第47話 決勝ラウンド②


「そう言えば、貴女が戦っているところは見たことありませんでしたわね」


 木刀を構え姿勢を取りつつ、マギーさんが声をかけます。


「先ほどの予選でも、突撃部隊の小競り合いでお見かけしませんでしたし……勝てない相手とは戦わない、でしたか?」


「あっ、ごめん。ボクが突撃部隊って言ったのは嘘なんだ。ホントは護衛部隊。予選ではマサトやオトちゃんと、ちょっとぶつかったよ」


 マギーさんの問いかけにあっけらかんと返すウルさん。ウルさんの言葉を聞いたマギーさんは少しの間固まっていましたが、やがて声を上げました。


「……貴女! またわたくしを騙しましたのね! 一度とならず二度までもッ!!!」


「ごめんごめん。でもあっさり信じてくれるマギーちゃんは、嘘のつき甲斐があるからさ。つい」


「ついじゃありませんわッ!!!」


 完全に頭に血が上ってそうなマギーさんですが、大丈夫なのでしょうか。まあ、おそらくは大丈夫でしょう。


 先ほど余裕を持って状況を見極めなければあっさりやられてしまう、と言っていたのは、他ならぬ彼女です。自分で言ったことですし、そうそう破ることはないでしょう。


「嘘をついた癖に反省する素振り一つもなし! 良いでしょう! 来なさい! わたくしが直々に平気で嘘をつくその根性、叩き直して差し上げますわッ!!!」


「え? 嫌だよ。ボク痛いのヤダもん」


「ムキーッ!!!」


 と思っていましたが、既にウルさんの挑発で怒り心頭なご様子のマギーさん。


 うん、駄目ですねあれは。開幕と同時にウルさんに突っかかっていくマギーさんの姿が目に浮かびます。


「個人戦四回目、開始!」


「ハァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 そして目に浮かんだ通り、マギーさんは開始の合図と同時にウルさんに向かって突撃していきました。


 いや、あの。余裕を持って状況をうんぬんかんぬんは一体どこへ……?


「"花はここに散る(フォールアウト)"ッ!」


 遂には自身の持つ大技まで使い始めたのですが。マギーさんへの心配のパーセンテージがうなぎのぼりです。


「それは喰らってあげられないねッ!」


 マギーさんの突進乱撃に対して、ウルさんは身を横にかわして対応しました。それはそうでしょう、怒り心頭のあの技を正面から受けていたらたまったものではありません。


「ああああああああッ! 大人しくなさいなッ!」


「嫌だね。あんなの受けたらひとたまりもないじゃないか」


 かわされた後、マギーさんは振り返ると、片手での突きの一撃を見舞います。


 ウルさんがそれを手甲で受け止め、それを瞬時にいなして前に出ると、マギーさんの懐へと入ろうとします。あれは不味いのでは。


「貰ったッ!」


 声を上げたウルさんに突きで伸び切った内側に入り込まれ、マギーさんの無防備な胴体が危険さらされます。手甲持ちのウルさんの一撃が、マギーさんに入ろうとして、


「まだですわッ! "炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」


「なっ!?」


 突きとは反対の手をお腹の前に構えたマギーさんから、"炎弾"が放たれました。時間差で反対の手で魔法の用意をしていた、という訳ですか。


 攻撃体勢に入っていたウルさんは咄嗟に手甲をクロスさせて守りの体勢に入りますが、避けることはできずにそれを正面から受けてしまいます。


「……もう少しだったのに、ざ~んねん」


 "炎弾"の直撃を受けてのけぞり、一度距離を取ったウルさん。手甲での防御が間に合ったみたいで、まだ平気そうです。それに対してマギーさんが吠えます。


「……激情に身を任せてそのまま突進してくるだけかと思ったら、あの不意打ち。意外と冷静なんだね、マギーちゃん」


「ああああああああッ! やりそこねましたわ! あのまま消し炭にしてしまうつもりでしたのにッ!!!」


「…………」


 地団駄を踏んでいてとても冷静には見えないマギーさんの姿に、ウルさんも黙ってしまいます。おそらくですが、激情型なのに勘の良いマギーさんは、ほぼ無意識下で瞬時に最適な攻撃方法を見出して戦っているのでしょう。


