第四章
第98話 やってきた彼は
「……それで、奴隷エルフがいなくなったって訳ね」
『そうだ。監視していた部下からの報告では、連れて行ったのはおそらくエルフだったということだ』
「ふ~ん……」
ヴァーロックからの報告を遠話石で受け取ったバフォメットは、興味ありそうな、しかしそこまで興味を引かれていなさそうな。
そんな調子で返事をした。
彼の第一目標はもちろん、魔王の力である黒炎を持ち逃げしたマサトである。
一緒に逃げた奴隷エルフであるオトハについては、マサトを公開捜査するための餌としての認識しかなかったが、ここに来てエルフの里が彼女を拉致するという強引な手段を取った。
気になった彼が本国でも調べてみると、奴隷解放の際にもエルフの里からはオトハ個人についての問い合わせがあったとのことだ。
連れてきた奴隷個人の安否については、結構な数の問い合わせがあるためにいちいち返事をしていなかった。
だがそれでも、今回の件と合わせて考えてみると、エルフの里がこのオトハというエルフの存在を重要視していたことが解る。
(……棚ぼたで目標との繋がりを作れたのは良いけど、今回の件に関してはどうしましょうかしら。放っておいても良さそうなんだけど、な~んか気にはなるのよね~……)
『……いかが致しましょうか?』
考え事をしてなかなか返事をしなかったためか、ヴァーロックが再度声をかけてきた。
ああ返事を忘れていたと、バフォメットは素知らぬ調子で口を開く。
「そうねえ……別に最重要目標は無事なのでしょう? なら特に問題はないわ。あなた達はそのまま、監視を続けていなさい。行動のタイミングは、こっちから指示、出、す、か、ら」
『……了解した。しかし、目標とあのエルフは懇意にしている。目標がエルフを追って、力を使うことも十分に考えられるが……』
「あなたの気にすることじゃないわ」
ヴァーロックが懸念した点について、バフォメットは一言で切り捨てた。そんなことは言われなくても解っている、と。
思わずヴァーロックは口を閉ざす。出過ぎた真似だったかと少し考え、彼は再び話し始めた。
『……申し訳ない。では命令通り、監視を続ける』
「はいはい」
そうして遠話石でのやり取りは終わった。向こうに声が届かなくなったと確信した後で、バフォメットは一人、手であごひげを弄りながら考えを口にしつつ頭を回す。
「……目標の彼は、絶対に動き出すでしょうね……目標とあのエルフには、何故か人国の軍人がついてたみたいだけど……もしかしてこちらの内実が既に伝わっている……?
……いや、それにしては人国政府の動きがなさ過ぎるし……」
その時、バフォメットのいる部屋の扉からノック音が聞こえた。誰かが来た、そう悟った彼は指をパチリと鳴らし、魔法を展開する。
すると部屋にあった遠話石や書類等が一斉に動き出し、ひとりでに棚等に仕舞われていく。
一通り綺麗になったところで、彼は再びパチリと指を鳴らし、別の魔法を展開した。
すると今度は、魔族であった彼の見た目が足先から上へ向かって見る見ると人間の姿へと変わっていく。
完全に人間の見た目になったところで、彼は扉を開いた。
「あー、バフォさん? ご飯、できたんやけど……」
「あんらぁ! わざわざ伝えにきてくれたの? ありがとねぇ、シマオちゃん~」
「いや、それほどやないで……」
開いた先にいたのは、バフォメットの背丈の半分ほどもないずんぐりとした体型の男の子、シマオがいた。
これが、先ほど彼が言っていた棚ぼたである。
ドワーフ族との戦後処理の交渉の為にドワーフの山に訪れた彼は、交渉を終え、出張先でいつものように男漁りをして帰るつもりであった。
しかし、男漁りの際に見つけたドワーフの子どもが、夏に海に遊びに行った際になんとあのマサトと知り合ったと言うのだ。
思い出話を嬉しそうに話すシマオの横で、彼は密かにニヤリと笑っていた。魔族にも女神は微笑んでくれるのか、と。
それを知ってからの彼は早かった。シマオが自分に馴染まず家に居づらそうにしていることを早々に見抜いた彼は、シマオと彼の父親ををそそのかして、シマオにマサトが通う士官学校への入学の手続きをさせた。これでシマオを経由してのマサトとの繋がりは切れない。
