第48話 決勝ラウンド③


「ォォォオオオオオオオオッ!!!」


 予選ラウンドと同じく、私は声を上げて自身の気分を盛り上げ、ウルさんに向かって打ち込みました。木刀が手甲に当たって鈍い音がし、防がれたと解った私はすかさず身を引きます。


「……どうしたんだい? もっと打ち込んできなよ」


「お断りです。"見えない重圧"、まだ継続中なんでしょう?」


 相手の手足から視線を逸らさないまま、私は返事を返します。ウルさんの手甲に施された"見えない重圧"は、おそらくまだ展開中のはず。


 下手に打ち込んであの手甲で防がれてしまえば、その瞬間、私の木刀に重りが贈呈されてしまいます。


(あの魔法の効果が効き始める前に、速攻で倒してしまいたいのですが……)


「そんなに離れなくてもいいじゃないか。ボクの中に、飛び込んでおいでよ、マサト」


(かと言って、隙を見せるようなウルさんじゃありません)


 先ほどの一撃で既に一つ重りをもらっている私は、ジリジリとウルさんとの距離を図ります。安易に飛び込んでこない、かと言って隙を見せた相手に切り込める、絶妙な距離を。


「……って考えて、ボクとの距離を測ってるんだろうけど、甘いよ!」


「っ!?」


 するとウルさんが一気にこちらに距離を詰めてきました。ダッシュの勢いをそのままに殴りかかってくる拳を、私は木刀で受け止めます。


「ほらほらほらほら! どうするんだいマサトッ!?」


「くっ、このっ……!」


 そのまま乱撃を叩き込んでくるウルさんです。何とか木刀で対応しますが、このままでは不味いことは火を見るよりも明らか。


(っ!? 木刀が、少し、重くなった……?)


 攻撃を受けている内に少し手応えの変わったように感じた私は、乱撃の合間に無理やり、足払いによる一撃を入れに行きました。


 これもマギーさんとの稽古でやられた一手です。木刀ばかりに集中していたら死角から足を払われて、そのままボコボコにされたのは嫌な思い出ですね、間違いなく。


 あの時の私と同様に、まさか足が来るとは思っていなかったのか、ウルさんもモロに払われてしまいます。


「なっ……!」


「今ですっ!」


 前のめりで倒れたウルさんの頭にあるハチマキを右手でつかみにかかりましたが、それは咄嗟に頭を庇った彼女の手甲に阻まれてしまいます。しまった、手甲に触れてしまった。


「くっ……!」


「お返しだよっ!」


 反対の手と膝で何とか倒れ込むのを阻止したウルさんが、今度はその体勢から身体をひねって私に足払いを仕掛けてきます。ギリギリのところで上にジャンプするのが間に合い、何とかかわすことができました。


 そのまま横へと距離を取った私は、手甲に触れてしまった自分の右手を確認します。


 グー、パー、と握って開いてをしてみますが、今のところ異常はありません。最初は気づかないくらいに軽い、のでしたかね。


「……やるね、マサト。頑張ってたのは伊達じゃない、ってとこかい?」


「……私とて、意地の一つも持っていますので」


 体勢を直し、立ち上がったウルさんが私を見ながら口を開きます。その顔はどこか、嬉しそうにも見えます。再度対峙する私たちですが、私は頭の中で次はどうしようかと必死に考えていました。


 足払いは既に警戒されているでしょうから、もう使えないかもしれません。かと言って無闇矢鱈と打ち込めば、マギーさんの二の舞を演じてしまいます。


 しかし守ってばかりいては、結局は"見えない重圧"を重ねがけされてしまいジリ貧に……あれ、これ詰んでませんか?


 一度触ってしまった手はまだ無事ですが、攻撃を受け続けていた木刀は違います。まだ持てない程ではありませんが、手に持っていて解るくらい、さっきより重くなっています。このままでは……。


(……いや、まだ何かあるはず……ッ)


 諦めなければ、思わぬ道がみつかるものです、という威勢のよいセリフが頭によぎります。チラリと来賓席の方を見てみると、ノルシュタインさんがこちらを見ているのが解りました。


(……気のせいかも、しれませんが)


 他のクラスの決勝ラウンドもやっているのに、ノルシュタインさんは私の方を見てくれているような、そんな気がします。


 まあ、おそらくは気のせいでしょう。私の戦っている隣の場所では、上級生の戦いが繰り広げられていますしね。


 それよりも、何よりも。


(負けるわけには、いきませんッ!)


