第75話 ワイらのお店
「……これは?」
「見ての通り、さっき兄さんも言ってた夏祭りでやる出店募集のチラシや!」
「……出店募集のチラシだと?」
シマオが意気揚々と提示したチラシを、私と兄貴が覗き込みます。彼の言う通り、そのチラシは一週間後の夏祭りで出店するお店、つまりは屋台を募集するものでした。
「これがなんだってんだよチンチクリン」
「勘が悪いな~ノッポ。これに出店して金を稼ごうって魂胆に決まってるやろ?」
「私たちで出店するってことですか?」
「せや!」
なるほど。お金がないからお店を出して、夏祭りで人が多い時を利用して稼ごうと、そういうつもりなのですね。話は解らなくもないのですが。
「……しかし、何のお店をやるんですか? そもそも食べ物にしろそれ以外にしろ、私たちにはお店のノウハウなんて何も……」
「チッチッチ。兄さん。ワイの実家が何をやってるか、教えてやろか?」
なんか得意げな顔のシマオを見て若干イラッとしましたが、今は背に腹は代えられない状況。湧いた感情をグッと飲み込んで話を聞いてみることにしました。
「そう! ワイの実家は何を隠そう居酒屋を経営しとるんやッ! ワイも何度も手伝いしたことあるし、何ならお祭りやらのイベントでの出店もやったことある。調理やその他ノウハウはワイの頭の中にバッチリやッ!」
ああ、そう言えば。浜辺でバーベキューしていた時になんかそれっぽいことを言っていた気がします。
「なーるほどなぁ。ただのチンチクリンって訳じゃなかったってことか」
「なんやただのチンチクリンって!? ワイのことなめとったら痛い目見るでッ!」
兄貴の言葉に食って掛かるシマオでしたが、しかしよくよく考えてみるとこれは嬉しい誤算です。
そう言えばシマオは、私たちのいる海の家に泊まる対価としてイルマさんのお手伝いをしていましたが、ご飯の用意なんかも手慣れていたような気がします。まさかのあれが伏線だったとは。
そして、ただアルバイトをするだけじゃ足りなかった現状で、お店を出すという選択肢はなかなか魅力的なもの。何せ売上次第では、私たち三人分のお金を用意することも夢じゃないということですから。
しかし、です。シマオの実家が居酒屋ということは、彼が想定している出店となると。
「となると、やるお店というのは……」
「もちろん居酒屋やッ! ただ、ワイらはまだ未成年やからな~。モノホンのお酒は用意できへん」
やっぱり居酒屋でしたか。しかしシマオの言うとおり、私たちはまだ未成年です。この世界でも未成年の飲酒は禁止という法律があり、それは元の世界と同じでした。
どんな世界だろうと、お酒は二十歳になってから、ということなのですね。しかし、です。そうなるとお店を出すことについて、懸念点がいくつかあります。
「しっかしよー。店出すのは良いんだが準備はどーすんだ? 店出すっつってもタダじゃできねーだろ? 売るための飯なり飲みもんなり、それこそテントとか機材も用意しなきゃならねー訳だし」
「それに万が一お店が出せたとして、お酒がない居酒屋というのは大丈夫なんでしょうか。普通の食べ物の屋台ならたくさん出るでしょうし、それこそ私たちなんかより美味しいものがあれば、ウチのお店に来る必要がなくなります。そうなると売上も出せないことに……」
「その辺のことも一応は考えとる。とりあえず、や。ワイの考え、聞くだけ聞いてみてくれへんか?」
兄貴と私の心配に、シマオは一応考えがあるとのことでした。お金を用意できる可能性がゼロではない以上、話を聞かない訳にはいきません。二人してこの小さなドワーフの言うことに耳を傾けてみました。
「まずはお店やけど、テントや机、椅子なんかのある程度のもんは運営から借りられる。これは店同士の場所取りが発生せんようにするためのもんやろな。
そんで、調理機材は今いる家のもんを借りるつもりや。持ち運びできるもんやったから、これはメイドさんに頭下げるつもりや。そして、お店はワイのノウハウが生きる居酒屋にしようと思うとる。
でもお酒は出せへん。出したら捕まるしな。せやから出すのはお酒じゃなくて酒モドキ。これしかあらへん」
「……なるほどなぁ」
「……酒モドキ?」
納得している兄貴の隣で、私は頭の上にハテナマークを浮かべます。酒モドキ、ですか。聞いた感じお酒みたいなもの、というイメージが湧くのですか、一体どういうものなのでしょうか。
「なんや兄さん、酒モドキ知らんのかいな? 酒モドキは文字通り、お酒みたいなもんや。ただし、アルコールは入っておらん。でも飲むとアルコールを呑んだみたいに酔った気分になれる、そーゆー飲みもんや。原料はなんかの植物やったけど、忘れてしもたな」
「ざっくり言っちまうと、未成年でも飲めるお酒みてーなもんって認識でいいぜ兄弟。軽く酔っぱらえはするが、別にこれはモノホンの酒みたいに法律で禁止されてるもんでもねーし。学校によっちゃ文化祭なんかでも振る舞われるもんだ」
聞いている感じなんか危なそうなのですが、それ大丈夫なんでしょうか。未成年でも飲める、アルコールじゃないけどアルコールみたいな飲み物。この世界にはまだまだ知らないものがたくさんありますね。
「しっかしよー。いくら酒モドキで勝負できるっつっても、売る分の数を用意しなきゃどーにもなんねーだろ? 俺らの今の手持ちじゃ、ちょこっとしか用意できねーし、それだけじゃ売れても足しにもなんねーぜ?」
「だから……ノッポのアルバイトで稼いだお金でお店を出すんや。三人でアルバイトしたお金でお店と装飾、そして売る為の酒モドキやおつまみの材料を買う。それを祭り当日に全部売り切る。お祭り価格で、ちょこっとだけ値段は釣り上げてな。全部は無理でも売上が一定ラインを超えれば、三人とも支払える金額が出るハズや。
つまり、ワイらで三人でそのお店に全賭けするんや。ノッポのバイトとかその他で間に合うんならそれで良かったんやけど、おそらくそれだけじゃ足りひん。なら、ここは全員が助かる可能性に賭けてみんか? ってことや」
つまりシマオの提案はこうです。今から一週間、私と兄貴が見つけた先でアルバイトをして資金を調達する。その資金を元にしてお店を開き、夏祭りで稼いで全員分の返済を行うと。こういうことですね、なるほど。
「……正直、今のところシマオの案くらいでしか、全員分はまかなえませんか」
「……そーだな。今から他のツテ探そうにも時間もねーだろーし、第一、俺の見つけた先でバイトしてたら他の仕事はできねーしな」
「そゆことや……出店、やってみんか?」
「……やりましょう」
「……やるっきゃねーな」
「……やるか! ワイらのお店ッ!」
私たちは三人で拳をコツンっと合わせて、出店を決意しました。
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