第56話 怪しい二人


「……受けた傷や損傷は、もうほとんど治り始めている。もう少し安静にしていれば、ほどなく回復するだろう」


「本当ですか!?」


『ありがとうございます。良かったね、マサト』


 魔法陣を消しながらそう言ってくれたゲールノートさんの言葉に、私は安堵します。


 良かった、とりあえずは無事でしたか。身体内部についてはオトハさんが誤魔化してくれているので、これは後で彼女と要相談でしょう。


「いいえ。私は大したことはしていませんよ。それよりも……」


 すると突然、微笑んでいたゲールノートさんが顔をしかめます。


「……魔族の臓器に置き換わっている君の身体に、その情報を書き換えようとしたエルフのお嬢ちゃん。君たちは一体、何者なのかな?」


「失礼するであります!」


「ッ!?」


「オトハさんッ!?」


 その言葉が終わるや否や、ノルシュタインさんがオトハさんを拘束します。い、い、一体、何を……?


「あれくらいで私たちを誤魔化せると思ってたらいけないよ。大人を甘く見るんじゃあない。それにマサト君。君の身体の検査をしたところ、あり得ないようなオドが検出された……魔国の王しか扱えないと言われている、地獄の業火。黒炎のオドを」


「っ!?」


「オトハ殿! 抵抗しないでいただきたいであります! マサト殿! 私も学園で黒炎の存在を確認しております! 下手な誤魔化しは効かないのであります!」


 ゲールノートさんの話は、私たちの秘密を暴いているものでした。


 私が魔王の力、黒炎のオドを持っていること。そしてオトハさんがそれを隠そうとしたこと。


 オトハさんが身をよじって抵抗しますが、ノルシュタインさんの拘束が硬すぎるのか、まるで抜け出せないでいます。


「正直な話、ウルリーカ殿の措置についてはマサト殿に気を持たせるために私が各方面に根回しをして、執行猶予付きにしたのであります! 本来なら死罪でもおかしくないのであります! ウルリーカ殿はマサト殿と懇意にされているというお話でしたので、先手を打たせて頂きました! つまりマサト殿、ウルリーカ殿の処遇はこちらで手を回しました! ですので貴殿の黒炎について、正直に話していただきたいのであります!」


「ああ、ノルシュタイン君の声なら気にしなくてもいいよ。先ほど防音の魔法である"無音(サイレンス)"をこの部屋で起動させた。今なら、どれだけ大声を出しても、外に聞こえることはない」


 先ほど、と言いますと、私の目の前で展開していたあの魔法陣のことでしょうか。診察用の魔法かと思いきや、全然違うものだったとは。


 そしてウルリーカさんの処遇も、この私からお話を聞くための飴玉だったと、そういうことなのですか。


 なんですか、それ。先ほどのノルシュタインさんの言葉、私も感動していましたのに。


「……騙されたとお思いかもしれません! 信じてもらえないかもしれませんが、ウルリーカ殿に再起していただきたいというのも、私の偽らざる本心であります! しかしそれに加えて、今回のこの件についてはこちらの都合も考えなければなりません! マサト殿自身についても調べさせていただきましたが、マサト殿の一番古い記録は、直近で戦争孤児としてヴィクトリア家に拾われたことしか残っていないのであります! いくら戦争孤児とは言っても、どの辺りに住んでいたのか、どの戦闘によって戦争孤児になったのかはおおよそ検討がつくものなのですが、マサト殿に至ってはそれが微塵も解らないのであります! まるで、突然現れたかのようであります!」


「それに、君の身体についてだ。いきなり臓器が魔族のものになるなんてあり得ない。魔族に捕まり、拷問の際に無理やり移植されたと考えても、移植の跡が無さすぎる。まるで、元々あった臓器が突然変異を起こしたみたいだった。そうして調べてみれば、君の身体には禁呪クラスの強烈な呪いがかかっていることと、黒炎のオドが宿っていることが解った」


 お二人が順番に話していく内容は、今まで私とオトハさんがひた隠しにしてきたことを、顕にするものでした。


「マサト殿に加えて、オトハ殿も素性が解らないのであります! エルフであるオトハ殿は、エルフの里で素性調査した時も、全く親族や関係者が見つからなかったのであります! 長命なエルフ族で、一部戦闘に巻き込まれたとはいえ、これもおかしいのであります!」


「っ!?」


 その言葉を聞いたオトハさんが、驚愕の表情を浮かべます。


 ノルシュタインさんの言うことが本当なら、オトハさんはエルフでありながら、エルフの里で彼女のことを誰も知らないということになります。そんなことが、あるんでしょうか。


 異世界から無理やり連れて来られた私とは違って、彼女はエルフの里の襲撃の際に連れてこられたと思っていたのですが。


 そう言えば、オトハさん自身についても、私は何も知らないままでした。


 ただ、エルフの里には帰りたくない、とは言っていましたので、エルフの里に彼女がいたことがあるのは間違いないはずなのです。それが一体どうして。


「……こうして見ると、君たちについては解らないことばかりなんだ。特に、人間が魔王の力である黒炎のオドを持っているなんて、よっぽどのことがない限りあり得ない。ただ、この前の事件が起きた理由は解った。あの自爆した魔狼が、マサト君を捕まえようとしていた理由がね。そこから考えると、君は魔族に捕まって何らかの実験か何かを受けた。禁呪クラスの呪いも、魔族が何らかの方法で君に黒炎のオドを宿らせ、保険のために呪いをかけたのかなと推測はできる。まあ、あくまで推測だけどね」