 そう心に決めた私は、勢いよく駆け出しました。考えて解らないなら、まずはやってみましょう。


 どうせ守り続けてジリ貧になるくらいなら、攻め立てて光明を探しましょう。さっきのマギーさんだって、もう少しのところだったのですから。


「ォォォオオオオオオオオッ!!!」


 声を上げ、ウルさんに向かって木刀を振り下ろしました。上から、横から、あるいは突きの形から、日々素振りをしていた形の斬撃を、絶え間なく振るいます。


「グッ……! やるね、マサト、でも、これくらい、なら……ッ!」


 時々フェイントを入れて、ウルさんに攻撃を続けます。たまにヒットはするのですが、先ほどのマギーさんと同様に決定打にはなりません。じわじわと彼女を削る作業になっています。


「ガハッ! ……まだまだ、これから、ですよッ!」


 そして、もちろん彼女からの反撃がこないハズもなく、何発かもらってしまいました。痛みを気にするヒマもないまま、ウルさんとの打ち合いに集中します。


「やっちまえ兄弟ッ!」


「マサト! 負けたら承知しませんことよッ!」


『マサト、頑張って! あと終わったら聞きたいことがあるから逃げないでね! 逃がさないからねッ!』


 耳にかすかに届いている、皆さんからの応援。気持ちが奮い立ちますね。


 若干、オトハさんから不穏な発言もある気がしますが、これも気のせいでしょう。集中集中。


(……ッ! 木刀が……かなり……)


 しかし、その間にも木刀には"見えない重圧"が加えられ続けています。


 気がつくと、私の木刀はまるで鉛でも巻かれたかのような重さになっていて、一振りするだけでも相当な力を使うようになりました。身体の方も徐々に重くなってきている気がします。


「ハア、ハア……もう、少し……ッ!」


「こん、の……し、しぶといね、マサト……ッ!」


 運が良いことに、直前の戦いで削れていたウルさんの息も、かなり上がってきています。


 よし、こうなったら体力勝負に持ち込むのも一つの手です。今の今までどれくらい打ち合っていたかは解りませんが、このまま……。


「ハア、ハア、こ、このまま、押し切る、気かい? 悪いけど、そうは、させないよ!」


 打ち合っていたウルさんが突如として後方に下がりました。今までにない動きに、私は思わず身構えます。


「こ、ここまでゴリ押してくるとは、思ってなかったよ……なら、これはどうだい!?」


 そう言ったウルさんは、自身の身体の前で両の指を宙に走らせました。ここに来て魔法ですか。そうはさせまいと私は駆け出しましたが……。


「遅いよッ! "見えない重圧(クリアプレッシャー)"、"過重圧(オーバーウェイト)"ッ!」


「ぐああああああああああッ!?」


 向こうの方が一歩早く、彼女そう叫んだ直後、木刀と身体に先ほどまでとは比べ物にならないくらいの重さが加わりました。


 重すぎてもはや持てなくなった木刀は地面に落ち、重すぎる身体を支えることができず、地面に膝をつき、かしずくような姿勢になります。


 許されるなら倒れ込んでしまいたいくらいなのですが、そうしてしまうと二度と体勢を戻すことはできない気がしており、何とか持ちこたえています。


「や、やってくれました、ね……」


「ああ、やってやったよ……」


 何とか顔を上げてウルさんを見てみたら、彼女もかなり息が上がっているみたいでした。


「た、ただでさえ、魔法を展開しっぱなしだったところに追加で、付与した重さを一気に引き上げる魔法だ。ボクのマナの変換回路も、もう限界だよ。割れそうなくらい頭は痛いし、ここに来て、この異常な疲労感だ……」


 彼女もなかなかに限界だったみたいです。そりゃそうでしょう。マギーさんと私の二連戦の間、ずっと大気中のマナを魔力に変換して魔法を展開し続けていたのです。変換回路の酷使は、脳に負担をかけますからね。


 しかもそれだけではなく、ひたすら打ち合いをしながら。頭も身体も動かし続けていて、疲労がたまらない訳がないのです。


「でも、これで、終わりさ……」 


 よろよろと身体を引きずるように、ウルさんがこちらに近づいてきます。このまま身動きができない私からハチマキを奪って、勝利するつもりなのでしょう。


 向こうが限界だからといって、こちらが動けるか否かはまた別の話。ただでさえ"見えない重圧"で削られていて戦うのも精一杯だったというのに、そこにこの重さ増量キャンペーンの魔法です。


(不味い……このままでは負けてしまいますッ!)


 足も腕もプルプルと震えてきており、立つことさえ気合を入れてやせ我慢しなければ危うい私の身体。


 しかし、座して敗北を受け入れるのは断じて否。ならば、何とかやれそうなことを探したいのですが……。


(チャンスは、ウルさんがハチマキを取りに私に近づいた時……)


 私が何かするならば、ウルさんがハチマキを奪いにきた時以外ありえません。近づいてきた彼女に不意打ちで、最後の抵抗をする。これしかありません。


 下手にかわされてしまえばもうお終いです。次の一回に失敗したら、私の身体は限界を超えて、そのまま倒れてしまうでしょう。


 再度何かをするような体力は、もう残っていません。そんな予感がプンプンしています。ギリギリまで、ギリギリまで引きつけてから確実に。


(もう少し、もう少し近づいて……)


