第121話 招待されたけど


 次の日。わたくしと野蛮人、それに変態ドワーフの三人は、再びあのダニエルさんの屋敷にお邪魔していましたわ。引率のグッドマン先生も、もちろんいらっしゃいます。


 それと言いますのも。


「やぁ! よく来てくれたねマグノリアちゃん! あとエドワル君とシマオ君、それにグッドマン先生も! ちゃんと招待状は届いてたみたいだ! 嬉しくてこの場で踊りたくなっちゃうね!」


「この度はお誘いいただき、ありがとうございます」


「ご、ごきげんようですわ、ダニエルさん……」


「どーも。さ、誘ってもらって、すまねえな……」


「ほ、ホンマにワイらなんかが来ても良かったんか? だ、だって今日の催し物は……」


「ああ、シマオ君。気にしないでくれていいよ。何せ……君たちは今日の舞踏会の大切なお客様なんだから!」


 おっしゃられた通り、ダニエルさんがわたくし達を、自宅で開催する舞踏会に呼んでくださったからですわ。


 ちなみに招待は全員分来ていたのですが、マサトとウルリーカの二人は体調不良ということにして、お断りを入れました。


 昨日の状況を互いに報告し合い、マサトとウルリーカが向こうでポカをした為に、ほとぼりが冷めるまで大人しくしておくことになったのです。まあ、仕方ありませんわね。


 わたくし達は用意された休憩室で着替えを終え、その会場へと移動します。


 ただ用意されていたドレス用の下着が、その……真っ赤な色をしていて、胸の先を隠すくらいしかないマイクロなものに下はTバックというヤケにいやらしい物でしたが、他に選択肢も無かったので否応なしに着用しましたわ。


 こ、こんなハレンチな下着をつけなければならないなんて……ま、まあ、見られるようなことはないと思いますが。


 そうして到着した大きな扉を、綺羅びやかな衣装に身を包んだダニエルさんが開け放ちます。


 するとそこには、彼のように華やかな衣装に身を包んだ多くのエルフ達が、会場に流れている音楽に合わせてダンスを踊ったり、各テーブルに並べられた料理を楽しんでおられました。


