第99話 彼女を探して出会ったのは
私、マサトはため息をついていました。それもそのはず。オトハさんがいなくなって、今日で一週間が経ったからです。
ずっと一緒に居てください、なんて言っていた彼女を、もう一週間も見ていません。
お昼休みになり、皆さんと昼食を取る時間なのですが、今日も今日とて、全然食が進みません。
「……は~ぁ……」
「……どこ行っちまんたんだろうなぁ、嬢ちゃん……」
「……わたくしが、もっと引き止めていれば……」
「……まだボク達で探せるところはあると思うけど……ホントにオトちゃん、どこに……?」
「…………もー! なんでワイらが探しに行ったらアカンのやッ!?」
やがて我慢できなくなったのか、シマオが声を上げました。
「友達が誰にもなんも言わんといなくなったんやで!? 心配せん訳ないやろうが! 少しくらい学校サボって探しに行ったって、そんなん……」
「やめとけってチンチクリン。また鬼面にドヤされっぞ……」
シマオの言うことも最もなのですが、兄貴の言うことも最もなのです。オトハさんがいなくなってすぐ、私たちは学校を放り出してでも探しに行こうとしました。
しかし、鬼面ことグッドマン先生に見つかり、それを突っ切ろうとした時にはこっぴどく説教を喰らいました。
「お前達の学生の本分はなんだ!? 勉強だろうが! 心配なのは解るが、既に警察も動いている! 捜索のプロが自分の仕事を果たしているんだから、お前達も自分の本分をこなさんか! それをこなした上で探すなら俺も文句は言わん! 要はやることをやってからやれッ!」
言わんとしていることは理性が解ってのですが、それでも本能の方は納得していませんでした。私たち士官学校の学生の本分は、将来国を護る軍人として働くための勉強。
人探しのプロが動いてくれている中で、私たちのような素人が動いて何になるのか。学校をサボってまで動いて、何か成果が得られるのか。
解ってはいます。解っては、いるんです。それでも、それでも、動かずにはいられないんです。
「……マサト。アイリスさんも、まだ意識が戻ってないんだよね……?」
「……はい」
小声でウルさんが耳打ちしてきました。彼女の言う通り、オトハさんがいなくなっただけではなく、身辺警護をしていたアイリスさんも意識不明の重体で倒れています。一週間経った今でも、目を覚ましていません。
オーメンさんの話では、呪いが込められた矢で射抜かれたのだとか。愛する妻の側にいたいオーメンさんですが、私の身辺警護があるとして側にいることもできず、歯がゆい思いをされているみたいです。
(それに、もしこれが魔族によるものだとしたら……次は……)
そうです。もしこれが魔族の仕業であれば、オトハさんが狙われた次は私である可能性も考えられます。
彼女の身柄を預かった、返して欲しければ、というやつです。そうなると、なおさらオーメンさんは私の側を離れる訳にはいきません。
その仮定が正しければ、私の身もいよいよ危ういものとはなるのですが、一週間も経って何の連絡もないということで、私はその考えを疑問視しています。
「……わたくしが、もっとしっかりしていれば……」
「……それはもうしゃーねーって」
「でも野蛮人! わたくしの嫌な予感は酷かったのに……オトハを、引き止めていれば、もしかしたら……お父様の時にも、散々後悔したのに、わたくしは、また……」
オトハさんがいなくなってからマギーさんはずっとこの調子です。彼女お得意の勘で、夜に水を買いに部屋を出ようとしたオトハさんを、彼女は引き止めました。
嫌な予感がするから、ここに居て欲しいと。しかし、ただ水を買ってすぐに戻ってくるから大丈夫だよ、とオトハさんは魔導手話で言い残して部屋を去り、そのまま帰ってこなかったとのことです。
尊敬していた父親を亡くした時のような嫌な予感がしていたのに、また止めることができなかったと、彼女は悔いています。
「……だからって、出来なかったことをグチグチ言っててもしゃーねーだろ? 次の休みの時にまた探して、嬢ちゃん見つけりゃ全部チャラだよ」
「……そ~だね、エド君の言う通りだよ。次の休みの日に、みんなでまた探そう? ね、マギーちゃん?」
「そう、です、けども……わたくし……」
「次の休みはワイもこっちにおる予定やから、もちろん手伝うで。この前探したとこ以外ってなると……」
そうして次の休みの日の予定を決めてご飯を食べ、お昼休みを終えた私たちは授業へと戻りました。
しかし、やはりオトハさんのことが気になって、内容が全然頭に入ってきません。
一週間前にオトハさんがいなくなった時に、私はウルさんを連れて真っ先にオーメンさん、ゲールノートさん、そしてノルシュタインさんに連絡を取りました。
そこで聞かされたのが、オトハさんを警護していたアイリスさんの負傷です。
オトハさんの失踪とアイリスさんの負傷。これに関連性がない訳がありません。しかし話を聞こうにも、アイリスさんが意識不明で話すことができない。
彼女が戦闘したと思われる場所の実況見分は行われたらしいのですが、詳細は教えてもらえませんでした。
「心配するマサト殿には申し訳ありませんが、今はマサト殿にも下手に動いて頂きたくないのであります! これが魔族によるものの場合、次に狙われるのはマサト殿なのであります!
マサト殿に危害が及ぶのは、オトハ殿も願ってなどいない筈であります! 捜索は私達でも行いますので、どうか! 今だけは! 大人しくしていて頂きたいのであります!」
詳細をごねた私に、ノルシュタインさんはいつもの快活な声でそう拒否されました。
彼の心配は最もなのですが、先ほども言った通り一週間経っても私に何の影響もない今、その心配の線は薄いと思っています。
また次に会った時にでも、教えてもらえないかと頼んでみましょう。
そうしてボーッと授業を受けていたらいつの間にか週末になり、学校も休みになったので私たちは集合し、広いテステラの街を探すことになりました。
それぞれ行く場所を決めて、再集合の時間を決めます。今回は人探しということで、全員バラバラで探しに行きます。
「皆さん。ハッシンの実は持ってますこと?」
「大丈夫だよマギーちゃん。感知石もちゃんと持ったさ」
マギーさんが取り出したのは、元の世界でいうクルミのような形をした実です。この実は熟れきった後のものなのですが、この実の殻を割ると中から実の独特な魔力が外に漏れます。その魔力を、ウルさんが持っている感知石で感知することができます。
つまり、このハッシンの実と感知石をセットで持つことによって、自分がここに居るぞと知らせることができるのです。
要は、オトハさんを見つけたら集まりたいから、これを使って知らせよう、となりました。
ちなみに感知石は魔力を込めると使用できるのですが、どの実でも関係なく感知するために、他に使っている人がいたらその人の分までも感知してしまうのだとか。
元の世界のスマートフォンみたいなものがないのが、こんなに不便だとは思いませんでした。
「……では、また後ほど」
「おー。ぜってー嬢ちゃん見つけてやろーぜ」
「何か手がかりが見つかったら、すぐに教えてくださいまし!」
「と言っても、みんな無理しないようにね。ボク達が倒れたら元の子もないよ」
「んじゃ、ワイはこっちや! また後でなー!」
皆さんが別々の方向へと歩き出し、それぞれ決めた地域を探し始めました。
とは言っても、漠然と歩いて回るだけでは見つけられる気がしないので、ここに来る前に皆さんで集まってポスターを作りました。オトハさんの写し絵が入ったもので、色んな人に配って情報を集めます。
「よろしくお願いします」
通る人通る人にポスターを渡し、オトハさんを見たことないかと聞いて回りますが、有力な情報は得られません。
彼女はエルフなので人国内では目立つかとも思ったのですが、違うエルフを見たことあるというお話がほとんどで、彼女に繋がるような話は一向に聞こえてきません。
それでも諦めるものか、と私があくせくポスターを配っていたら、いつの間にかお昼になるくらいの時間になっていました。
しまった、午前中をかけたのに成果ゼロです。このままではいけません。そう思って気合を入れ直そうとした時、不意に声をかけられました。
「……そこのお坊ちゃん」
一瞬、自分のことだと解らずに無視してしまいそうになりましたが、もしかして私の事かなと声のした方向に顔を向けて見ると、そこにはスキンヘッドの中年男性が立っていました。
姿勢よく真っ直ぐ立っている彼は軍服を着ていて、一目で軍の方なのだということが解りました。軍の方が、一体何の用でしょうか。
「は、はい……?」
「探し人ですかな? その様子だと結構な時間、配っていたのでしょう。いやぁ、感心感心。最近は、こういう活動的な子をなかなか見ませんからねぇ」
「は、はあ……」
「時に、お坊ちゃん」
朗らかに笑っているこのおじさんですが、次に聞いた言葉に私はびっくりしてしまいました。
「ポスターを配るのは構いませんが、ちゃんと警察か軍の方に許可は取っていますか? 持っていれば、許可証を見せてください。もしとは思いますが、無許可でポスターを配っているのなら、それは道路交通法違反ですよ」
「え…………ええええッ!?」
一呼吸置いて私の頭に入ってきたその言葉は、予想もしていないものでした。ぽ、ポスター配りって、許可が要るんですか? 無許可は法律違反って、そんな……。
「……その様子だと、知らなかったみたいですな」
「す、すみませんでしたッ!」
私はすぐに頭を下げました。しまった、そんな決まり事があったなんて。オトハさんを見つけたい一心で突っ走ってきましたが、こうした行為に許可が必要という点については全く知りませんでした。
やってしまった、という気持ちが溢れてきて、それは次第に焦りへと変わっていきます。
「私、本当に知らなくて……友達がいなくなってしまって、私、必死で……許可が必要だったなんて全然……でも心配で……えっと……」
完全にパニックになってしまい、自分でも何を言っているのかが解りません。どうしましょう。これって事情聴取とかされたりするんでしょうか。
「……そうですなぁ。とりあえず、話を聞きましょうか。ついて来なさい。逃げたりしてはいけませんよ」
「……はい」
あっ、やっぱり連行されるんですね、はい。ええ、逃げたりなんてしません。悪いのは私ですからね、間違いなく。
これはひょっとして、他に場所にいる兄貴達についても、お話しなければいけないのでしょうか。
どうしましょう。素直に話したら、全員で揃って逮捕とかになるんでしょうか。でも、かと言って誤魔化す訳にもいきませんし。
頭の中でとめどない考えがグルグル回っている私は、結局は言われるがままに、このスキンヘッドの軍人さんの後についていくことになりました。
「……そう言えば坊っちゃん。もうお昼の時間ですが、お腹はすいていませんか?」
「……はい?」
歩きながら、おじさんはそう言いました。
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