第62話 ワイはドワーフのシマオや!
「あ、危なかった……もう少しでやられていました……」
私は海辺の人のいなさそうな岩場に腰掛けて、一息つきました。オトハさんとウルさんから逃げ惑ってここまでやってきましたが、どうやら撒いたみたいです。
クソッ、どうしてこんなことに。水着の女の子の肢体を眺めながらゆっくり海で身体を癒やすハズだっただけなのに。
「しかし、ずっとここに居る訳にもいきませんね。何とかほとぼりが冷めるまでやり過ごしたいのです……が……」
「~~~~ッ!!!」
そう呟いた私の視線の先に、一つの光景がありました。砂浜に首から上だけが埋まってしまっていて、何とか引き抜こうと必死にもがいている小柄な男性の姿が。
あの背丈、もしかしてオトハさんよりも小さいのでは。彼の側には、彼の背丈よりも巨大なハンマーが転がっています。あれは何でしょうか。
と言うか、一体全体何をどうやったら砂浜に頭だけが埋まる事態になるので。そしてどうして抜けなくなっているので。
色んな疑問が湧いてきますが、流石に見捨てるのも忍びないと思い、私は埋まっている彼に手を貸すことにしました。
「ッ!?」
「あっ……だ、大丈夫です。手を貸しますので……」
彼に近づくと何か気配を察したのか、彼の身体がビクッと震えました。私は怖がらせないようにと、手伝うことを申し出ます。
「ッ!」
それを聞いた彼は、右手の親指をグッと立てました。どうやらオッケーみたいです。頭が埋まってても声は聞こえてるみたいですね。
私は行きますよー、と彼の胴体に手を回すと、せーので埋まっている身体を引っ張ります。
「~~~~ッ!!!」
「くっ……この~~~~……ッ!!!」
結構な力を込めますが、なかなか抜けません。よっこらせ、どっこいせ、それでも首は抜けません、なんて昔国語の教科書で読んだような気もしますが、実際に抜けないとなるとなかなか力を込めている手や腕の方が痛くなってきます。
「~~~~ッ!!!!!!」
というか、この人の首の方が痛そうです。だってめっちゃ引っ張られてますもん。このまま引っ張ったらろくろ首みたいになるのかなとか変なこと考えていたら、不意に砂から首が抜けました。
引っかかりが取れたかのようにいきなり抜けたため、私と彼は揃って後ろに倒れ込みます。
「いった~~~~~ッ!!! めっちゃ首痛かった! ワイの首伸びてない!? 大丈夫か首ィ~~~ッ!!!?」
抜けた彼は自分の首を擦りながら大声を上げています。これだけ叫べているのならおそらく大丈夫でしょう。首も真っ赤になっていますが、変に伸びたりしてませんし。
「はー……抜けて良かったです。大丈夫ですか?」
「つーかワイのハンマーは!? 無事っ!? おおおッ! あったあったっ! おっ? おっ? アンタがワイを助けてくれたんかい? 助かったわ兄さん~~~ッ!」
自分のの背丈よりも大きいハンマーを見つけ、頬ずりしています。かと思えばこちらを向き、しきりにお礼を言ってきます。いや元気の良い方ですねぇ。なんか、一人でもすごく楽しそうに見えます。
この茶髪でクルクルパーマの小さな男性は、なんか元の世界で言うエセ関西弁って感じの調子で喋っています。根っからの関西人じゃないけど、向こうにいって感化された的な、そんな感じ。
と言うか、こっちの世界でも関西弁ってあるんですね。私はテレビとかでしか聞いたことなかったので、なんか新鮮です。
「ワイはシマオ。ドワーフのシマオや! 兄さん名前は?」
ドワーフ、という単語を聞いた私の頭が反応します。そうか、オトハさんのようなエルフが居るなら、ドワーフという種族もいるんだった。ジルゼミでの記憶が呼び起こされます。
ドワーフはずんぐりとした体型で、人間に似た姿を持つ小柄な種族ですが、身体能力が高く、特に力強さではオークにも引けを取らないのだとか。彼らは岩肌に住居を構えて石や金属の加工が得意な部族で、人国の武器生産には彼らが関わっているという話でしたね。
確かドワーフの山という彼らが住処にしている山があり、それがそのまま彼らの国となっていたと思います。
成人したドワーフの男性にはヒゲが生えている筈なので、このシマオさんという方はまだ未成年なのでしょう。見た目からは想像しにくいてすが、寿命も人間と近いらしいので、もしかしたら同年代なのかもしれません。
そしてシマオさん。めっちゃ重そうなハンマーを軽々と持ち上げているので、小さな見た目に反してこの人も結構な力持ちなのでしょう。
「私はマサトと言います。シマオさん、無事で何よりです」
「おう! 兄さんと家伝のこのハンマーのおかげや!」
「いえいえ……しかし、随分大きいハンマーですね」
「ウチの家宝やからなぁ……このハンマーは、いっつもワイを助けてくれる。ワイが困ってる時に救いの手を呼び寄せてくれる、ワイの宝モンや!」
つまり私は、シマオさんがさっき埋まっていた時にハンマーの力で呼び寄せられたということですか。はー、そんなこともあるんですねぇ。
「そうなんですか。そして、何故こんな所に埋まっていたので?」
「よくぞ聞いてくれました!」
普通になんでこんなことになっていたのかと疑問を口にしたら、シマオさんが飛びついてきました。この勢い、余程何かの事情があったのでしょう。そうでなければ、ここまでの食いつきはあり得ません。
一体どんな理由でこうなってしまったのか、私は興味津々といった様子で彼の次の言葉を待ちます。
「海が開放されたから水着のねーちゃん達をこっそり見ようと岩肌に隠れてたら足が滑って砂浜にめり込んでしもたんや」
「…………」
ちょっと待ってください。あの食いつきから一言での説明は流石に想定していませんでした。話を飲み込むためにもう一度、もう一度聞いてみましょう。
「ワンモア」
「海が開放されたから水着のねーちゃん達をこっそり見ようと岩肌に隠れてたら足が滑って砂浜にめり込んでしもたんや」
「マジでそれだけなんですかッ!?」
もう一度聞いても話は変わりませんでした。水着の女性を見に来て足が滑って砂浜に頭が埋まってしまったとか……そうなってしまった経緯は納得いきませんが、この人が海に来た理由は解りました。この人も男子なんですね。
「おう、そんだけや! 何せ、スケベは男の特権やからな!」
ちょっと何言ってるか解りませんが、魂は納得しています。不っ思議ー。
「そ、そうなんですか……ちなみに、綺麗な方はいましたか?」
「全然おらんかったッ! なんやねん! せっかく小遣いはたいてここまで足を運んだっちゅーのに!」
地団駄を踏みながら悔しがっているシマオさんの様子は本気にしか見えません。どうやら、本気で水着の女性を見るためだけに海に来たみたいです。凄い人だ。
「あとはまあ、家にいたくない理由もあってなぁ……兄さん。おとんが二人いる家って、どう思う?」
そして唐突に複雑な家庭事情を聞いたような気がするのですが、気のせいでしょうか。どう思うと聞かれても、スッと感想が出てきません。
「……まあええわ。んで、兄さんは何しに来たん? ワイと一緒で水着のねーちゃん目当てか?」
「まあ、それもあったのですが……」
とりあえず彼の経緯は解りましたので、私は自分の経緯を簡単に説明しました。
みんなで遊びに来て、楽しみにしてた女の子の水着が見れなくて、何故か他の女の子に追いかけ回されている現状を。一通り説明した後、うんうんと頷きながら聞いていたシマオさんは、
「……ペッ」
私の目の前で砂浜にツバを吐きました。
「何やねんコイツ……水着ねーちゃん目当ての同士かと思ったらリア充かよ……勝ち組が負け組助けて悦に浸ってんじゃねーよクソが……くたばれ」
何故初対面でここまで言われなければならないのか。そもそもツバまで吐かれる言われはあるのか。甚だ疑問ですが、とりあえず機嫌を損ねてしまったのはなんかすいません。
せっかく出会ったんですし、良ければ皆さんに紹介しようかとも思ったのですが、この様子では駄目かもしれません。
「……すみません。なんか不機嫌にしてしまって。お一人みたいですし、もし良かったら皆さんの所に案内しようかとも思ったのですが……」
「是非哀れなワイに女子をお恵みくださいお兄様」
と思ったら態度が一変し、私の目の前で土下座しているこのシマオさんに私はどんな感情を抱いたらいいんでしょうか。この世は謎に満ちています。
「えーっと……い、いいんですか?」
「後生やからッ! 頼むからワイにお友達紹介してくれッ! 三ヶ月分の小遣い全部使ってここまで来たんやッ! 何の成果も得られませんでしたじゃワイの三ヶ月が無駄になってまうんやッ! 人助けやと思ってッ! な? なッ!?」
遂には泣きながらしがみついてこられたんですが。まあ、悪い人じゃないと思いますし、いいかなー、と。
とりあえず私はオーケーし、泣きながら何度も頭を下げてくるシマオさんをなだめながら、皆さんが先ほどまでいた場所まで戻りました。
「あらマサト、どこへ行ってたのですか?」
「マァァァァァァァァァァァァァァァァァァベラスッ!!!」
「ブラボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
そして待っていたのがマギーさんでした。しかも青色の三角ビキニ姿。
たわわな胸と腰のくびれ、そしてムチムチの太ももが眩しく私の網膜を焼き付けます。油断していました。まさか不意打ちでこんな光景が広がっているとは。
思わず出た感激の言葉は違えど、受けた刺激はシマオさんも同じだったみたいで、私と共に声を上げた彼は私の腰に手を回してきました。ああ、背丈が違うから肩は組めませんか。しかし気持ちは解りますよ同士よ。
「兄さん……ワイは今まで生きてきてここまで感動したことはない……一生付いていくわ、兄さん……」
「シマオさん……いいんですよ……私もこの感動は、生涯、忘れることはないでしょう……」
「えっ? えっ? マサト? 知らない方と一緒に鼻血を出しながら、何をおっしゃっていますの?」
ああ、何か温かいと思ったら鼻血が出ているのですか。まあこれも仕方のないこと。この目に映るものがそれほどまでに男子心に対して刺激的であった、ただそれだけのことです。だってシマオさんもダラダラと垂れ流していますもの。
少し向こうを見てみると、兄貴とイルマさんが肩を組みながら喜んでいる様子が見えます。ああ良かった。この光景によって、二人も仲良くなれたのですね。
「メイドのねーちゃん……グッジョブだぜ。まさかちゃんと、パツキン分の水着も用意してたとはな……」
「こんなこともあろうかと、でございます。お嬢様が特別なと言いだした時に、既に嫌な予感はしておりましたので。どうですか? ここまで気を回せるワタシの母性にそろそろ目覚めたりは……」
「しねーな! 全然ッ!」
なるほど。イルマさんの計らいでしたか。なんという出来るメイド。主人の不在なさをカバーする完璧な仕事振り。パーフェクトですイルマさん。この絶景はまさに芸術。
今しばらくこの素晴らしい光景を網膜と脳みそに焼き付けようと、
「『見っけ』」
したら私の視界が左右から封じられました。しかも右目と左目で違う手が覆っているみたいです。誰ですか、私が今、美しいものに心洗われようとしていた時に……。
『駄目じゃないマサト。わたしから逃げちゃ』
「全く、探したよ。隠れんぼは楽しかった? じゃ、これからちょっと、ボク達とお話しようね」
「 」
忘れてた。
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