「さあさあ遠慮せずに楽しんでいってよ! 食べ放題飲み放題! お金なんか取らないからさ!」


「お、おいチンチクリン……あ、あれ」


「お、おうノッポ……あれって、」


「「最高級食肉用ドラゴンの姿焼きじゃねッ!?」」


 ダニエルさんの言葉でバカの男子二人が真っ先に飛びついたのが、ドラゴンの姿焼き。


 食肉用のドラゴンの鱗を取り除き、胴体を切り開いて内蔵を取り出し、代わりに野菜や調味料を詰めてまるごと焼くという豪快な料理です。


 食肉用ドラゴンを一頭丸々用意しなければならないため、なかなか一般庶民ではお目にかかれないようなご馳走ですわ。


 わたくしも最後に食べたのは、まだ両親が健在だった幼い頃でしょうか。あの頃が懐かしいですわ。


「おっ。流石男の子だね。あの豪快な料理は、庶民じゃなかなか食べられないだろう? もちろんあれも……食べ放題さ!」


「「ウヒョー!!!」」


 わたくしは頭を抱えました。品の欠片もないまま、バカ二人は姿焼きが置いてあるテーブルに爆進し、では遠慮なくと言わんばかりの勢いでお肉にがっついています。


「うめぇ! なんだこの肉、歯ごたえあんのに柔らけぇ!」


「味付けも絶妙や! 香辛料がええ感じで野菜とも相性バッチシ! 食べる手が止められへん!」


「どんどん食べてね! おかわりもあるよ!」


「「あざーっす!!!」」


「……っんとに、この野蛮人と変態ドワーフは……」


 せっかく用意していただいたパーティ用のタキシードも、あれでは台無しですわ。


 キチッと着終えた時は、二人ともそこそこ絵になるものだと内心で感心しておりましたのに。


 わたくしはバカ共の素行を見て、こめかみに指を起きながらため息をつきました。


「バカもん共がぁ! マナーがなっとらんぞマナーがッ!」


「「うげぇ、鬼面ッ!!!」」


 バカ二人はやがて、グッドマン先生にお叱りをもらっていましたわ。確かに二人で姿焼きを独占していたのは、行儀が悪いですわね。先生、ナイス注意ですわ。


「はい、マグノリアちゃん。君も、お腹空いただろう?」


「は、はい。ありがとうございますわ……」


 いつの間に取ってきたのか、ダニエルさんがわたくしに各種の料理が少しずつ乗せられたお皿とフォーク、それにグラスに入った飲み物を差し出してきましたわ。


「お礼なんていいさ! 僕と君の仲じゃないか!」


 昨日初めてお会いして、少し弓を教えていただいたくらいしか思い出がないのですが、いつの間にそんな仲になったのでしょうか。


 わたくしにも、解らないことくらいありますわ。世界は不思議で満ちております。


 ダニエルさんに促されるまま、わたくしは口に料理を運びました。


「どうかな、美味しいかい?」


「は、はい。美味しいですわ……」


「それは良かった! 君のために用意した甲斐があったよ!」


 そしてダニエルさんは、いつまでわたくしの側にいるのでしょうか。こう、エスコートしてくださるのは嬉しいのですが、何もここまで密着してくださらなくても良いのではなくて?


 わたくしは貴方の妻とか、そういうものではないのですが。


 そう思いつつ食事と飲み物を楽しんでいると、流れていた音楽が変わりましたわ。


 変わった瞬間に、周りのエルフ達は食べていた皿を近くのテーブルに置いて、男性が女性の前で膝をつきます。


「私と踊ってくださいませんか?」


「ええ喜んで」


 そんなやり取りが各所から聞こえてきて、了承した男女が音楽に合わせて手を取りながら踊ります。


 ああ、なるほど。この音楽は男女二人で踊るためのものなのですね。


 こういう場は、貴族社会では一つの出会いの場。気になる相手にアプローチをするための、絶好の機会ですわ。


「マグノリアちゃん」


 周りで優雅に踊る方々を見ていたら、ダニエルさんがわたくしの目の前で膝をつきました。


 今までの流れからして、これは、もしや。


「美しい君に恋をした……どうか僕と、踊ってくれないかい?」


 やはり、ダンスのお誘いでしたわ。しかもご丁寧に、愛の言葉付きで。


 こういった場で踊れない女性というのは、ダンスの場であぶれてしまった負け組、というレッテルを貼られることもあります。


 いくらわたくしが客人の立場とはいえ、誰とも踊っていないのは見栄えが悪いものです。


 なので、こうして誘っていただけたこと自体は嬉しいものもあるのですが。


「え、えーっと……ですわ」


 先ほどから身体を密着させてきたり、昨日に至ってはお尻を触られたこの方と一緒に踊る、というのが心の中でイマイチ了承し辛い気持ちがありました。


 あのカートウッドさんを怒鳴り散らして得意げな顔をされていたことも、拍車をかけています。


 さて、どうしましょうか。ここでお受けしても良いとは思いますが……それ以上に了承したことで調子に乗られ、またベタベタとくっつかれるのも、わたくしとしては遠慮したいところですわ。


 そうなると、ここは。


「……申し訳ありませんが、辞退させていただきますわ」


「……どうしてだい? この僕では不満かな?」


 それを聞いたダニエルさんは、顔こそ笑っていらっしゃるものの、声色は少し不機嫌になったように感じられましたわ。


 ここで言い間違えたら、心象が更に悪くなってしまいますわね。気をつけて、言葉を選ばなければ。


「貴族の当主であるダニエルさんからお誘いいただいたことは、本当に光栄なことですわ。しかしそれ故に、ダニエルさんが軽く見られてしまうのではないかと、わたくしは考えております」


