第61話 違う、そうじゃない


「……兄弟。何でそんな右乳首だけボンボンに腫れてんだ?」


「聞かないでください」


 あれから色々ありましたが、何とか目的の海の家までたどり着くことができました。


 着いて早々に海に行こうとなり、それぞれの部屋で着替え始めたはいいのですが、さっさと着替え終わった私と兄貴が先に砂浜にたどり着くと、真っ先に私の右乳首の心配をされました。


 ええ、大丈夫です。腫れ上がった右乳首からズキズキする痛みが絶えず神経を伝って脳へ来ていますが、まだいける、まだ。


 左右で大きさのバランスもおかしいんですが、これって寝たら治るんですかね。


 乳首って病院だと何科で診てもらえるのでしょうか。


「しっかしよー……楽しみだよな。なあ、兄弟?」


「ええ、兄貴」


 そして、そんな些細な事はさておき。私たちは肩を組んでゲッヘッヘと笑っていました。


 それもそのはず。ここは海です。そして、海で泳ぐためには、男性も女性も服が邪魔となってしまいます。水を吸ったら重くなってしまいますしね。


 つまり、この海で楽しむためには、男性であろうと女性であろうと、服を脱ぐ必要があります。


 しかし、真っ裸になるのは、いささか以上に抵抗があるもの。


 ヌーディストビーチとか言うパラダイスが世の中にはあるそうなのですが、生憎と、ここはそうではない場所。


 そうなると人に見せられないような最低限の急所を隠し、なおかつ泳ぐに支障がない服装にする必要があります。


 そんな条件を満たす服装といえば唯一つ。そう、水着というものです。


 長々と語ってしまいましたが、要するに何が言いたいのかと言いますと、


「「女子の水着姿が楽しみで仕方がない!!!」」


 ということです。健全な男子たるもの、この欲求に忠実でなくて何が男子か。


 前日の準備の段階から、兄貴コレクション水着セレクトで女子の水着の種類についてはある程度把握済み。


 あとは皆さんがどのように私たちの目の保養になってくださるのかが……。


『お待たせ』


「おーいっ!」


 すると、オトハさんとウルさんの声が聞こえてきました。私と兄貴は急いで声のする方に顔を向けます。


『ちょっと着替えに時間使っちゃった。待たせてごめんね』


「まあまあオトちゃん。男を待たせてこその女の子、ってこともあるし」


 彼女らが何か話していますが、私はお二人の姿を脳内のハードディスクドライブに保存する作業で忙しくて、あまり内容を聞いていません。


 オトハさんは緑色を基調としたフリルビキニというやつでしょうか。胸と腰の部分で別れたそれぞれにフリルリボンが付いていて、風を受けてヒラヒラと揺れています。


 可愛らしい、という印象がパッと浮かび、見ていてとても笑顔になれます。


 一方でウルさんは、耳と尻尾に合わせた白色のワンショルダービキニです。


 これは片方の肩のみ露出した形で、胸元は布を巻いたようなデザインになっていて、オトハさんよりも盛り上がり、形のよいバストが強調されてセクシーさを感じます。褐色肌にも映えており、これは良いものだ。


