第72話 ナンパしてみよう


「ナンパしてみんか、兄さんにノッポ!」


 そう言い出したシマオに、砂浜で寝っ転がっていた私と兄貴は顔を見合わせました。


 ナンパ、と。シマオは今そう言いました。えーっと、ナンパと言えば、面識ない者に対して、公共の場で会話、遊びに誘う行為の名称であり、漢字で書くと軟派。


 ガールハントとかひっかけると言う言い方もある行為の総称で、要は初対面の女の子に声をかけて、遊びやそれ以上のムフフに誘おうと、そういうお誘いのことです。


「……急にどうしたんだよ、チンチクリン?」


「だーれがチンチクリンじゃ! 夏にビーチに水着の女の子と来れば、これはもうナンパしろって言ってるようなもんやろがッ!」


 ちなみに女性陣は海辺の繁華街にお買い物に行ってしまったため、今は野郎達三人で砂浜上でくつろいでいます。


 熱く照りつける太陽で午前中の課題疲れを癒そうと思っていた矢先にこの提案です。


「ええかッ? ワイらはオトハちゃんにウルさんにお姉さまにメイドさんと、女性には不自由しとらん。だが、結局は彼女らを見てるだけ。身近にいるからこそ手が出せんのや。それで満足しててええんか? せっかく海に来て、周りには自分達のことを知らん女の子がいっぱいおる。つまり、失敗しても私生活にもなんら影響はないっちゅー、絶好のチャンスやッ!」


「……なるほどなぁ」


「おおッ! 解ってくれるかノッポッ!」


 拳を握りしめて熱弁するシマオに、兄貴が色よい反応をします。仰向けに寝ていた身体を上半身だけ起こすと、手を後ろについて身体を支え、大きくあくびをします。


 確かに、言いたいことは解ります。ここは普段生活している土地ではないため、知り合いに見られる可能性は極めて低い。


 しかも夏の海は、人を開放感を与えます。ひと夏のアバンチュールという単語は、様々な書物(エロ本)でも確認してきました。


 つまりは私たちだけではなく、今から出会うであろう女の子達にも、こういった願望が無きにしもあらず、いや、あって然るべきということ。


「……しかし、そう上手くいくでしょうか」


 そうは言っても、です。それは上手くいくことを前提としたお話のこと。あっさりと断れてしまったり、最悪は口汚く罵られてしまったりするかもしれません。


 そんな悲しみを背負うくらいなら、大人しく砂浜でのんびりしてても良いとは思うのですが。


「そりゃあ、あっさり上手くいくことはねーだろ」


 私の心配に、兄貴があっけらかんと答えます。


「そうそう上手くいくんなら、誰も苦労しねーよ。せっかく海に来たんだ。成功すりゃあ儲けもん。失敗してもいい思い出、って感じでいいんじゃねーの?」


「……なるほど」


「それにや兄さん。成功した時のリターンは、あわよくば大人の階段レッツゴーやで?」


 兄貴とシマオの言葉に、私は頷きます。なるほど。失敗したらしたで、後での笑い話にもなりますか。


 何もしないで過ぎていくくらいなら、まだ傷跡が残らなさそうな時に遊んでおこうと、そういうことですね。しかもシマオの言う通り、成功した時の最高報酬は、脱チェリー。


 そこまで行くことはほとんどないかもしれませんが、しかしその可能性は少なからずあります。ならば、私の答えは。


「……やって、みましょうか」


「よっしゃ決まりやァ!」


 私の肯定と共に、三人で起き上がってビーチの散策を始めました。まずは下調べから。そもそも声をかける女性がいなかったら、お話にもなりませんしね。三人で適当にぶらついてみた結果……。