「……どういうことかな?」


「要は、わたくしのような一介の学生と踊っていては、ダニエルさんの名声に傷がついてしまうかもしれない、と恐れたのですわ。わたくしではなくても、ダニエル程の素晴らしい方であれば、もっと相応しい女性がいらっしゃる筈。わたくしは所詮、貴族でもなんでもない、ただの人国からの留学生ですもの。わたくしのような卑しい身分の者は、それ相応の男性で十分ですわ」


「…………」


 上手く相手の立場を尊重しつつ、それ故に難しいということをお伝えしたかったのですが、わたくしの言いたいことは伝わったでしょうか。


「……そうかい。なら、僕は一度身を引くよ。でももし誰とも踊れないのであれば、遠慮なく僕を頼ってくれ。僕はいつだって、君のためにこの手を空けておくよ」


「……お心遣い、感謝いたしますわ」


 良かったですわ、何とかお断りできて。しかしそうしてダニエルさんから離れたは良いものの、ずーっとこちらを見つめられている感じが拭えません。


 これは、もしや。わたくしが誰とも踊らなかったら、再度お誘いされるやつでは?


「…………。野蛮人、こちらへ来なさい」


「……んんん?」


 わたくしは近くにいた、口いっぱいに料理を頬張っているという、この優雅な場にそぐわないことを平然としでかしている野蛮人を引っ張ります。


 この際、贅沢は言っていられませんわ。


 本当ならこういう場では、憧れのあの方と一緒に踊りたいものなのですが……まあ、今日は妥協ですわね。


「わたくしと踊りなさい。拒否権はなくてよ?」


「は? 何言ってんだオメー? 俺ぁ上流階級様のダンスなんざ知らねえぞ?」


「適当に合わせなさい」


「お前無茶苦茶言ってる自覚ある?」


 そんなこと百も承知ですわ。


 しかし今は、誰かと踊らなければダニエルさんが来てしまうという状況。背に腹は代えられないのですわ。


「ほら、わたくしの手を取りなさい! エスコートするのが男性の役目でしてよ!?」


「だから何したら良いかわかんねーんだよッ! 人の話聞いてんのかテメー!?」


「周りを見て適当に真似しなさいッ!」


「それが無茶苦茶だっつってんだろーがッ!」


「あら。仮にも男子である癖に、女の子の一人もお連れできないので? 全く情けないこと。出来ないなら一人で獣みたいに、ワーワー喚いていれば良いのですわ」


「んだとテメー! 上等だコラァ! 目にもの見せてやっから覚悟しろやァッ!」


 簡単の挑発に乗ってくれる野蛮人は、本当に扱いやすいですわ。


 周囲をキョロキョロと見渡して、やり方を見たのか、彼がぎこちなくその場に膝をつきます。


「お、俺と踊ってくれ……?」


 何で疑問形なのでしょうか。全く、これだから野蛮人は。


 まあ、エスコートしようとしている姿勢は見えますので、及第点でしょう。正直、全然なっておりませんが。


「……はい喜んで、ですわ」


「……なーにやってんだアイツら?」


 変態ドワーフがお肉をかじりながらこちらを怪訝な顔で見ていましたが、今は貴方に用はなくてよ。大人しく料理に舌鼓を打っていればいいのですわ。


「……ったく、どいつもこいつも。ガタガタ言ってねぇで、大人しく僕の言うこと聞いてりゃいいんだよ、クソが……」


 華やかな音楽の中、わたくしは野蛮人とぎこちなく踊りましたわ。


 その音楽と雑踏にかき消されて、わたくしは遠くにいるダニエルさんがおっしゃったことを聞き取ることができませんでした。


 そうして踊り終えた後。ダニエルさんはわたくしに飲み物を持ってきてくださいましたわ。

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