第55話 再起の機会を


「会えなくなるって……どういう、ことですか?」


 言葉の意味が飲み込めず、私は戸惑い気味にウルさんに尋ねます。


「どういうも何も、ボクが魔族と手を組んでたのは事実なんだ。昨日まではずっと取り調べだったし……おそらく、今日くらいにボクの処分が決まるんじゃないかな。少なくとも、学校にはいられないと思うよ」


 私の問いにそう答えるウルさんは、先ほど感じた時よりも明らかに解るくらい、諦めの感情が漂っていました。そんな。


「まあいいじゃないか。魔族と繋がってた悪~い半人がいなくなるんだ。みんなせいせいするだろうさ。それこそ、マサトだってオトちゃんだって、こんな奴、いない方がいいに決まってる……」


『……そんな、こと……』


 オトハさんの手話も伝わらず、自嘲気味にそう笑っているウルさんの目には、涙が浮かんでいるような気がします。いいえ、気のせいではありません。はっきりと、目尻に溢れているのが見えました。


「そうだよ……結局ボクは、誰かの迷惑にしかならないんだ……ボクがいなければ、お母さんだって、あんな風にいじめられることもなかった……ボクがいなければ、マサトにこんな怪我をさせることもなかった……学校だって壊れなかったし……ボクが……全部ボクが……」


 最早隠すこともできないくらい溢れた涙が、彼女の頬を伝ってポロポロと床に落ちていきます。はっと気づいたウルさんは、懸命にそれを拭い始めました。


「あ、あれ……? おかしい、な……こんなこと……いつものことだった、のに……ボクが迷惑な奴なんて……今さらなのに……どうして……ボクは……」


「……私は、嫌です」


 泣いているウルさんに向かって、私は言いました。


「私は嫌です。ウルさんと、もっと一緒にいたいです。オトハさん、何とかならないんでしょうか」


『……わたしも、何とか、したいんだけど……ウルちゃんについては、もう軍の方に話がいってるみたいで……』


 軍の方、ですか。ならば、軍の方に直接話をつけられれば、もしかしたら。ジュールさん達がいない今、軍の人なんて今のところノルシュタインさんくらいしか知らないですけど、まだ諦めるには早いはず。


「……ならば、軍の方に行って話をしましょう。まだ処分の話が来てないなら、決まってはいないかもしれな、イッ!?」


『だ、駄目だよマサト、まだ寝てなきゃ!』


 再度起き上がろうとしましたが、身体からの軋むような痛みに思わず口から声が漏れてしまいます。三日も寝ていたツケが、こんなところで。しかし、まごまごしている場合ではありません。早く、しないと。


「しかし、今話しに行かなければ、間に合わないかもしれません。決まってしまう前に、何とか話をつけに……」


『で、でも、それでマサトの身体が悪化しちゃったら、それこそ……』


「……どうしてだい?」


 行こうとする私と止めようとするオトハさんでもたついていたら、ウルさんから声をかけられました。彼女は涙ながらに、私に向かって問いかけてきます。


「マサトだって……ボクがいなければ、そんな目に遭うこともなかった。ボロボロになったそんな身体で、ボクのために話をつけに行く必要なんて、ないだろう……? この前だってそうだった。みんなが疑う中、マサトだけはボクを信じてくれた。なんで、マサトはそこまで……」


「……そんなこと、簡単なことじゃないですか」


 そこまでする必要ないじゃないかと言うウルさんに向かって、私は微笑みました。以前、オトハさんにしていただいたように、大丈夫です、という意味を込めて。


「別に誰かに頼まれた訳でもありません。ただ私がそうしたいと思ったから。今だって、それだけで動こうとしています。だって私は、ウルさんのこと……」


 そこで私は一度咳き込みました。少し、心配されましたが、ただの咳だったので、私は大丈夫ですと返します。私の呼吸が落ち着いて来たあたりで、お二人が私の言葉の続きを今か今かと待っています。


