第125話 どうしようもないゲス野郎
「待ちやがれこの野郎ッ!!!」
「逃がさへんでッ!!!」
館から逃亡したダニエルを追って、エドワルとシマオの二人は山の中へと足を踏み入れていた。
すっかり夜も遅くなってしまった山の木々が、風に揺れて不気味な音を奏でている。
少し開けた場所に出ると、逃げていたダニエルは不意に立ち止まった。そのまま距離を詰めようとした二人だったが、ダニエルが両手を広げて大げさに話し始めたため、二人は一度立ち止まる。
「やあ、よくぞ来てくれたね。君たちなら追ってきてくれると、信じてたよ」
「うるせぇこのゲス野郎ッ!!!」
ダニエルの言葉に聞き耳を立てないままに、エドワルは咆吼する。
「さっさと解呪石とやらを渡さんかいボケェ! 今なら半殺しで勘弁したるわッ!」
それに続いてシマオも怒声を上げた。そんな怒り心頭の様子の二人だが、彼らに対してダニエルは先ほどとは違い、余裕の表情を見せている。
「……全く、君たちは低脳だなぁ。ここまでついて来てしまった時点で、僕の勝ちだと言うのにさ」
「ああンッ!?」
「何ゆーてんねんワレェ! お姉さまにしたこと忘れたとは言わせんぞボケコラカスゥッ!!!」
「口も汚く、察しも悪いとは。本当に美しくないな、君たちは……」
遂には憐れまれたということで我慢の限界に来たのか、エドワルが一歩前に出ようとしたその時、ダニエルは弓を構えて弦を引き絞った。
当然その手には、矢を持っていない。
しかし次の瞬間。ダニエルが構えている手に魔方陣が現れ、そこから独りでに矢が現れた。先ほどマグノリアを射抜いた時と同じだ。
それを確認した彼が弦を離すと、エドワルの足下に矢が突き刺さる。それを見たエドワルは思わず、歩み寄ろうとしていた足を止めた。
「さ、さっきのお姉さまの時もそうやったが……なんも無いとこから、矢が……?」
「……"内魔矢(オドアロー)"」
驚いているシマオを余所に、ダニエルがそう呟く。エドワルの足下に刺さった矢は、いつの間にか消えていた。
「下手なことはしない方が良いよ。僕は自身のオドを矢に変換して、君たちに撃ち込むことができる。丸腰だなんて思わないことだね」
得意げにそう口にしているダニエルを見て、エドワルは舌を打った。今すぐにでも木刀で斬り倒してやりたいが、まだ奴とは距離がある。
不用意に近づこうとすれば、簡単に撃ち抜かれてしまう危険があった。
「それに、せっかくだから察しの悪い君たちに教えてあげるよ。ここまで来た時点で僕の勝ちっていう、その意味をねッ!」
そうして語り出したダニエルの言葉を聞きつつ、二人は警戒を崩さなかった。
「君たちは瀕死のマグノリアちゃんをそのままに、ここまで来てしまった。マグノリアちゃんに放った矢は、対象者を衰弱させる呪いつきの特別製だ。人国の軍人をも一発でダウンさせた、妻の研究成果の一つだよ。あれを喰らって無事な奴なんていやしない。
つまり、今あの場には事情を説明できる輩は一人もいないッ!」
「こ、こいつ……ッ!」
次にシマオが向かおうとしたが、シマオの足下にも魔力でできた矢が放たれてしまった。
地面に刺さってすぐに消えるそれを見つつ、シマオは憎々しげにダニエルを見据える。
「静かに聞きたまえよ、薄汚いドワーフ」
「誰が薄汚いドワーフじゃ! ちゃんと毎日風呂ォ入っとるわッ!」
「知らないねそんなこと……で。さっきの状況については、もう大丈夫なのさ。愚かにも、君たちがここまでついて来てしまったからね」
「……んだと?」
ダニエルの物言いに、エドワルは首を傾げる。
「簡単なことさッ! あの現場を見たのはマグノリアちゃんと君たち、そして僕だけだ。あの状況を説明できる一番厄介なマグノリアちゃんはもう黙った。事情を知る君たちも、ここまでついて来てしまった。大人しく誰かが来るのを待ってたら良かったのにね……。
ここまで来た君たちさえ黙らせてしまえば、あの事実を知る者は僕しかいなくなる。ならば、後は僕の方でどうとでも言いくるめられるのさッ!
大体、あの壁を壊して大きな音を立てたのは、間違いなく君たちだ。大事を起こした君たちと違って、僕へ疑惑の目が向く可能性は低いッ!」
「「…………」」
二人は互いに持っている木刀とハンマーの握り手を、それぞれ握りしめた。この場において、このダニエルという男からは反省の色が見えない。
それどころか自分の都合の良いように事実を曲げようとすらしている。
「マグノリアちゃんに興奮した君たち二人が彼女を襲った。僕はそれを助けようとしたが、君たちは壁を壊す等して抵抗。挙げ句逃げ出したので、僕が後を追った。そして逃げた二人を取り押さえた僕……まるで英雄のようじゃないかッ!
