第73話 ナンパの代償


 そして一時間後。


「「「どうしてこうなった…………」」」


 元の集合場所に戻ってきた私たちは、揃って頭を抱えていました。


 いえその、単純に上手くいかなかったとか、手ひどくあしらわれたとかならまだマシだったんです。


 それが実は、ひどく拗れた話になってしまいまして……と言うか、どうしたんでしょうか。私だけではなく、兄貴もシマオも頭を抱えていますが。


「……何か、あったんですか?」


「……そーゆーお前もなんかありそうだな、兄弟」


「なんでこないなことになるんやーッ!!!」


 一体全体どうしたのでしょうか。私は私で結構な話に巻き込まれてしまったのですが、まさかお二人も。


「とりあえず、私は、ですね。その……詐欺に巻き込まれまして」


「はあ?」


 私は二人に順序立てて経緯を話しました。


 まず私の目標相手だった、海の家でお話していた二人の女性。どうもこの二人は知り合いではなく初対面だったらしく、私の目当てだったお乳の女性は私が声をかけた時にいきなりこう言い出しました。


「あっ! ごめーん、お母さんが呼んでるんだね? わざわざ呼びに来てくれてありがとう! 続きのお話はこの子が聞くから、ね!」


 私が首を傾げるや否や、その女性はさっさといなくなってしまいました。


 訳も分からぬまま目的の女性がいなくなりましたが、とりあえずもう片方の女性じゃあみたいな感じで勧めるので私は座り、ドリンクを奢ってもらいつつお話を聞くことになりました。


 そうして場が整い、目の前の女性が口にした一言目がこれでした。


「簡単に儲けられるお話があるんだけど、興味ないかしら?」


「    」


 その瞬間。私は全てを察してしまいました。しまった。ああ、これは、詐欺かもしくは何らかの商法か何かの勧誘だと。


「……そして危ない話だと思ってさっさと逃げようとしたのですが、先に逃げていった女性が既に契約してるとか何とかで、解約にはお金がかかると言われ、何故かそれを私が被る羽目に……」


「何してんだよ兄弟。さっさと逃げろよ……」


「そうやそうや! なんでそこでオーケーしてしもたんやッ!?」


「いえ、お二人の言うことも最もなのですが、手を握られて胸元に持っていかれ、上目遣いで、これでも駄目……? と言われたその瞬間に柔らかい感触が手に当たって思わずオーケーを……」


「兄弟が思った以上にハニートラップによえーのは解った」


 クソッ、どうしてこうなってしまったんでしょうか。


 と言うか、そう言えば以前のクラス対抗白兵戦でウルさんと勝負することになった時もこんな感じでオーケーしてしまったような気がします。


 自分のアホさ加減に、もう一度頭を抱えます。


「……それで解約金が必要になったんですが、それが今の手持ちでは到底足りなくて……後で何とかしてお返ししますので、お二人とも少し貸していただけませんか?」


「「…………」」


「あれ? 何で二人とも顔を背けているんですか?」


 私はまあ、自業自得な部分もありますが、すぐにはお金なんて用意できません。


 それこそ、マギーさんとかに頼めば出してくれそうな気もしますが、ナンパした相手が実は詐欺師で色気に負けてカモられたのでお金を貸してくださいとは、流石の私でも言えません。いくらなんでもカッコ悪過ぎます。


 だからこそ、事情をまだ話せるお二人にお願いしようと思ったのですが。


「い、いやー。俺もちょっと、金が必要でな。何ならオメーらに貸してもらいたいくれーなんだが……」


「わ、ワイも金がいるんやッ! つーか、ワイの手持ちあと家に帰る分くらいしかないから、これ出したらスッカラカンちゅーか、その、手持ちですら足りひんちゅーか……」


「……まずは話を聞きましょう」


 私が失敗した話をしたのに、二人はだんまりとかあんまりです。とりあえず上手くいかなかったのは解りましたから、後はその詳細です。


 ためらう彼らを何とかなだめて観念させると、まず兄貴から口を開きました。


「あー、その、だね。俺ぁ、あの海辺にいた金髪のねーちゃんに声をかけたんだが……どうも新妻だったみたいで、しかも夫と喧嘩しての傷心旅行中だったみてーでな。いきなり、夫がしたんだから私も一回くらい良いわよね!? とか言い出して……」


 ほう、ここまでの話だと羨まけしからんのですが。


「……そうやってまあ、あわよくばイケるかなーと思ったら、件の夫がやってきてな。俺そっちのけで口論になったと思ったら、急に夫の方が俺のこと見て不倫だ、慰謝料だとか言い始めて……」


 事情が変わりました。一気に不穏な空気に。


「……しかも新妻が癇癪を起こして逃げやがったせいで、夫と俺の二人だけになっちまって。夫は弁護士らしく、法定相場の示談金を用意しなきゃ裁判で訴えるとか言い出してな……知らねーよっつったら、向こうが急に舐めたこと言いやがるから俺もついカチンと来て、こう……俺も、金が、要るんだよ……」


 話し終えた兄貴は遠くの空を見ていました。


 なんと言うか、こう、兄貴が声をかけた時の間が悪かったと言いますか、私も人の事言えるほどの余裕はないのですが、おかわいそうに。


 そして兄貴は挑発に弱いんですね、うん。普段のやり取りを見ていてもよく解ります。


「……まー、俺の方はこんな感じなんだが。チンチクリンは何があったのよ?」


「聞いてくれやお二人さん~ッ!」


 そして今度は泣き始めたシマオ。彼は彼で、何があったのでしょうか。


「声かけた二人組のギャルのねーちゃん、なんとヤクザの女やったんや~ッ! 声かけて楽しく話してると思ったら、後ろから俺の女に手ェ出したアホはお前か? とかドスの効いた声で凄まれて……慰謝料払わなきゃ指持ってくとか言われてもうたんやッ!」


 こちらはストレートに声をかけてはいけない人に声をかけてピンチになっている模様。うん、凄くわかりやすいです。


 そして二人の話を聞いて、一つ、解ったことがあります。


「……お二人の事情もよく解りました。これは、つまり、」


「……ああ。俺も兄弟もチンチクリンも……」


「……金や。この状況を乗り切るために金が要るんや~ッ!!!」


 そうです。お金が、マネーがとてつもなく必要ということなのです。


 わずか一時間の間に、我々三人は払わなければならないお金ができてしまいました。しかも、持ち合わせのお小遣い程度では払えないような金額の。


 本当にどうしてこうなってしまったのでしょうか。ひと夏のアバンチュールを夢見た私たちの、一体何が悪かったのでしょうか。教えて神様仏様。

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