 ウルさんは解るのですが、どうしてオトハさんまでそんな態度になっているのでしょう。私は一息ついて、再度口を開きました。






「……大切な友達だと思っていますから」


「「…………」」






 私の言葉を聞いた二人は、少し固まっているようにも見えました。あれ、私、何か変なこと言ったでしょうか。友達の事を信じるのも、友達のために何かしようとするのも当たり前だと思うのですが。


 それこそ、以前オトハさんだって、私のことをそうやって引っ張ってくれたじゃないですか。うんうん。友達だからって大きいことだと思うんですよ、私は。


「……うん、そうだね。君は、そういう人だよね……」


『……ちょっと、ハラハラしたけど……マサト、だもんね』


 なんでしょうか。何かこう、期待してたのとは違うけどっていうウルさんと、まさかとは思ったけどやっぱりそんなことはないもんねというオトハさんの反応は。


「失礼するであります!」


 何か間違えたたかと焦っていた私のいる部屋に、唐突に威勢の良い声が響き渡りました。このお腹から響くようなよく通る声は、思い当たる人が一人しかいません。


 扉が開いた先には、黒い瞳に長い茶色の髪の毛を後ろでひとまとめにした、あの軍人さんが立っていました。


 突然の来訪者に、オトハさんは身体をビクッと震わせ、ウルさんは慌てて泣いていた顔を見られまいと、慌てて服の袖でで拭いながら顔を背けています。


「の、ノルシュタインさん……」


「はい! ノルシュタイン=サーペントであります! お休みのところ、失礼させていただくであります! 学生……いえマサト殿! お身体は大丈夫でありますか!?」


「は、はい……」


 病人にもこの勢いのままお見舞いに来るとは、やはりこの人は凄い人です。それはともかく。私はこの人に命を救われました。改めて、お礼を言わなければなりません。


「あの時は私を助けていただき、ありがとうございました」


「いえ! お礼を言われるようなことではありません! 本来であれば、そうならないように常に気を配っておくべきなのが我々であります! お力が及ばず、怪我をさせてしまいこちらこそ申し訳ないのであります!」


 しかし、お礼を言ったばずなのに、何故か逆に頭を下げられてしまいました。言おうとしていることは解るのですが、そこまで徹底できなくても仕方ないのでは、と思いましたが。


 直角に近いくらい頭を下げているこの人は、おそらく本気で謝ってきています。それなら、私も誠意をもってお返事するべきでしょう。


「……いえ。そう思っていただけているのは心強いです。それでも、ノルシュタインさんが来てくださらなければ、私の命も危なかったと思いますし。私のお礼も受け取っていただけると嬉しいです」


「勿体ないお言葉であります! ありがとうございます、であります!」


 顔を上げたノルシュタインさんは、ニコッと笑っていました。体勢を戻した彼は、そのまま言葉を続けます。


「そして今日はお見舞いだけではありません! そこのウルリーカ殿の処遇が決まりましたので、私がお伝えに来たのであります! 丁度ウルリーカ殿がいらっしゃいますので、ここでお伝えさせていただくであります!」


 そう言うと、ノルシュタインさんからはウルさんの今後についてが決まったと言いました。それを聞いた私は青ざめます。


 しまった、間に合わなかったのか。こうなったら今からでもできる限りお願いを、と思って口を開こうとした私を、ウルさんが手で制します。


「……ううん。ありがとう、マサト。君の気持ちは、十分に受け取ったからさ」


「……ウルさん」


 涙の跡がまだ残っている顔で、ウルさんはそう微笑みました。それはとても悲しげで、でもどこか吹っ切れたような、そんな笑顔でした。


「……それで、ボクは一体どうなるのかな、ノルシュタインさん」


「はい! では、お伝えさせていただくであります!」


 そんなウルさんに向かって、ノルシュタインさんはいつもの調子を崩さないまま言い渡しました。


「軍法会議の結果、ウルリーカ殿は懲役一年、執行猶予三年と決まりました!」


 ノルシュタインさんの言葉に、私は伺いました。懲役一年、執行猶予三年と。元の世界でもニュース等で聞いたことはありますが、一体どういう内容なのでしょうか。


「……えーっと、つまり、どういうことでしょうか?」


「はい! 具体的に説明させていただくであります!