マグノリアちゃんの呪いの矢については、偶然刺さったとかでいいんじゃないかな? 僕に襲われた記憶なんて、幻影魔法でも重ねがけしておけばどうとでもなるだろうし……」
「……よぉく解ったぜ」
「ああ……ワイもよぉ解ったわ」
精度の低そうな言い訳をさも名案のように語っているダニエルを見て、エドワルとシマオの二人は顔を見合わせて、そして頷いた。
その後、二人は声を揃えて吠える。
「「テメーがどうしようもないゲス野郎だってことがなッ!!!」」
次の瞬間、二人は同時に飛び出した。
「ぶった斬るッ!」
「ぶっ飛ばしたるわボケェッ!」
いくら矢が無限に撃てるからといっても、所詮は弓矢だ。一投ずつしかできないそれは、複数人に対する対処が非常に難しい筈だと。
そう考えた二人は、同時に駆けだしたのだ。一人やられようとも、コイツはただでは済まさない。
覚悟を決めた二人の行動は早かった。
「……一人の弓術士に対して二方向から攻め立てる。まさに教科書通りだね。流石は学生さんだ」
そんな二人に対してダニエルは弓の弦を引き絞ると、魔方陣を展開して矢を発生させる。
「でも……ノンノン。一流とは教科書を網羅して、なおかつ応用を効かせるものなのさ」
そう言いつつ彼は矢を放った。真っ直ぐ飛んだそれは、二人の間へと向かって進んでいく。
自分の方に向かってこない矢に対して、これは避ける必要もないのではないかと、二人がそう思って矢を意識から外そうとしたその瞬間。
「"分裂矢(ディビジョンアロー)"……」
「な……ッ!」
「なんやッ!?」
矢が分裂し、二本になったそれはエドワルとシマオ向かっていった。
少し反応の遅れた二人は咄嗟に自身の武器を身体に寄せて……間一髪。
二人ともギリギリの所で、手持ちの武器でそれを防ぐことに成功した。
「あれ? なんだ無事じゃないか。意外と反射神経良いんだね。野生の勘ってやつかな?」
「な、んだ今の……?」
「や、矢が分裂した? んなアホなッ!?」
ダニエルに攻撃せんと接近していた二人は立ち止まってしまい、慌ててそれぞれの近くの木々に身を隠す。
その間にも撃たれるのではとエドワルは警戒していたが、余裕綽々のダニエルは、隠れる二人を笑いながら見ているだけだった。
「あっはっはっはっはッ! 無様だね、醜いねぇッ! 追ってきた癖に、コソコソ逃げ隠れるなんてさ! 今の隙に二発ずつは撃ち込めたかな?
でも、まーだだよ-。もっと遊ばせてくれよ。せっかく僕の邪魔をしてくれたんだ……お返しがさぁ、まだまだ足りないのさぁ、君たちにはさぁ!!! "分裂矢(ディビジョンアロー)"ッ!」
隠れられたことを見てから、ダニエルは矢を放った。
その狙いは、まずはエドワル。彼が隠れる木から少し外れたところに放たれたそれは、さっきと同様に分裂し、身を隠していたエドワルの顔の横に深々と刺さる。
「うぉッ!?」
「ノッポッ!?」
「ほぅら見てよ。僕の弓の精度、なかなかのものだろう? ちゃんと外してやったんだ! これではっきりしたね。昨日、君たちが的に当てられなかったのは……君たちの才能がァ!」
次はシマオであった。ダニエルが放った矢がまたもや分裂し、彼の隠れる木の上の枝を射貫き、太い枝が彼の上に降り注ぐ。
「うわぁッ!」
「チンチクリンッ!」
「圧倒的にィ!」
次はエドワルだ。シマオを心配して顔を出した彼に向かって矢を放つ。
しまった、と彼が思ったその瞬間。矢が縦に分裂して一本は彼の足下に、もう一本は彼の頭上すぐ上に突き刺さる。
またもやワザと、ダニエルは外したのだ。いつでも殺せるからこそ、もっと遊びたいからこそ、だ。
そしてそんな遊びも、次の段階を迎える。
「足りないからなんだよォッ!!! "暴威矢雨(オーバーアローレイン)"ッ!」
次の瞬間。空高く放ったダニエルの一本の大きい矢が、空中で大量に分裂した。
二人が顔を上げた時には、視界を埋め尽くさん限りの矢が降り注ぐ。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!?」
「うひゃぁぁぁあああああああああああああッ!!?」
二人は叫び声にも近い声を上げた。
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