「……決めたか、兄さんにノッポ?」


「……オッケー。俺ぁ決めたぜ」


「……私もです」


「……よっしゃ。じゃあまずは相手の確認からや」


 一通りビーチを歩いてみて、私たちはそれぞれでナンパに行く相手を見繕いました。まずは相手が被っていないかの確認から。


「ワイはあそこのビーチパラソルに居るお姉さん二人組や! 上手くすりゃあ、二人と一緒にムフフな事に……ウヒョー!」


 シマオが指を刺したのは、ビーチパラソルの下で涼んでいる二人組の女性でした。


 パッと見、私たちよりも少し年上でギャルっぽい感じの、元の世界で言う大学生くらいの方々です。ああ、シマオはああいうのが好みなのですか、把握しました。しなくても人生に影響はないのでしょうか。


「そうかそうか。被ってなくて良かったぜ。俺ぁあそこにいる金髪のお姉さんにする」


 次に兄貴が言ったのが、少し離れたところで一人、水際に座っている女性でした。長い金髪で帽子を被ったまま、海にも入らずに一人で座っておられます。


 兄貴、やっぱり金髪が好きなんですね。しかしその彼女、少し沈んでいるように見えるのは気のせいでしょうか。


「私は……あの海の家でお話しているお二人のどちらかで」


 そして私は、海の家が作っているビーチパラソルのテーブルの下で何やらお話している女性二人組に声をかけてみることにしました。


「おし、三人ともダブることはなさそうやな!」


「そーだな。しっかし兄弟よ。あそこの海の家の女性ってこたぁ、オメーやっぱ……」


「な、なんですか兄貴、そのいやらしい顔はッ!?」


 兄貴がニヤァっと顔を歪めて笑いかけてきます。ま、まあ、その、お察しの通りですが。いや、その、お話している片方の女性の胸が、ね。こう、ね、綺麗な形をしていると言いますか。


「んー、解るでー兄さん。ワイもちょっと悩んだからな。あのボリューム満点のおっぱいに射抜かれたんやろ……?」


「う、うるさいですね! シマオこそ、ああいうギャルっぽいのが好きなんでしょう?」


「ああそうや! なんか文句あるんかッ!?」


「い、いえ、別にないですけど……」


 そこで逆ギレしてくるとは思いませんでした。


「兄貴も相変わらずですねー、そんなに金髪が好きなんですか?」


「ああ。なんかこう、股間にグッとくるものがある」


 女性が聞いたらちっとも嬉しくないであろうその一言に、私は吹き出してしまいます。しみじみと真顔で、そんなアホみたいなこと言わないでくださいよ。


「まあ、趣味全開のワイらやが……健全な男子たるもの、これくらい普通やろ」


「まあそうですねえ。私たちは至って普通の男子ですし」


「下半身には正直になった方が、人生楽しいかもしれねーしな」


 等というバカ丸出しの結論が出たところで、私はそれぞれの作戦を練ろうと提案しました。


 どうやって声をかけるのか、どんな話題を振っていくのか、その辺りの段取りを決めていこうと思ったのですが。


「なあに、ワイにはそんなもん要らへん! あの手のギャルなら、話しかけたら何の用かは解ってくれるやろ。後はワイの男らしさを見せつけていくだけやッ!」


 とかシマオが言い出したので、私もなんか真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきて、結局は出たとこ勝負をすることにしました。


 そうして策も何もないまま、男三人で腕を組んで気合いを入れます。


「ええか、ワイらは皆で成功するんや。もしワイが失敗してお前らだけが抜け駆けしようってんなら……激しい憎しみでお前らを殺す」


「恨みっこありかよ。まー、そこは俺ら次第ってことで。気楽にやってこーぜ」


「りょーかいです。とりあえず、終わったらまたここに集合で。全員で頑張りましょう。では……」


「「「やるぞッ! オーっ!!!」」」


 と三人で声を上げてテンションを高め、私たちはそれぞれの目標に向かって歩き出しました。


 目指すは大人の階段の頂上。さくらんぼな自分から一皮むけて、一人前の男子になれるように。


 胸の中に期待と欲望を膨らませながら、私たちはそれぞれ目標と定めた女性に声をかけました。

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