 ウルリーカ殿は懲役一年、執行猶予三年。つまりは三年間、罪を犯すことなく過ごしたのであれば、刑の言い渡しそのものが無効となり、一年の懲役刑に行かなくても良くなるのであります!

 ウルリーカ殿は未成年であり、前科もありません! むしろ、今回の事態は魔国のスパイに利用されていた可能性が高いと判断されたために、このような判決になったのであります! 執行猶予中は監視の手間を省くため、今まで通り南士官学校に通っていただくであります! もちろん定期的に連絡は必要不可欠! 加えて、万が一執行猶予中に同じようなことがあった場合は、すぐに実刑が執行されるであります!

 まとめますと、ウルリーカ殿には三年間を南士官学校で過ごしていただき、その間に特に素行に問題がなければ、そのまま刑罰もなく卒業といった形になるのであります!」


 私は聞いた言葉を順に追って頭の中で整理します。えーっと、つまり、ウルさんは今後も私達と同じ学び舎で学校生活を送り、問題がなければそのままお咎めなしと、そういうことですね。


「って、えええええええええええええええッ!?」


 驚いたのは私も同じでしたが、一番声を上げたのはウルさんでした。それはそうでしょう。私とて、かなりびっくりしているのですから、当事者からしたらその衝撃は計り知れないかもしれません。


「い、いいんですか……? ボク、魔国のスパイに協力した、犯罪者で……」


「確かにそれは事実であります!」


 ウルさんの言葉に、ノルシュタインさんが続けます。


「ウルリーカ殿が魔国のスパイの協力をしたのも事実であります! しかし私は、ウルリーカ殿が供述でも嘘を混ぜることなく話し、士官学校ではしっかりと勉強をし、お国のために取り組んでいた事も知っているのであります!

 悪い者にそそのかされた若者が少し間違えてしまったのであれば、それを許し、再起の機会を渡すのも先達の仕事の一つなのであります! 同じようなことを二度としないとしっかり誓い、今後の取り組みでミスを取り返していこうとするのであれば、私も何も文句は無いのであります!」


 許しがたいことを許し、再起のチャンスをくれると。その言葉を聞いたウルさんはすこし呆然としていましたが、やがて膝から崩れ落ち、再び溢れる涙をポロポロと零していました。


「ご、ごめ……ごめんな、さい……ボク、なんかに……こんな……こんなに……ッ!」


「……良いのであります!」


「……本当に、ありがとうございました!」


 私はたまらず、ノルシュタインさんに頭を下げました。まさか、またウルさんと一緒に学校生活が送れるなんて。私に続いて、オトハさんも頭を下げています。


『……寛大な配慮をいただきまして、ありがとうございます。わたしのお友達が、いなくならなくて、本当に良かったと思っています』


「いいえ! お礼を言われるようなことでは無いのであります!」


「オト、ちゃん……」


 オトハさんの言葉に、ウルさんはバっと彼女の方を見ます。


「ボク……絶対オトちゃんに、嫌われてると思ってたのに……」


『……まだ整理できてないとこはあるけど……ウルちゃんは、わたしの友達でしょ? だから、大丈夫だよ』


 そう言うと、オトハさんはウルさんの頭を抱きしめました。魔国でのルーシュさんの時のように、不安いっぱいの時の私にしてくれたように、オトハさんは優しく抱きしめています。


