第46話 決勝ラウンド①


「決勝ラウンド、開始ッ!!!」


 予選ラウンドと同様に、グッドマン先生の一声で決勝ラウンドが始まりました。私たち三組は、ウルさんがいる四組との戦いとなります。ウチのクラスは八人。相手は九人残っています。


 その中には当然、ウルさんもいました。オトハさんとマギーさんが手を振り、彼女もこちらに気がつくと、気さくな感じで手を振り返してくれます。


 ただ私と目が合った時には、ベー、と舌を出してそっぽを向いてしまいました。賭け勝負のやり直し、やはり不満みたいですね。


『……ウルちゃんと、何かあった?』


「いいえ何にも」


 それに気がついたオトハさんに探りを入れられましたが、適当に流しておきました。


 オトハさんが、怪しい、と言った感じで私の方を睨んできているような気がしますが、きっと気のせいでしょう。


 それはさておき。四組との戦いが始まります。ウチの先鋒は、マークさんです。


「今度こそいいとこ見せてやるぜ!」


 気合いは十分です。それに対して相手である四組も知らない男子生徒が出てきます。気合い十分なら、何とか一人は持っていってもらいたいものです。


 ただでさえ人数負けしているため、こちらが勝つには最低二人を誰かが勝ち残りしなければなりません。ここでマークさんが二人くらい倒してくれたら後続も楽なのですが。


「個人戦一回目、始め!」


「ぎゃぁぁぁあああっ!!!」


「そこまで!」


 しかし、グッドマン先生の開始の合図とともにマークさんが斬りかかり、そしてあっさりと返り討ちに遭ってハチマキを奪われてしまいました。


 これで七対九。いきなりウチのクラスの不利が加速します。期待は薄かったとはいえ、もう少し奮闘してもらいたかったものです。


「あーあ。マークの野郎、口だけかよ、ったく……んじゃ、行くとすっかな」


 そう言って名乗りを上げたのは兄貴です。木刀を肩に担ぎ、ゆっくりとマークを倒した相手生徒の前に立ちます。


「ファイトです兄貴」


『頑張ってエド君』


「野蛮人。負けたら承知しませんことよ!」


 私たちからの声援に後ろ手で返事をすると、兄貴は担いでいた木刀を降ろし、真っ直ぐ構えました。相手を睨みつけ、開始の合図を今か今かと待っている様子が見て取れます。


「個人戦二回目、開始!」


「ウラァァァアアアアアアアアアア!!!」


 先生の合図の直後、兄貴が声を上げて相手に突進していきました。突然の絶叫にビクッと身体を震わせた相手生徒は、身がすくんでしまったのでしょう。


 真っ直ぐ振り下ろされた兄貴の木刀をなんとか受け止めはしたものの、鍔迫り合いの体勢からそのまま押し切られてしまいます。


「うわっ!」


「オラァッ! 吹き飛べやぁ!!!」


 そのまま相手を転ばせた兄貴が振るった一撃で相手の木刀を弾き飛ばし、丸腰になった相手も突き飛ばし、倒れた生徒から容赦なくハチマキを奪います。


「そこまで!」


「ビビったら負けだぜ。さあ、次はどいつよ?」


 倒れた相手に一瞥だけ向けると、兄貴はさっさとかかってこいと言わんばかりに右手で持った木刀を肩に乗せ、左手でクイクイっと手招きしてみせます。


「次は俺だぁ!」


 威勢のよい声と共に、相手クラスの一人が立ち上がります。あのガントさんほどではありませんが、大柄な身体に鍛えていることがよく分かる太い筋肉。


 兄貴の筋肉が引き締まっているのなら、この人のは肥大化しているといった感じでしょうか。


「あいつは、四組の力自慢のハイヤーだな」


 いつの間にか復活してきたマークさんが、聞いてもいないのに情報をくれます。


「アイツの力は相当なもので、噂じゃ二対一でも腕相撲に負けなかったらしいぜ」


「……貴重な情報はありがたいんですが、頭のたんこぶは大丈夫なので?」


「……大丈夫じゃねーわ。お婆ちゃんとこ行ってくる」


 木刀でしばかれた箇所に綺麗な形のたんこぶが出来ていたので思わず心配したら、マークさんはあっさりと救護班のお婆ちゃんのところに歩き出しました。


 あ、やっぱり痛かったんですね。傍から見てても痛そうだなとは思っていましたが。


「ほお、少しは楽しませてくれそうじゃねーの、デブ」


「んだとこの悪鬼羅刹野郎!」


 それって悪口になるんでしょうか。素朴な疑問を抱いていたら、兄貴が木刀を腰に納めています。あの構えは、もしかして。


