第60話 みんなで遊びに


「皆さま。もうすぐ着くのでございます」


 私が竜車の荷台で寝ていたら、運転席からイルマさんの声がして目を開けました。


 上半身だけを起こすと、周りには私と同じ様に寝ていた兄貴ことエドワルさんと、女子トークに花を咲かせているオトハさんとマギーさん、そしてウルさんがいます。


「あら、思ったよりも早かったですわね」


「そりゃこれだけ話してたら、時間も経つさ」


 外を見ながら、マギーさんとウルさんが口を開きます。竜車から見える外には、快晴の空に負けないくらい青々と輝く海が広がっていました。


 今、私たちはイルマさんの運転で、海の方へと向かっています。


 何故なら今日からしばらくの間、海が見える家でみんなでお泊り会だからです。


 以前学校にて、魔族であるイーリョウさんが自爆した事件を受けて、学校は軍の調査対象になり閉鎖されました。


 そのため学校としては、授業が行えないこの期間を受けて、夏休みを早めにずらすことで帳尻を合わせることになりました。


 その為、私が事件での怪我を治して退院した時には、例年よりも少し早い夏休みが始まったのです。


 まあその分、課題はエゲツない量が出ていますが。


 そして私の快気祝いとしてマギーさんが言い出したのが、このお泊り会です。


「わたくしの知り合いに海が見える別荘を持っている方がいらっしゃいますわ! せっかくマサトも退院しましたし、夏休みが早まった今……これはもう行くしかありませんわ!」


 退院したその日にマギーさんからそう言われて、目を丸くしたものです。他の皆さんは前々から知ってたみたいですが、言われた次の日にはもう出発という私一人だけ強行日程でした。


 準備も何とか間に合い、寝坊することなく集合できて良かった良かった。そうして乗り込んだ竜車内で、頑張ったツケの疲労感が襲ってきて寝てしまい、起きてみればもうすぐ着くという今に至る訳です。


『おはようマサト』


「はい、おはようございます」


 そして、オトハさんが私に向かって魔導手話でおはようの挨拶をしてくれました。


 緑色の髪の毛を揺らしている彼女は話すことができないため、魔力を用いて相手に意志を伝える魔法、魔導手話で会話しています。


 みんなに聞こえるようにしたり、特定の個人だけに聞こえるようにしたりもできる、なかなか便利なものらしいです。


 ただ、魔導手話を知っている人からすると、特定の個人に向けて発信していても、身振り手振りを見ればバレバレなのだとか。


『あっ、目やについてるよ』


 そう言ったオトハさんは、息づかいが感じられそうなくらいの距離まで顔を近づけてきます。


 不可抗力で、あくまで不可抗力で何度か口づけた彼女の唇が、いつも私に微笑みかけてくれる彼女が近づいてきたかと思うと、私の目元を手で拭ってくれました。


 彼女の指が目の周りを優しくなぞっていく感覚が、何だか気恥ずかしいです。と言うか、目やにくらい自分で取れるのですが。


『はい、取れた』


「あ、ありがとうございます……それくらい、自分で取れますよ?」


『いいの。わたしが取ってあげたかったんだから』


 取った後は少し離れてニコッと笑っているオトハさんですが、何かこう、子ども扱いと言いますか、この人はわたしがいないと駄目だからみたいな空気があるのですが、気のせいですかね。