「あ、ありが……ありが、とう……ボク……ボクッ!」


『……大変だったんだね』


「お連れしましたわ!」


 すると、再び病室の扉が開き、マギーさんと兄貴の姿が見えました。白衣を着た見知らぬ男性の姿もありましたが、おそらくあれがお医者さんなんでしょう。


「ったく、何で先生呼びに行くっつーのに、病院出ようとするんだよこのパツキンは……」


「だまらっしゃい! ……そしてウルリーカさん、話は聞かせてもらいましたわ!」


 すると、マギーさんがビシッとウルさんを指差します。


「今後も学生生活で問題を起こさなければ、お咎めなしと。そういうことなのですわね! わたくしとしては、友人を危ない目に遭わせたことに対して言いたいこともございますが、当の本人は許しているみたいですし……ですから今後、貴女の態度に問題がないのであれば、わたくしもそれ以上、何も言うことはございませんわ!」


「っつーか声デカいんよ、ノルシュタインさん。ドア閉まってんのに、廊下にまで聞こえてたぞ……まー、俺も一緒だわな」


 兄貴が後頭部をかきながら、マギーさんに続きます。


「反省してるっつーんなら、兄弟も許してるっつーんなら、俺からもなんもねーよ。以後気をつけましょうってこって。また一緒に飯でも食おうぜ」


「……また、貴女のお話も聞かせてくださいな。ハーフの貴女は、色々と苦労されたこともあるでしょうし。マサトやオトハだけではなく、わたくし達も友達でしょう?」


「マギーちゃん……エド君……」


 オトハさんに抱きしめられていたウルさんは、そこから抜け出すと、二人に向かって頭を下げます。


「ごめ……ごめんさ、い……ありが……ありがとう……」


「……顔上げてくれって。そんなまでしなくてもいーよ」


「……そうですわ。顔を上げてくださいまし」


 すると、今まで静かにしていたお医者さんから、そろそろ診察をするからと皆さんに帰るように促しました。皆さんが口々にまた来ると言う中、オトハさんだけが呼び止められます。


「マサト殿は保護者がいないのであります! なので、一番関わりが深いであろうオトハ殿にも、お話を聞いて頂きたいのであります!」


 と、ノルシュタインさんが言うので、オトハさんも残ることになりました。なので兄貴、マギーさん、そしてウルさんが部屋を後にすることになります。


「さあて、兄弟も無事だったしめでたしめでたし。兄弟の退院後に快気祝いするにしても、前祝いでなんかパーッと食いに行かねーか?」


「いいですわね! ……そう言えば野蛮人。貴方、クラス対抗戦の予選で、わたくしにご飯を奢っていただけると、そう言ってましたわよね? それを使ってもよろしくて?」


「ゲッ、覚えてやがったか……まー、別にいいけど、一体何を……?」


「了承を得ましたわ! さあウルリーカさん……いえ、ウルリーカ。一緒にこの辺で一番高いものを食べに行きますわよ!」


「えっ……ボクも、いいのかい?」


「もちろん野蛮人の奢りですわッ!」


「ちょっと待てや! なんでねーちゃんの分まで奢らなきゃならねーんだよッ!?」


「じゃあわたくしが二人前頼んで、それをウルリーカにおすそ分けするという形で。これなら問題はなくてよ?」


「大アリだよッ!」


「……ありがとう、二人とも。ならその前に、ちょっとお手洗い行ってもいいかな? ご飯行くなら、その前に顔を洗っていきたいんだ」


 そんなやり取りが遠のいて行きます。快気祝い、していただける予定とは、嬉しい限りです。部屋には私とオトハさん、ノルシュタインさんとお医者さんの四人だけが残りました。


「……それじゃあお話させてもらうよ。ああ、私はゲールノート。医者であり、ノルシュタイン君の友人でもある。よろしく頼むよ。さて、君の身体についてだが……」


 やがてお医者さん――ゲールノートさんは魔法陣を私に向けて展開すると、それを見ながら口を開きました。

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