しみです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます