第74話 お金を稼がなきゃ


「……で、だ。俺ら三人とも金が必要だってことは痛い程解った。問題は、どうやって金を作るか、だ」


「仮に今のワイらの持ち金を全部使うとしても、一人分の金額にもならへん。せやから、他からお金を用意しにゃならんっちゅーこっちゃ」


「今一つ考えられるのは、マギーさんやイルマさんに全部話して立て替えてもらい、後で返済する方法ですが……」


 一通り状況の整理が終わった後、私たちは改めてこうなってしまった現実をどうやり過ごすのかを相談していました。


 確認したところ、期限は約一週間後の夜。つまり、あと七日以内にお金を見繕う必要があります。


 なお、私たちは八日目に帰る予定なので、このバカンスの間に決着を着けなければなりません。嘆いていてもこの今は変わらない。ならば、一歩でも進めるように知恵を絞るしかない訳なのですが。


「……兄弟。お前にナンパに失敗して金を要求されたとか、パツキンとメイドのねーちゃんに言える度胸はあるか?」


「……無理です」


「せやろなぁ……」


 とりあえずの提案。マギーさん達に全部ゲロってお願いするは、満場一致で却下となりました。ええ、流石に情けなさ過ぎます。


 こんな状況になってしまってプライドもへったくれもないとは思いますが、少なくともいきなりその案に飛びつく程、落ちぶれてはいないつもりです。


 もう少し頭を振り絞って、考えて考えて考えて考えて……本当に最後の最後、どうにもならなくなった時には、その手段を取るかもしれませんが、今はまだその時ではないと、そういうことです。


「そうなると、俺らだけで何とかしなくちゃならない訳だが……」


「……この辺って、短期のバイトとか、そういうのはないんか?」


 そこでシマオが出した提案がアルバイトでした。そうです。お金がないなら稼ぐしかありません。そうなると、働くというのが一つ候補に入ってきます。


 私たちも長い間ここにいる訳ではないので、シマオの言う通り短期や、それこそ日雇いのアルバイトとかが候補になりますかね。


「そうですね。まずはそこから当たってみましょうか」


「そーだな。この際、稼げりゃなんでもいいしな」


「よっしゃ。まずは手分けして、この辺のバイト探しや」


 一つ光明が見えた私たちは、手分けして求人情報を探すことにしました。


 それぞれが自らの足を使って探し回り、海の家や繁華街を中心に、短期や日雇いのアルバイトの募集がないかを見て周ります。


「……夏祭り?」


 そんな中、情報収集のために繁華街にやって来た私の目に止まったのは、一週間後に夏祭りの開催を示すポスターでした。


 この地域ではこの時期に夏祭りを開催しており、夏祭り用のステージの設営等の日雇いアルバイトがあるみたいです。日当は、なかなか良さげな金額が書いてありました。


「……しかし、これだけでは足りませんね。これをやるとしても他にも何か……」


「あれ? マサトじゃん」


 不意に声をかけられた私がビクッとして振り返ると、そこには半袖短パンサンダル姿で麦わら帽子を被っているウルさんがいました。


 手に紙袋を持っているので、おそらく買い物の途中に偶然私を見つけたのだと思います。しまった、繁華街は彼女たちも来ていたんだった。


「ど、どうもウルさん……」


「何してるのさ、こんな所で。今日は男三人で海ではしゃぎ回るぞ~、とか言ってなかったっけ?」


「ま、まあそうなのですが……」


 海で遊ぶと言っておきながら、一人で繁華街をウロウロしている私。ウルさんからしたらどうしたと聞きたくなるのも仕方ないでしょう。さて、何て言いましょうか。


「えーっとですね……なんか来週くらいにお祭りがあるという話を聞いたので、それを確かめに……」


「へ~! お祭りなんてあるんだ!」


 とりあえず、無難な言い訳っぽい何かを言ってみたら、いい感じに食いついていただきました。私自身が先ほどまで見ていたポスターを指差して、ウルさんの意識をお祭りの方へと向けます。


 私がここにいる理由なんて些細なことですとも、ええ。ただちょっと女の子をナンパしたら詐欺にあって、色気に負けて契約してしまい解約金を用意しなければならなくなっただけで……改めて考えてみても、こんなこと絶対に言えません。


 だって、カッコ悪いじゃ済まないですもの。


「面白そうじゃない。そうだ! マサト、このお祭り一緒に行こうよ」


「へ?」


 しめしめ、これでこの場は切り抜けられると思っていたら、ウルさんからまさかの提案が。え、お祭りに一緒に行く? 誰が誰と? まさかユーとミー?


「この日までに課題終わらせてさ、お祭り一緒に見て回ろうよ。射的とか色々あるみたいだし、きっと楽しいよ」


「え、え、えーっとです、ね……」


 これ、承諾して大丈夫でしょうか。当日まではアルバイトも入れられそうですが、ぶっちゃけこの日までにお金用意しろと言われたリミットがお祭りの当日の夜なんですが、これ本当に大丈夫なんでしょうか。


 いや、ここは断るべきです。そう本能が告げています。お金が用意できるかの見通しも立っていませんし、そもそも当日に何があるか解りません。


 ここは時間的余裕を持っておくが無難です。そうですよね、うん。


「い、いえその、その日はちょっと……」


「えっ? なんでなんで? マサト、なんか用事でもあったっけ?」


「べ、別に用事がある訳では、ないのですが……」


「じゃあいいじゃん。行こうよ行こうよ~」


「え、えーっと、あのですね……」


 どうしましょう。用事がないって言ってしまったので、なんて言い訳をすれば。とりあえず、素直に全部告白するのはなし。


 とすると、今のところ用事はないんですが、用事が入りそうって話をして何とか……いやでも、その場合はなんで用事が入りそうなのかって話になりそうですし、その入りそうな用事について聞かれた場合になんて答えたらいいか……。


「……それとも。ボクと行くの、嫌なのかい?」


 頭の中でグルグルと言い訳を考えていたら想像以上にどもっていたみたいで、なかなか返事をしない私の様子を見たウルさんが、唐突にそう口にしました。


 あっ、なんか不味そう。


「……やっぱり、駄目、だよね。ボクは所詮、半人だし。この前のことも、あるし……あんまりみんなが良くしてくれるから、ボク、調子に乗っちゃってた、かな……?」


 不味そうじゃなくて不味い。なんか勘違いしたウルさんが鬱モードに入っています。


 ち、違います、そういうつもりではありません。私の態度で勘違いさせてしまったのであれば、それは私の落ち度。急いで否定しなければ。


「そ、そんなことありませんよ! この前のことだって、別に気にしてませんからッ!」


「……でも。マサト、ボクとお祭り行くの、嫌だって……」


「嫌だなんて言ってませんからッ!」


「……じゃあ、さ」


 すると、ウルさんが不意に私に近づいてきたかと思うと、私の身体に寄りかかって上目遣いでこちらを見ながら、こう言い出しま……あっ、胸の柔らかいものがいい感じに押し付けられてるウヒョー。




「……こんなボクでも、お祭り、一緒に行ってくれるかい……?」


「もちろんです」


「決まりだね」




 私の言葉を聞くや否や、ウルさんはササッと身を離していきました……しまった、嵌められたッ!? 胸の心地よい感触に思わずオーケーをしてしまいました。


 クソッ、またですか、私は一体どれだけ女性の色気に弱いんだッ!?


「お祭りなんてボクの住んでた地域には無かったからさ。マサトと回れるなんて、ホントに楽しみだよ。いや~、早くお祭りにならないかな~」


「あッ!? えっと、その、これは……」


 慌てた私の様子を見て、ウルさんがニヤーっと笑いかけてきます。


「何だいマサト? まさか一度オーケーした約束、やっぱナシとか言い出さないよね~?」


「そ、それは、その……そうです、が……」


「うんうん。約束だよ~。それと、どうせお祭りのことはみんなにも知られるだろうからさ、みんなで行こ~ってなると思うんだ。だから、適当な理由つけて途中で抜けて、二人で回る形にしよう」


 当日の段取りもスイスイ決めていくウルさんの言葉を聞きながら、私は不安に押しつぶされそうな気分を存分に味わっていました。


 ただでさえ時間がないというのに、ウルさんと遊びに行く約束なんかしてて本当に大丈夫なんだろうか。万が一お金を用意できなかったら、私はどうなってしまうのだろうか。


 様々な不安要素が湧き上がる私に向かって話し終えたウルさんは「そろそろみんなの所に戻らなきゃ」と言って、さっさと行こうとします。


「あっ、そうそう。ボクと二人きりでお祭りを回ること……みんなには内緒だよ」


 途中で振り返ったウルさんが、人差し指を唇に当てながらそう言います。さながら、あの日の夕方と同じように。


 当時の私は、彼女のそんな姿にドキっとしたものですが、今の私は不安感満載で心臓がバクバクしています。とてもそんな余裕はありません。


 何とか手を振ってお別れできましたが、顔はとても引きつっていたことでしょう。


 彼女の姿が見えなくなった後、私はその場で膝から崩れ落ちました。やべぇよ、約束しちゃいましたよ。


「…………ど、どうしましょう……?」


 どうしましょうと言っても、今さらウルさんとの約束を破る訳にはいきません。こうなってしまったら致し方なしタカシ。


 彼女との約束も含めて何とかする方向で考えましょう。もしかしたら、兄貴やシマオがいいアイデアを持ってきてくれるかもしれませんしね。


 希望を捨ててはいけない。そしてタカシ、どっから出てきた。帰りなさい、有るべき場所へ。ゴーホーム。


 そんな淡い期待を抱きながら、私は再び兄貴達と集合しました。


「どうだった兄弟にチンチクリン。俺の方はとりあえず、短期のアルバイトを見っけた。海沿いでやってる漁師のおっさんらの手伝いだ」


 まず口火を切ったのは兄貴でした。


 話によると、どうも海沿いで仕事をしていた漁師さん達に短期で働けるところはないかと尋ねたところ、ならウチの仕事でも手伝ってみるか、という話になったそうです。


 急にお金が必要になってしまった話をしたところ、漁師のおじさん達が同情してくれたのだとか。三人いることも承知済みで、お金は終わった後に現金でくれるみたいです。


「期間は明日から五日。一日辺りのバイト代はこれくらいだってよ。これが五日間で三人分となると……」


「おお、何とか一人分の返済額とちょっとくらいにはなりそうやんか!」


「ただし、三人分のバイト代を全部使い切る形にはなりますね」


 兄貴の話はなかなか嬉しいものでした。何とか一人分は返せる見通しが立ったのです。これは大きな進歩ですよ。


「ありがとうございます、流石は兄貴ですね。是非お願いしたいと、伝えてもらえますか?」


「おうよ、任せとけって。でもこれだけじゃ、三人全員って訳にはいかねーんだよなぁ。兄弟の方はどうだった?」


「いえ、その。私が見つけたのは、一週間後にある夏祭りの事前設営の日雇いアルバイトくらいでした。日当は兄貴の話よりも良いのですが、何分お祭り前日の一日しかやらないみたいで……」


 兄貴の話がかなり魅力的だったので、私は若干気が引ける形とはなりましたが、とりあえずの成果は報告しました。


「うーん……まあ、やらんよりはマシな気ぃするな。一応それも申し込んでおいてええんちゃう?」


「そーだな。やらねーよりは全然マシだ。それだけでも三人分集めりゃ、足しにはなりそうだしな。そっちの申込みは頼むぜ、兄弟」


「わかりました」


 結果、この日雇いもやることになりました。まあ、確かに。何もしないでいるよりも、少しでもお金が得られるのであれば四の五の言っていられません。


「んで、チンチクリンはどうたったのよ?」


「おおワイのターンか、聞いて驚け見て驚け!」


 兄貴に話を振られたシマオが取り出したのは、一枚の紙でした。どれどれと覗き込んでみると、そこに書いてあったのは夏祭り当日の出店を集う内容でした。

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