「マーサトッ」


「うわわっ」


 すると、今度はウルさんが私にもたれかかってきました。


 何とか力を入れて倒れ込むことはありませんでしたが、彼女と背中同士でもたれ合う形になっています。


「もうすぐだってさ。楽しみだね、海」


 褐色肌に白髪、そして白い尻尾を持つ彼女は魔族の魔狼と人間のハーフ。白い狼の耳と肌色の人間の耳を両方持つ女の子です。


 それが原因で差別を受け、差別からの悲しみを悪い魔族に利用されて事件が起きるキッカケを生んでしまい、現在彼女は執行猶予期間中です。


 人国軍への定期連絡は欠かさずに行っており、たまに面談もしているみたいです。


 そんな彼女が背中にもたれてきて、尻尾がフリフリと動いています。楽しみで仕方ないといった様子が、よく解ります。


「逸る気持ちは解りますが、いきなりもたれてこないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」


「それが狙いなんだから仕方ないよね~」


「仕方なくないです。私の心は繊細なんですよ? もっと丁寧に扱っていただかないと」


「繊細~? どの辺が~?」


 そう言って彼女はこちらを向くと、後ろから胸というか私のおっぱいを服の上から揉み始めます。


 いやいやいやいや、男のを揉んでどうするんですか。揉むほどないというのに、私のが右へ左へとこねくり回されています。


「ちょっと揉まないでくださいよ」


「ゲッヘッへ。良いではないか良いではないか~」


「いやー、誰かー、男の人呼んでー」


 ウルさんはこういうスキンシップが多いのですが、私としても女の子とこういうふざけ方をしたことなかったので、内心では結構楽しんでいます。


 そして、私の背中に当たっている彼女の形の良い胸の感触も。役得じゃー。


『……ちょっとウルちゃん? マサトにくっつき過ぎじゃないかな?』


 すると、オトハさんから笑顔で注意が飛んできました。


 気のせいでしょうか。笑顔の後ろに凄く黒いものが見える気がするのですが。


「い~じゃん、これくらい。早いもの勝ちでしょ? さっきだって抜け駆けしてた癖に」


『それは、そうだけど……』


 早いもの勝ちとは、一体何でしょうか。ウルさん、今度はオトハさんと何か勝負でもしているのでしょうか。


「お二人で何か勝負でもしてるんですか?」


『ううん。マサトは大丈夫だよ』


「そうそう。君は気にしなくていいさ」


 左右の耳からほぼ同時に聞こえてきて、何だかステレオな気分。何が大丈夫なのでしょうか。


 ふと、怪我から退院する前にオトハさんとウルさんが揃って私の病室に来た時のことを思い出します。


『ウルちゃんと色々話し合ったんだけど……マサト。わたし、頑張るから』


「ボクもね、頑張っちゃうよ。だからマサト、覚悟してね」


 あの時もお二方はこんなこと言っていました。


 覚悟って何を、と首を傾げる私に向かって、そのままの君でいいから、と言われ、更に首を傾げた覚えがあります。一体何なんでしょうか。


「ほら野蛮人! もう着きますわよ! いい加減起きてくださいまし!」


「ってぇ!?」


 そして、もうすぐ着くというのにグースカ寝息を立てていた兄貴に業を煮やしたのか、マギーさんが寝ていた彼の頭に蹴りを入れました。


 その衝撃で、マギーさんのたわわなおっぱいが揺れる揺れる。彼女のあの豊満なバストは、いつ見ても眼福ものです。


 胸に負けない太ももとの対比が、本当に芸術的です。


「『マサト?』」


「お、お二人ともどうされました? そ、そんな怖い顔して……」


 後ろから私の胸を揉んでいた手を止めたウルさんと、正面にいるオトハさんが揃って目が据わり、口元も下がった怖い顔をされています。


 声を揃えて問いかけられた私としては、何故怒られているのでしょうか。


 あ、痛い。ウルさんが私のTシャツの下に手を突っ込んで右乳首を直につねってる。


「普通に起こせや! 何も蹴るこたねーだろ!?」


「何度も起こしましたわよ!? それなのに鼻ぢょうちんでも出しそうな勢いでグースカグースカと……」


「お嬢様。男性は起きにくい人もいらっしゃいます。ここは起き抜けにそそり立った彼の息子を握り、起動せよという掛け声と同時に息子をそのままレバーのように倒して……」


「淑女に何させる気ですかこの駄メイドはッ!?」


「俺の息子に何する気だゴルァ!?」


 そして、今日が初対面のハズの兄貴とウルさんに対しても、このイルマさんは容赦がありません。


 彼女は兄貴とウルさんと顔合わせした時に、「荒々しい不良男子に獣耳少女とは……お嬢様、グッジョブでございます! 特に不良少年など、滾る劣情をワタシのようなか弱い女性にぶつけてくるに決まって……」とマギーさんに向かって親指を立てていました。


 その言葉の途中でマギーさんにあらぬ方向に親指を折られて地面で悶絶していた彼女を、兄貴とウルさんはもの凄いものを見る目で見下ろしていました。


「お二人揃って何する気とは。当然でございましょう? もちろんナニする気でございま……」


 あ、イルマさんが竜車から落ちそうに。正確にはマギーさんの右ストレートが炸裂してふっ飛ばされた彼女が、ギリギリのところで竜車にしがみついているというのが正しいのでしょうが。


 運転手がいなくなったにもかからわず、車を引いている竜も何も気にすることもなく、一定の速度で走り続けています。


 何でしょう、竜でさえこういうの慣れているんでしょうか。


「竜よ! この淫乱メイドを振り落としなさいな!」


「いけませんお嬢様! このままではワタシが傷物になってしまうでございます! ワタシはまだ汚れてしまいたくは……」


「全速前進ですわッ!」


 イルマさんの懇願も虚しく、マギーさんの指示を聞いた竜は速度を上げました。


 おお、早い早い。景色が流れていくスピードが、さっきとは段違いですね。


『それでマサト? さっきは何を見てたのかな?』


「別にボクも怒ってる訳じゃないんだ。ただ正直に、教えてくれたらいいからさ」


 そして私は前と後ろから圧迫面接を受けています。


 ああ、このイルマさん達の騒動で有耶無耶になったと思っていたのに。現実は厳しいですね。


「……あれ? メイドのねーちゃんの声が聞こえなくなったんだけど。ちょっと見て……」


「おーっほっほっほっ! 速いですわ! 高速ですわ!」


『ねえマサト。ちゃんとわたしの目を見て? マギーさんのどこを見てたの? わたしのはなんで見てくれないの? 怒らないから言ってみて?』


「っ!? お、おいパツキン! メイドのねーちゃんの姿が見えねぇ……ッ!」


「ボクも別にマサトに痛い思いをしてもらいたい訳じゃないんだ。でも世の中、言葉じゃ伝わらないことってあるからさ……右乳首にはお別れしてね」


「はあ? 何をおっしゃいますの野蛮人。イルマならその辺にぶら下がって……あ、あれ?」


「オトハさん。魔法陣を描いている手を降ろしてください。私たちは解り合えます。あとウルさん。人の右乳首に何をする気なんですか?」


 目的地に着く前から状況が混乱しっぱなしなんですが、これ本当に大丈夫なんでしょうか。


 そして私の右乳首はどうなってしまうのでしょうか。謎は深まるばかりです。


 痛くしないでね。

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