「……近づいて、くると思ったかい?」


 しかし、ウルさんは何を思ったのか、私の手の届かない位置で立ち止まりました。驚いた私が目を丸くしていると、ウルさんがニヤリと笑います。


「ハア、ハア、お、大方、ボクがハチマキを取りにきた時に、最後の抵抗でも、しようとしてたんだろう? そんなことはお見通しだよ。ワンチャンスなんて、くれてやるもんか。あとはボクの変換回路が持つ限り、君に"過重圧"をかけ続けるだけでいい。ボクはここで、君が完全に倒れるまで、待つだけでいいんだ。そんな危険は、侵さないよ」


「な……ッ!」


 彼女からかけられた言葉は、私の最後の希望を粉々に打ち砕くものでした。"見えない重圧"の"過重圧"を展開し続けるだけでいいウルさんと違って、私は疲労困憊の身体でひたすら、かけられた魔法の重さに耐え続けなければいけません。


 いくら魔法の持続に変換回路を酷使するからといって、全身で重圧に耐え続けなければならない私よりは遥かにマシでしょう。最後の最後で、まさかの持久戦です。


「た、体力勝負にしたかったのは君だろ? 受けてあげるよ、その勝負。まあ、辛いのは君の方だけどね」


「くっ……!」


「……諦めなよ、マサト」


 そう言うと、肩で息をしていたウルさんは少し離れたところで地面に座り込みました。何度か深呼吸を繰り返して、息をゆっくりと整えています。


「ボクはもうこうやって座って、君が力尽きて倒れるまで見てるだけでいい。対して君は、その疲れた身体を無理やりにでも引きずって、ボクの所まできて、頭のこれを奪わなきゃならない……どう考えても無理だろ?」


 最早勝ちが決まったと言わんばかりに、彼女は語りかけてきます。確かに、彼女の言うことは正しいのでしょう。私は今、空っぽになったビンの底にこびりついた水滴の残り滓のような、なけなしの体力を必死に振り絞って重圧に耐えています。


 もちろん、こんな状態が長続きする訳もありません。気を抜いてしまえば簡単に倒れ伏してしまい、一度倒れてしまえば体力の残っていない私は、起き上がることもできないでしょう。


「諦めなよマサト。ボクの勝ちさ。やっぱり君は、ボクのものになるんだ」


「…………」


 ウルさんが得意げに言い放ってきます。ここで諦めてしまえば、楽になれるのでしょう。こんな重圧に耐え続ける必要もなく、魔法が解除されれば重さも一気になくなって、解放感に包み込まれるに違いありません。それはもしかしたら、一種の快楽なのかもしれません。


 それでも、です。


「……それは、どうですかね」


 のんきに座り込んでいる彼女に向かって、私はそう返しました。ここで諦めるくらいなら、あんな屁理屈をこねて勝負を引き伸ばしたりしません。私は、諦めが悪いのです。


「何を言っているのさマサト? もう勝負はついた。君の負けさ」


「ま、まだ……まだ勝負は、ついて、ません、よ……私は、諦めが、悪いので……」


 座り込んだ彼女に、私はそう笑い返します。諦めなければ、思わぬ道がみつかるもの。本当にそうですね、ノルシュタインさん。


 まさか、ウルさんが座り込んでくれるなんて。


「……貴女の敗因は、一つ……最後の最後で油断して、詰めを誤ったこと、ですよ……」


「えっ? 一体何を言って……」


 そう言った瞬間、私は覚悟を決めて息を吸い込み、腕で辛うじて支えていた身体を起こして、最後の力を振り絞って両手で宙に魔法陣を描き始めます。


 疲労感で悲鳴を上げる私の身体ですが、そんなことはどうでもいいのです。この機を、逃さない。


「ッ! ま、まだ余力を残してたなんて……」


「遅い! "炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」


 彼女が気がついた時にはもう遅いです。私は描き終えた魔法陣に形をもたせる呪文を叫びました。直後、描かれた魔法陣から炎の塊が放たれ、一直線にウルさんへと向かっていきます。


 もちろん。疲れ切っていてなおかつ座り込んでいる彼女に、それを避けることなどできません。


「っぁぁぁぁあああああああああああああああああああっ!」


 炎の直撃を受けたウルさんの悲鳴が聞こえたかと思うと、彼女は地面に倒れ込んでいました。


 それと同時に、身体に覆いかぶさってきていた重圧がなくなり、私の身体が一気に軽くなります。凄い、解放感が。癖にならないように気をつけなければ。


 余計な力を込める必要がなくなった私は、ゆっくりと立ち上がりました。体力も限界に近いですが、まだ歩けないことはないです、ギリギリ。


 倒れているウルさんの元になんとかたどり着いた私は、その頭からハチマキを奪いました。


「……ホントに、ギリギリでしたよ……でも今回は、私の勝ちです」


「そこまでっ!」


 その瞬間にグッドマン先生の声が響き、私は本当に勝ったのだと安心しました。そして気が抜けた私はそのまま、地面へと倒れ込みました。もう……限界……です……。

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