第126話 ……お断りします


「エルフという種族は長命であるが故に、昔の事をずっと覚えておる。たかだか百年もしない内に死ぬ、人間やドワーフらと違ってな」


 ルーゲスガーさんはそうおっしゃいました。エルフは長生きだからこそ、覚えているのだと。


 彼は杖で地面を叩きながら、話を続けます。


「我々は弓と魔術でもって栄えてきた。魔法が使えなくなった人間とドワーフとは違い、我々だけはずっと弓と、そして魔法と共にあった」


「魔法が、使えなくなった……?」


 芽生えた新たな疑問に、私はまた首を傾げます。ここに来てからというもの、解らないことが積み重なっていくばかりです。


「第二次神代戦争の終焉からそうなったのじゃが……ま、その辺はいいじゃろう。それよりも、じゃ。我々エルフだけはその戦争後も、ずっと魔法と共にあった。

 しかし時が立って魔国との対立が激しくなった際に……人間達は請うてきた。魔法を教えて欲しい、とな」


 詳細は解りませんが。それが最近になって、人間が魔法を使うようになったことと関係があるみたいです。


 兄貴達の言っていた剣が魔法に取って変わられたのも、最近になってからということでしたし。


「そうして、我らはかつて女神がそうしたように、人間やドワーフ達に魔法を教えた。まあ、元々使えていたものの封印を解いただけじゃがな。

 そうして魔法を使えるようになった奴らは……どうしたと思うかのう?」


「どうした、って。エルフの皆さんにありがとうって、なるんじゃないのかい?」


 ウルさんのその解答に、私もオトハさんも頷きます。


 魔法が使えなくなっていた理由は解りませんが、それを使えるようにしてくれたのであれば、お礼をするのは当然でしょう。


「ハッ!」


 しかし、そんなウルさんの解答を、ルーゲスガーさんは鼻で笑いました。


「所詮は半人じゃな。世の中そんな綺麗事だけで進む訳がないわ」


「ッ!」


「る、ルーゲスガーさんッ!」


『お爺さまッ!!!』


 またしてもウルさんを半人と吐き捨てたルーゲスガーさんに対しては、私とオトハさんが反抗します。


 彼女が嫌がっているその言葉を、ツラツラと言われ続けるのには我慢できません。


 そしてそれは、オトハさんも同じだったみたいです。


「ウルさんに対してそんな言い方しないでくださいッ!」


『わたしのお友達を侮辱するなら、いくらお爺さまでも容赦はしません』


「……面倒くさいのう」


 私たちの言葉を聞いたルーゲスガーさんは、どうでも良さそうにそう呟きました。その顔に、反省の色は見えません。


 面倒くさそうに、杖で地面を叩いています。


「まあ良いわ。その様子だと、お主らもあの後の状況については解らんみたいじゃしのう」


「う……ッ」


 そう言われると、私は言葉に詰まってしまいました。


 確かに、ルーゲスガーさんが提示した疑問に対して、私はウルさんが言った回答しか持っていません。


 それが違うと言われると解らない、というのが正直なところでした。


「なら教えてやろう。魔法を教わった人間達はどうしたのかをな。もちろん、感謝はあったぞ? 形ばかりのがな。そして人間達は……エルフを軽んじるようになった」


 そんなルーゲスガーさんの答えは、私の想像だにしないものでした。


「当時は戦争が始まるかの瀬戸際じゃったからのう。人間達はワシらからもらった魔法を驚異的なスピードで研究し、発展させていった。元々使えていたしのう、飲み込みは早かったのじゃ。

 そうして気がつくと……人間達は我々に勝るとも劣らない魔法を扱うようになった。いつの間にか……感謝もされなくなった」


 彼は杖をドンっと地面につきます。その叩き方は、まるで苛立っているかのように、荒いものでした。


「戦時中ということもあり、武器生産等の工業力を持っていたドワーフ族は人間から重宝された。しかし我らはどうだ?

 魔法を解放してやった恩も忘れ、地理的に魔国との距離が一番近いという理由で、我らは最前線に立たされた。多くの同胞が死んだよ。多くの家屋が戦火に巻き込まれたよ。

 エルフ、人間、ドワーフの同盟の中で唯一、首都に対して魔国による直接的な侵攻があったのも我らだけだ。その復興として人国から援助をもらうようになり……いつしかエルフの里は、人国の属国のような扱いを受けるようになった」


 魔国がエルフの里を襲撃したという話は確かにありました。その状況を利用して逃げ出したのが、オトハさんなのですから。


 そう言われてジルゼミの内容を思い出してみると、国境線沿いでの戦闘等はありましたが、人国の首都テステラやドワーフの山に魔族が攻撃を行ったという事実は確かにありません。


 首都クラスの街に攻め込んだのは、エルフの里だけだったように思えます。


「更には、援助してやっているんだから持てなせと、人間達はエルフに対して強く出るようになった。確かに、我々は援助をもらわなければならないような打撃を受けた。復興のために力を貸してもらったことへの恩はある。

 だからと言って、こちらに不利な物資のやり取り。要人への接待。挙げ句人国内には、エルフを下に見るような輩が増える始末だ。お陰で我々エルフは、人間に怯えながらも、人間を立てなければならないという状況になってしまった」


 これが、私たちが変だと思っていたエルフの方々のよそよそしさの正体でした。


 こちらに交換留学に来た時の学生達の視線。街で会ったエルフの方々のへりくだり方。


 彼らは私たちを疎く思いながらも、無碍に扱うことができなかったということなのです。


「我らは弱い立場になってしまった。そんな我らが対等な相手に立ち戻る為にはどうしたら良いか……答えは力だ。

 彼らに並び立つ程の力を持てばよい。強力な力ももってして初めて、我々は立場を回復させることができる。

 その本命は……お前じゃ。オトハ」


 再度杖で地面を叩きつつ、ルーゲスガーさんはオトハさんに声をかけました。


「エルフの皆のために、ワシの元に戻ってきてくれんかのう? みんなには、お前の力が必要なんじゃ」


 そう言って、ルーゲスガーさんは手を差し伸べました。しわが刻まれた細い手を真っ直ぐにオトハさんの方へと向けています。


 彼女は一体どうするのでしょうか。


『……お断りします』

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