「……兄弟。ここが……」


「……そうですね、兄貴」


「「ここが楽園エデンです(だ)ッ!!!」」


『二人は何を言ってるのかな?』


「解っても何も得しないと思うから放っておこうよ」


 何やら聞こえた気がしますがおそらく気のせいでしょう。お二人でこの破壊力です。


 夏という季節の魔力には恐れ入ります。いや、この世界で言うのなら夏のマナの仕業でしょうか。


「お待たせしたでございますで」


「あり? メイドのねーちゃんは泳がねーのか?」


 少しして、イルマさんが現れました。


 しかし兄貴が首を傾げる通り、水着ではなくいつものメイド服のままです。せっかく海に来たというのに、泳がないつもりなのでしょうか。


 と言うか、走っている竜車から落ちてよく無事でしたねこの人。


 寝泊まりする別荘に到着した時に「お待ちしておりました」と目的地で出迎えられた時は、びっくり仰天したものです。


「はいでございます。ワタシは皆さまの保護者として、お嬢様やその他の皆さまの水着を視姦……失礼、引率させていただくのが使命でございます。

 つまり、ワタシが皆さまと一緒になって遊び、万が一にも保護観察を怠ることはできないのでござます。

 ワタシが皆さまの休憩所をご用意いたしますので、どうかお気になさらず。

 そして皆さま。先ほど現地の方に聞いたのですが、この辺りは海風が強く、たまに突風も吹くらしいのでございます。くれぐれもお気をつけを」


「りょーかい。つーか、んな堅苦しく考えなくてもいーと思うがねー」


「エドワル様。お気遣いありがとうございます。それでは代わりと言ってはなんですが、一つお願いが。

 今のワタシはあなた達の保護者。つまりはお母さんです。一度、こういったプレイをしてみたいと常々考えておりました。

 母乳は出ませんが、どうぞお気軽にワタシの事を"ママ"とお呼びくださいますよう……」


「あー! あー! マジ感謝だぜメイドのねーちゃんよぉ!」


 どうやらイルマさんは私たちの引率ということで、遊びには参加しないみたいです。


 しかしもてなしの用意は怠らないのか、既にパラソルを開いてシートを敷き、飲み物や食べ物の用意を始めています。


 テキパキとこなす仕事振りはともかく、思考回路は相変わらずのピンク色でしたが。


 いや、思考回路ピンク色で片付けていいのでしょうか、この人は。


『わたしも手伝います』


「ありがとうございますオトハ様」


「この飲み物はこっちだねー」


 オトハさんとウルさんの女性陣は早くも手伝い始めています。


 私も何か手伝おうかと声をかけようとしたその時。


「お待たせいたしましたわ!!!」


 威勢の良い声が聞こえてきました。この声、間違いなくマギーさんです。


 彼女こそ、今回の本命。普段は学生服の上からですらその質量を隠しきれない豊満なおっぱいが、スカートから垣間見える太ももが、この海の地で布から解放されるのです。


 これが楽しみでなくて何が楽しみなのでしょう。この健全な欲望。解らない男子がいるのでしょうか。


 否、そんな男子は断じていない。


 私と兄貴は期待に胸を膨らませながら、一斉に声のした方を振り返って、その美しい肢体を目に入れようと……。


「さあ! さっそく潜りますわよ! 海中の美しい景色が、わたくしを待っていますわー!」


「「…………」」


 してマギーさんの姿を見た私と兄貴は言葉を失いました。


 そこには潜水道具一式を身に着けて、露出のろの字もない姿で完全武装しているマギーさんがいたからです。


 見えている肌色は、なんと顔のみ。それ以外はパっと見ですと、元の世界で言う宇宙飛行士みたいな、様々な機材が付いたガッチガチの潜水服だけで、もはや普段見えていた体型すら解りません。


「……お嬢様。おっしゃってございました特別な水着一式とはまさか……」


「もちろんこれのことですわッ!!!」


 イルマさんが恐る恐る聞いていますが、まさか彼女がこんなものを用意していたとは。


 というか、これだけ武装するなんて一体どこまで潜るつもりなのでしょうか。


 この辺の浅瀬を潜って楽しむくらいなら、こんな深海探査をするような潜水服なんて要らないと思うのですが。


「一切の水を通さない、軍の作戦でも使われた実績のある潜水服でしてよ! 貯蔵空気の量も段違いで、かなりの時間海中に潜っていられますわ! これで、この海の主はわたくしに決まりですわッ!」






「「「そうじゃねぇだろーがよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」






 私と兄貴とイルマさんは三人揃って雄叫びを上げながら膝から崩れ落ちました。


 酷い。酷すぎる。こんな仕打ちがあっていいのでしょうか。


 純粋な。真っ当に純粋な期待がここまで裏切られるなんて。この世はなんて残酷なのでしょうか。


「えっ? えっ? 皆さん、いかがいたしまして?」


 何故周りがこんな反応をしているのか、と首を傾げているマギーさんの近くで、兄貴とイルマさんが嘆いています。


「期待してたのはそうじゃねーんだよッ! もっとこう……あったよなぁ!?」


「解りますわエドワル様! ワタシも今、楽しみが悲しみに変わってしまい胸が張り裂けそうでございます!

 是非その悲しみを、このママと一緒に下半身で慰めようでは……」


「さり気なくこっちに寄ってくんなってかオメーは俺のお袋じゃねーッ!!!」


 私もこの悲しみを共有しようと二人の元に向かおうとしたら、ガシッと両肩を何者かに掴まれました。


 何でしょうか。私は今、傷心中だと言うのに。


『マサト。お話があるの』


「ボクもちょーっと聞きたいことがあるなぁ」


「    」


 振り返った私の視界に飛び込んできたのは、いい笑顔をしたオトハさんと真顔のウルさんでした。


 それを見た私の口が何故か空いたまま塞がりません。


 笑顔と真顔の癖に何故かお二人が怒っているようなのですが、一体何が原因なのでしょう。


 そして何故私は怒られているのでしょう。よく解りませんが、私自身に身の危険が迫っていることは第六感が告げています。


「待ってくださいお二方。青々とした空に青々とした海。ここに赤黒い血溜まりを作っては景観が台無しになってしまうのでは……」


『大丈夫だよ。痛くするから』


 オトハさん。大丈夫の次の言葉が大丈夫じゃないんですがそれは。


「知ってるマサト? 臨死体験って、結構珍しいんだってさ……ね?」


 ウルさん、何故今そんな話を。ね、って何、ねって?


「さあ、エドワル様。ママに全てを委ねて……」


「こっち来んな変態メイド! 俺ぁ初めてはパツキン巨乳って心に決めてんだよッ!」


「ママはそんなことを言う子に育てた覚えはございません!」


「オメーに育てられた覚えもねーっつってんだろうがよォォォッ!!!」


『マサト。どうして逃げるの? わたしの何が駄目なの? ねえ? ねえってばッ!』


「おやおやマサトったら。ボクから逃げられると思ってるのかい? ……フフフ。相変わらず可愛いね」


「お願いですから! 笑顔と真顔で追いかけてくるのはやめてくださいッ! 軽くホラーですからァッ!!!」


 イルマさんに変なプレイを強要されて逃げ惑う兄貴と、笑顔のオトハさんと真顔のウルさんに追いかけられて逃げ惑う私。


 おお神よ、女の子の水着が楽しみだっただけの私たちに、何故このような苦痛をお与えになるのですか。


「……い、一体全体、何がどうなっておりますの……?」


 走り回る私たちを見ながら、重装備のマギーさんは一人呆然と、そう呟いていました。

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