「……野蛮人、あれをやるつもりですわね」


『"流刃一閃"、だったっけ? 最近は見てなかったけど……』


 私が気がつくのと同時に、マギーさんとオトハさんも気づいていたみたいですね。


 兄貴の持つ技の一つ、居合抜きである"流刃一閃"。目にも留まらぬ速さと、マギーさんが一発で手首を痛める程の威力があります。


「野蛮人は一撃で決めてしまうつもりなのですわ。変なことされる前に、ということなのでしょう」


 マギーさんが兄貴の戦略を分析しています。彼女の見立てでは兄貴は先手必勝。有無を言わさずに一発で終わらせるつもりとのことでした。


 まあ、この後で勝ち残っていくつもりなら、余計な体力を使わずに仕留めたいという気持ちも解ります。兄貴は、一人で全員やってしまいたそうな感じも見えますし。


「個人戦三回目、開始!」


「ウラァァァアアアアアアアアアア!!!」


 先生の合図と共に、兄貴が再び声を上げながら駆け出しました。走りながら腰に納めた木刀を抜く動作のまま、相手であるハイヤーさんに斬りかかります。


「"流刃一閃"ッ!!!」


「ォォォオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 放たれた兄貴の剣閃に対して、ハイヤーさんも声を上げながら木刀を構え、それを真正面から受け止めました。おお、凄い。兄貴の剣を真正面から受け止めるなんて。


「……やるじゃねえかデブ」


「……癪だが、半人が言ってたことは本当だったな」


 半人が言ってたことは本当だったな、とハイヤーさんが言っていました。半人、魔族とのハーフの人の蔑称で、相手クラスにハーフなんて一人しかいません。ということは、つまり。


「……あのねーちゃん、俺のこと言いふらしてやがったな」


 兄貴も気がついたのか、鍔迫り合いの際にチラリと、ウルさんの方を見ます。それを見た彼女は、あ、気づかれた? とでも言わんばかりに自分の頭にコツンっと握りこぶしを当てて、舌を出してみせます。


「……ウルさん、私たちの朝練を見てましたからね。放課後にもたまに、オトハさんやマギーさんとの組み手の時も現れてましたし。ということはつまり……」


『エド君の戦い方。それにわたしやマギーさんについてもきっちり調べてた、ってことだね』


「……ただ見学に来てるのかと思っていましたら、抜け目のないですこと。ほんっと油断なりませんわ」


 兄貴の戦いを見ながら、私はオトハさん達と話します。事実、戦い方を把握されているからか、兄貴は先ほどとは違い、少し押され気味になっていました。


 いや、剣を振るって押しているのは兄貴なのですが、ことごとくいなされてしまっています。


「こんのデブがぁぁぁ!!!」


「あの様子では、正攻法は難しいですわね」


 吠えながら攻撃を仕掛け続け、そしてかわされ続けている様子をみて、マギーさんが息をつきます。


「向こうはこちらの手を解っている様子。ならば意外性を持って、自分の攻め手を変えるなり、一度守りに入って様子を見るなりしなければ、この流れは崩せないでしょう」


「兄貴、頭に血が上り始めているように見えるんですが、大丈夫なんでしょうか」


「全然大丈夫じゃありませんわ。全く、短気ですこと。わたくしのように余裕を持って状況を見極めなければ、あっさりやられてしまいますことよ?」


 入学式当日に兄貴に挑発されて、ホイホイ決闘までしに行ったマギーさんとは思えない発言ですね。


「マサト? 言いたいことがあるならはっきりおっしゃってくださいませ?」


「いいえ何にも」


『あっ』


 マギーさんとあれこれやり取りをしていたら、オトハさんがこちらの肩を叩いてきました。


 何事かと見直してみると、今度は兄貴が木刀を逆に弾き飛ばされてしまっており、丸腰になっています。


「や、やったぞ! あの悪鬼羅刹に勝てるっ! この俺がっ!」


 ハイヤーさんも興奮したように声を上げており、今にも兄貴に斬りかからんとしています。大ピンチ。一目で分かる状況ですね。


「あ、兄貴!」


 私は思わず声を上げました。このまま兄貴は、黙ってやられてしまうのでしょうか。予選で大暴れしていた兄貴でしたが、やはり世の中上には上がいるということなのかもしれません。