「……以上が、現時点で我々が解って居ることであります! 現在この話は、私とゲールノート殿の二人しか知り得ていないのであります! ……次は、マサト殿とオトハ殿の番であります!」


 話し終えたノルシュタインさんが、真っ直ぐに私の目を見てきました。


 まるで視線だけでこの身を射抜かれそうな、鋭い目つきで。ノルシュタインさんだけではなく、ゲールノートさんも同じような目でいらっしゃいます。


「さっきノルシュタインも言ったが、悪いけどここでの誤魔化しや嘘は通じない。下手な言い訳は、自分の首を締めることになるだろう。どう有耶無耶にしようが、君に黒炎のオドがあることを我々は知ってしまった。素直に協力してくれないなら、こちらも手を考えなければならない……だから、よく考えるんだね」


「……正直に話していただければ、我々も協力できるかもしれないのであります! 私は、本来守るべき立場であるマサト殿やオトハ殿に、手荒な真似はしたくないのであります! どうか、マサト殿! オトハ殿! お話を聞かせていただけないでありますかッ!?」


 二人から本心を見透かしてやろうとする視線を受けて、私は身震いします。


 チラリとオトハさんの方を見ると、必死にノルシュタインさんに抵抗している様子が見られます。


 この状況。私は一体、どうしたら良いのでしょうか。またジュールさん達の時みたいに、素直にお話するしかないのでしょうか。


 しかし、あの時みたいに、全てを受け入れて飲み込んでくれる保証なんてどこにもありません。


 場合によっては、私はこのまま軍に拘束されてしまうことも考えられます。魔国にいた時とは違います。


 ここは人国です。ノルシュタインさん達がその気になれば、すぐ人国の人たちに私という魔王の力を持った人間の存在が知らされるでしょう。


 それが魔国の耳に入れば、一体何が起きてしまうのか。戦争が再開されるのか、はたまたもっと酷いことになるのか。


 ……わかりません。私には、何も、わかりません。何をしたら正解なのか。何をしたら致命的なのか。


 頭の中で考えがグルグルと回り続け、堂々巡りになっています。私は、一体どうしたら、助かるのか……。


『お願い、します……ッ!』


 すると、混乱して何も口が動かせないでいた私に変わって、オトハさんが魔導手話で話し始めました。


『わたしのことも、マサトのことも、全部話します。話しますから、どうか……マサトに、酷いこと、しないでください……わたしはどうなってもいいですから……どうか、マサトだけは……』


「ッ!」


 それを聞いた私は、ハッとしました。そうだ。何をまた自分のことだけ考えていたんだ。この前ウルさんのことで、懲りたんじゃないのか。


 またもや自分を心配してくれる人のことも考えず、自分のことばかり考えていました。


「……お話してくださるのなら、悪いようにするつもりはありません。なので、まずは聞かせてください」


「……ゲールノート殿の言う通りであります! 話を聞いてすぐにどうこうは絶対にいたしましせん!」


「…………クソッ!!!」


 お二人がオトハさんに答えている最中、私は自分の顔を殴りつけました。


 甘ったれた、自分のことしか考えない、この情けない顔を。


『マサトっ!?』


「……どうしたのかな? 怪我してるんだから、いたずらに自分の身体を痛めつけちゃ危ないよ」


「ど、どうされたのですかマサト殿!?」


「……なんでも、ありません」


 心配する皆さんですが、なんでもありません。


 ええ、なんでもありませんとも。ただ自分の中にいる甘えた心を、一発殴りつけて喝を入れただけですので。


 右手で殴りつけた右頬はズキズキと痛みますが、これは甘えていた自分への罰です。甘んじて受け入れましょう。


「……オトハさんはああ言われましたが、私としてもオトハさんの無事を約束していただけなければ、お話することはできません」


『マサト! わたしなんてどうでもいいよッ! ただ貴方が無事でいてくれれば、わたしは……』


「いいえ。オトハさんが私に対してそう思ってくれているように、私もオトハさんが無事じゃないと嫌なんです」


 この世界に来て、一番最初に私の心配をしてくれたオトハさん。


 正直、なんで彼女がここまで私にしてくれるかはまだ解らないところもありますが、そう思ってくれるのであれば、私も同じように返さなければいけません。


 良くしてくれるのであれば、同じように良くしてあげたいと、そう思うからです。


「……約束していただけますか? ノルシュタインさん、ゲールノートさん。そうでなければ私も……色々と、考えなければなりません」


 今度は逆に、私が問いかける番です。この確約がもらえない限り、私も話すことなどありません。


 最悪、敵対することになれば、私は黒炎の力を使ってでもオトハさんを助けて、逃げおおせてみせます。


 例え、それによってもう二度と兄貴やマギーさん、ウルさんに会えなくなるとしても。


「……良いでしょう。お約束します」


「私も異論は無いのであります! ただし、内容の如何によっては、その後の対応を一緒に考えさせていただきたいのであります! 難しい内容でしたら、双方が納得する形で対応を考えたいのであります!」


「……ありがとうございます。その言葉、信じさせていただきます」


 保証も何もない、言葉だけでのやり取り。それはともすればあっさり破られてしまうような危ういものでしたが、私は今一度、この人達を信じてみることにしました。


 下手に大立ち回りして軍に捕まり、手荒な真似をされてしまうよりも、こちらが協力する姿勢を見せた方が、扱いもマシではないかと思いましたので。


 それに、私を助けてくれたノルシュタインさんを、信じてみたいとも。


 そうして、私は一から順番に、私の身に起きたこと。そしてオトハさんと今までどういったやり取りをしてきたのかを、説明していきました。

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