 なんという天才型。考えるな、感じろ、を忠実に行っていますねこれは。


「……こ~ゆ~相手は苦手なんだけどなぁ……」


「次こそはッ! まだまだ行きますわよッ!」


 ボヤいているウルさんに再びマギーさんが距離を詰め、今度は打ち合いになります。マギーさんが振るう剣をウルさんが手甲で防ぎ、致命傷を避けている状態です。


 ウルさんも反撃しますが、マギーさんはそれを巧みにいなして攻撃へと転じるので、ウルさんも攻めあぐねているように見えます。


「……おっ、やってるやってる」


「あ、兄貴」


 激しい打ち合いが続く中で、兄貴が戻ってきました。その左腕にはギブスがはめられており、見ているだけで痛々しいです。大丈夫なんでしょうか。


『エド君。その腕、大丈夫なの?』


「心配すんな嬢ちゃん」


 オトハさんの言葉にも、兄貴は平然と応えます。


「骨は無事みたいだったからよ。ただそのままにしとくと無茶するからって、ばーちゃんに無理やりはめられたんだよ、これ。鬱陶しいわホント」


「そうだったんですか。大したことなくて良かったですね兄貴」


「おうよ。そんでパツキンは今、どんな感じよ?」


「えっとですね……」


「ハァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「うわっ! うわわわっ!」


 私が答えようとした瞬間にマギーさんが再び吠え、ウルさんに向かって猛攻を仕掛けているところでした。ウルさんは驚きながらもそれを手甲でなんとか捌いていますが、途中途中で防ぎきれなかった攻撃をいくらかもらっています。


 ウルさんとてただやられているだけではなく、攻撃と攻撃の合間を見極めてマギーさんに反撃を入れていました。


 しかし、どうも押されている所為かあまり威力が出ていないみたいで、マギーさんはそれを平然と耐えて攻撃を続けています。


「……あんな感じでマギーさんが仕掛けてはいるんですが、ウルさんもなんとかいなしつつたまに反撃しています。少しずつマギーさんが押しているので、このままいけば……」


「ほーう……」


 それを見た兄貴が感嘆の声を漏らします。見ている限りではマギーさんが押しているようにも見えるのですが、いかんせんウルさんに勝負を決められるような一撃を入れられていないので、打ち倒すにはしばらくかかりそうです。


 兄貴はそれを見つつ、右手でアゴの辺りを弄りながら口を開きます。


「……ねーちゃん、何か狙ってんな、あれ」


「狙っている?」


『ウルちゃんが、何かするつもりなの?』


 兄貴の言葉に、私とオトハさんが揃って首を傾げます。狙っている、と。素人目には、マギーさんが攻め一辺倒なので防御に回るので精一杯に見えるのですが、ウルさんはそれだけではない、ということなのでしょうか。


「ああ。ありゃなんか企んでる奴の目だ。なんかするのか、はたまたしねーのかは知らねーが、見ろよ、笑ってるねーちゃんの顔。必死に防いでますってだけの顔じゃねーだろ。パツキンは気づいてねーみてーだが」


 言われてウルさんの表情までよく見てみると、たしかに彼女は笑っていました。必死な様子はありますが、かと言ってジリ貧で焦っているようには見えません。


 むしろ余裕がなさそうなのはマギーさんの方でした。当然でしょう。あれだけ攻め入って、なおかつ大技まで繰り出しているのです。攻撃の最中、彼女の額から汗が飛んだのも見えました。


『……それにしても』


 すると今度は、オトハさんが魔導手話で話し始めました。今度はどうしたのでしょうか。


『マギーさん、なんだかひどく疲れてるみたい。もう息が切れてるよ』


「疲れてる?」


 彼女の言葉を受けてもう一度、私は打ち合っているマギーさんの方を注視してみました。先ほどから汗が飛び散っているのが辛うじて見えましたが、今はなおはっきりと見えます。


「ハア、ハア、ぼ、木刀が、身体が、重い……何故……?」


 大粒の汗を流し、肩で息をし、持っている共通の木刀がまるで重いものであるかのように、彼女は辛そうな表情を浮かべています。いつも以上に早くきた体力の限界に、動揺を隠しきれていません。


「ハア、ハア、ま、まさか……ッ!」


「……気づいたのかい?」


 そして、とうとう疲労からか打ち込みを止め、距離を取ったマギーさんがキッとウルさんをにらみつけると、ウルさんはしてやったりと口元を歪めて笑っていました。


「その、手甲……魔法が、かかって、いますわね……こちらの体力を、無理やり、削るような……ッ!」


「ご名答。流石はマギーちゃんだね」


 マギーさんの言葉に、ウルさんは指で丸を作って正解と言いました。ウルさんの手甲。そう言えば、予選ラウンドの際に見た時は真っ白で、あんな模様などついてなかったはずです。


 あれが魔法陣であるなら、体力を無理やり消耗させるような魔法とは一体……?


『……"見えない重圧(クリアプレッシャー)"』


 そんな魔法などあったかと私が頭の中の引き出しを漁っていたら、オトハさんが正解っぽい魔法の名前を口にしました。"見えない重圧"、ですか。


『相手にオドやマナを使って生成した見えない重りを付与する魔法。付与された見えない重りは最初は気づかないくらい軽いけど、時間経過と共に加速度的に重くなっていき、それを受けた相手は知らず識らずのうちに体力を奪われていってしまう、相手を弱らせるための魔法』


「さっすがオトちゃん。よく知ってるね」


 オトハさんの説明が大当たりだったようで、ウルさんも頷きました。自慢げに魔法陣の施された手甲を見せびらかしてきます。


 というかこの手甲、予選の時は特に何の装飾もされていなかったので、この決勝のために用意してきた、ということですか。


「"見えない重圧"を施した手甲にいっぱい打ち込んでくれたからさ、マギーちゃんにはお返しに重りをあげてたんだよ。見えないからよく解らないけど、その木刀はもう結構な重さになってるんじゃない? それこそ、持つのも大変なくらいにはさ。身体の方にもいくらか付与したしねー」


「なーるほどなー。何か狙ってるとは思ってたが、もうやってたって訳か」


 兄貴もそうかと納得していました。と言うか思ったのですが、兄貴といいマギーさんといい、盤外から見ている分には冷静に状況を分析できますが、いざ自分が戦うとなったら周りが見えなくなる感じなのでしょうか。


 兄貴も戦っている間は冷静だったかと聞かれたら否だと思いますし、意外とこの二人は似た者同士なのかもしれません。


 そんなマギーさんは、得意げに語っているウルさんに向かって噛みつくように声を上げます。


「こ、これしきのこと……き、汚い手ばかり、使って……ッ!」


「汚いとは心外だね。これを使っちゃ駄目なんてルールはないし、そもそも戦場ではルールもへったくれもないんだよ? やられたらそこで終わり。そうでしょ?」


「~~~~~~ッ!!!」


 声にならない声を上げているマギーさんですが、これはもう勝負はついたでしょう。


 そう思っていたら、あっさりとマギーさんの武器をはたき落としたウルさんが丸腰の彼女のハチマキを奪い、勝負が決しました。


「そこまで!!!」


 グッドマン先生の声が響き、試合が終了します。勝利のピースサインをしているウルさんを尻目に、ズルズルと疲れた身体を引きずって、マギーさんが戻ってきました。


「……お疲れ様でした」


『マギーちゃん、惜しかったね』


「おー、一人も取れなかったかー。残念無念だな」


「……くーやーしーいーでーすーわーッ!!!」


 地面に崩れ落ちたマギーさんは、握りこぶしで何度も何度も悔しそうに地を叩いています。


「もう少し押せていれば間違いなく勝てましたのにッ!!!」


「そうだね。マギーちゃんの方が強いからね」


 うんうんとマギーさんの言葉に頷いているウルさんです。確かにあのまま体力切れがなければ、マギーさんが無理やり押し勝っていたでしょう。


 あの猛攻の凄さは、彼女との稽古で嫌というほど身にしみていますので。


「だから搦め手を使って頑張ったのさ。勝てない相手とは戦わない。戦わざるを得ないなら、策を弄して勝ちの可能性を拾う。今回だって、マギーちゃんの体力がもう少しあったら、多分負けてたしね~。運が良かったよ」


「だな。今回はねーちゃんが、一歩上手だったってこった」


『マギーさんの剣撃、すごかったもんね』


「覚えていらっしゃい! 次は叩きのめして差し上げますわッ!!!」


「え? 嫌だよ。と言うか、もうマギーちゃんとは戦いたくないよ。だってボクより強いもん」


「ムキーッ!!!」


 和やかな会話がなされている中、私は立ち上がりました。木刀を手に取り、先ほど打たれた背中を少し気にしてみますが、特に痛みもないことを確認します。


 よし、これなら、いけます。


『マサト、傷は大丈夫?』


「大丈夫ですよ」


 オトハさんが心配してきましたが、私は問題ありませんと手を振りました。


 いよいよ、私の番です。ウルさんと一対一の、真剣勝負。ゆっくりと歩き出し、先ほどまでマギーさんが戦っていたフィールドへと向かいます。


「……待ってたよ、マサト」


 勝負の場に立つと、正面にいるウルさんが口を開きました。


「最悪、マギーちゃんに負けちゃうかなーとか思ってたけど、なんとかなったし。これで文句もイチャモンもなしに勝負できるね」


「イチャモンとは失礼な。ちゃんとしてなかったそちらの瑕疵じゃないですか」


「ま、それはもういいさ」


 こちらの軽口をあっさりと流したウルさんが、手甲ごとこちらに拳を向けて言葉を続けます。


「勝負だよマサト。君とボクの勝負。君とボクだけの勝負だ。白黒ハッキリさせようじゃないか」


「当然です」


 私は木刀を真っ直ぐに構え、刀身越しにウルさんを見据えました。


「勝つのは私です。ウルさんこそ、負ける覚悟はできましたか?」


「いんや全然。だって勝つのはボクだからさ。勝って君を、ボクのものにしてあげるよ」


「戯言を」


『ちょっと待ってマサト。ウルちゃんのものになるって何? わたし、その話聞いてないよ?』


 バチバチにウルさんとメンチを切っていたら、オトハさんから何か言われたような気がしましたが、おそらくは気のせいでしょう。


「個人戦五回目、開始!」


 やがて発せられたグッドマン先生の開始の合図と共に、私たちは互いへと向かって駆け出しました。

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