「いいいいいやっほぅぅぅっ!!!」


 そう思っている内にハイヤーさんが兄貴に向かって突進していきました。持っている木刀を振り上げて、真っ直ぐに兄貴へと振り下ろします。


「舐めんじゃねーぞオラァ!!!」


 そうされた兄貴が取った行動は、実にシンプルなものでした。それは、相手の木刀を左腕一本で受け止めるというウッソだろお前。


「は?」


「オラァッ!」


「ぶへらぁ!?」


 まさか左腕で受け止められるとは思っていなかったハイヤーさんが呆けた声をだしたのもつかの間。兄貴はすかさず相手の顔面に右ストレートを叩き込みました。


 顔を殴りぬかれたハイヤーさんがよろめいている隙に、兄貴はその頭に巻いてあるハチマキを奪います。


「そこまで!!!」


「……っぶねー。マジで焦ったわ」


 グッドマン先生の声が響き渡り、試合終了となりました。勝ったのは兄貴。流石です。左腕が痛むのか、右手で擦りながら一息をついています。


『……まさか、左腕を犠牲にするなんて。大丈夫かなぁ……』


「……頭の悪い戦法ですこと。全く、あの野蛮人は」


 心配するオトハさんと、呆れているマギーさんです。私としては勝ってくれたのは大きいので素直に嬉しい気分もあるのですが、相当痛いのか、顔をしかめている兄貴を見ていると、イマイチ喜べません。完勝には到底及ばない辛勝、といった気分でしょうか。


「そこの生徒。今日はもうやめておきなさい」


 やがて救護班のテントからお婆ちゃん先生が出てきました。杖をつきながら、ゆっくりと兄貴の元へと歩いていきます。


「左腕、やってしまったでしょう? 診てあげるからこっちへおいで」


「へっ! 気遣いありがとよばーちゃん。だが、心配すんな。俺はまだやれイデデデデデデデデデッ!!!」


 俺の戦いはまだまだこれからだ、と意気込んだ兄貴の左腕を、お婆ちゃん先生は杖で容赦なくつつきます。


 兄貴がたまらず声を上げているところを見ると、相当痛そうです。それはそうでしょう。力自慢と噂のハイヤーさんの一撃を真正面から受け止めたのです。痛くない訳がないですよね。


「何しやがるババアッ!?」


「左腕、もしかしたら骨にヒビが入ってるかもしれないよ。怪我してんのに無理にやって、無様に負けたうえに怪我が悪化したらどうするんだい? 今日はもうおしまい。いいね?」


「エドワル。聞いた通りだ。お前はここで棄権だ」


 お婆ちゃん先生の後に、グッドマン先生もやってきました。


「救護班の先生の言うことを聞け。聞かないなら、余計な怪我を増やしてでも俺がお前を大人しくさせてやろう。大丈夫、行き先はどうせ保健室だ。怪我の一つや二つ、増えても誤差だ」


「チッ……わーった、わーったよ」


 結局グッドマン先生に諭された兄貴は、そのまま棄権することになりました。まあ、使えない左腕のままで戦うのは流石に危ないのでしょう。


 士官学校とはいえ、まだイベントの模擬戦の段階です。先生方としても、いたずらに怪我させることは避けたいのでしょう。


「聞いての通りだ。勝ちはしたがエドワルも負傷ということで退場。三組も次の生徒が出るように」


「わたくしの番ですわね!」


 そうして立ち上がったのはマギーさんです。意気揚々とした様子で木刀を掴むと、さっきまで兄貴が戦っていた場所まで歩いていきます。


「さあ、どなたが相手してくださるのかしら!?」


「ボクだね」


 そんなマギーさんの前に現れたのは、四つの耳と尻尾を持ち、手甲をはめたまま、こちらに向かってにこやかに手を振っている人間と魔族のハーフの女子生徒。


「貴女は……」


「お手柔らかに頼むよ、マギーちゃん」


 両の腕に何かの魔法陣のような模様が施された手甲をつけている、ウルさんでした。

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