次に彼はしばらくドワーフの山に居住することにし、すぐに本国から必要な各書類等を届けさせ、しばらく居座ることにした。
更には信用できる部下を何人か呼びつけ、自分の周囲の護衛とヴァーロックとは別にマサト達の監視もさせることにもした。
これで、本国でイマイチ自分を信用していない部下からの報告よりも、確実な情報が手に入る。
魔皇四帝という国の重鎮が、突然ドワーフの山に居座ると言い出したことで魔国では一波乱が起きているようであるが、彼は知ったこっちゃないとして本国からの連絡を無視していた。
「んもう、元気ないわね~……やっぱり、友達が心配?」
「……せや、な。オトハちゃん、どこ行ってしもたんや……」
人国の首都にある士官学校に通っているシマオは、たまの週末にドワーフの山に帰ってくる。
いつもなら、ここで友達との楽しい学校生活について色々と話していた彼であったが、オトハがいなくなったことで、彼も気をもんでいる。
バフォメットは、おそらくオトハは他のエルフに連れ去られたことを知っているため、おそらくエルフの里にいるのだろうと予想は立てていた。
だが、ただドワーフの山に来た人間ですと言っている自分の立場上、安易にそれをシマオに話すことはできない。
「……アタシからはきっと大丈夫よ、なんて言うことくらいしかできないわ。それでも、元気出しなさい。心配なのは解るけど、それでシマオちゃんまで体調を崩しちゃったら、それこそその彼女も心配するわ」
「バフォさん……」
「それに、案外なんてことなかったりするのよ? 例えば、生き別れたオトハちゃんのお父さん達が彼女を見つけて、エルフの里に連れてっちゃっただけかも、し、れ、な、い、し」
「……せや、な」
言葉だけでシマオの憂鬱が取れることはないが、とりあえずバフォメットは良い人を演じていた。潜入するのであれば、適度に相手に利する事を忘れない。
自分に変な疑いが持たれないようにと、手の回る範囲内で小さい便宜を図っていくことで、徐々にではあるが確実に、彼はシマオの家に溶け込んでいた。
その証拠に、最初は喋りかけるのも敬遠していたシマオが、ご飯を呼びにきてくれるまで気を許してくれたのだ。
(……それに今回の件で、人国軍がどう動くかによっては、ワタシ達も動き方を考えなきゃいけないしね。魔王の死やあの黒炎を持った人間の存在が、人国軍に知られているのか否か……エルフ達の企みと合わせて、ゆっくりと見極めさせてもらおうじゃない。
もちろん、時間をかけると人国軍に知られるリスクも高くなるし、この機に乗じて目標の確保に向かう手もありっちゃありだけど……)
それでも、現状ではまだ博打に出る状況じゃないと、バフォメットは考えていた。
状況は現在混沌としており、全体を把握できている訳ではない。そんな中で賭けに出なければならない程、余裕がない訳でもない。
マサトを早急に捕まえなければならないことに変わりはないが、人国軍の動きが見えない中で動くリスクというものを、彼は懸念していた。
(……まだ、ね。事を急げば、それこそ何時ぞやの魔狼みたく、自爆する羽目になりかねないし……せっかく状況がよく見える席に来たんだもの。もう少しだけ、待ってあげましょうか)
そう心の中で決めたバフォメットは、落ち込むシマオを促してご飯を食べにリビングへと向かった。
たどり着いた食卓には、居酒屋を経営している料理上手な親子の合作である夕飯が、テーブル上に所狭しと並んでいる。
魔国での料理とはまた趣の異なる料理の数々を、彼は内心で楽しみにしていた。
(いざとなればヴァーロックちゃんも使えるし……うふふ。今後、どうなっちゃうのかしら。みんな色々と考えてるみたいだけど……)
美味しいおかずに舌鼓を打ちながら、バフォメットは内心で笑っていた。この先の見えない状況が、楽しいと言わんばかり。
(……できればみんな仲良く、ワタシの都合で踊ってちょ、う、だ、い、ね……)
魔皇四帝という魔族の重鎮が座っているなんて誰もが思いもしないまま、用意された夕飯はその数を減らしていった。
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