第11話 わたしがいます


「……落ち着きましたかな」


「……はい」


「……っ」


 ひとしきり泣いた後。私とオトハさんは近くの岩に腰掛け、ジュールさんによそってもらったスープを飲んでいました。


 特に具材のないこのスープの味付けはコンソメスープに似ています。香ばしい香りと一緒にスープが口から喉を通り、食道を伝って胃の中に入ると、不思議と気持ちが落ち着いてきます。


 真っ赤に腫らした目をこすりつつ、ゆっくりとスープの味を堪能していました。


「どうですか、私の自慢のスープは。何分、料理には疎くて、母親からは色々教わったのですが、結局これしか覚えられませんでしたのでね」


「……美味しい、です。凄く……」


「っ! っ!」


 こんなに美味しいスープは、生まれて始めてかもしれません。オトハさんも、美味しそうに口をつけていて、美味しいですかと聞かれると勢いよく首を縦に振っています。


「それは良かった。私のスープも、捨てたもんじゃなかったですね」


「……あたしも好きですよ、隊長のスープ」


 ジュールさんの隣にはルーシュさんがいます。今は、マッドさんとカイルさんの二人が見張りに外に出ているので、彼女は私達と一緒に洞窟の中にいました。私達と少し離れたところで、体操座りをされています。


「おや。意外と好評ですね。マッド君なんかは、味気ないなんて言ってましたが」


「あいつは濃い味が好きだから、仕方ないですって……その、マサト君、オトハちゃん」


 少し口ごもった後、ルーシュさんは私達に話しかけてきました。


「……嫌な思いさせちゃって、本当にごめんなさい。あたしが、悪かったわ」


「い、いえ、そんな……」


 改めて謝られた私は、少し戸惑ってしまいました。どうしようかと思っていたら、オトハさんがトコトコとルーシュさんの前まで歩いていきます。


「……えっ?」


「…………」


 すると、オトハさんはルーシュさんの両手を握り、笑顔で頷いてみせました。大丈夫です、と言わんばかりに。


「っ!」


 それを見たルーシュさんは、オトハさんに抱きつきました。


「ありがとう……ありがとう……ごめんね……怖い思いさせて、本当にごめんね……」


「…………」


 突然抱きつかれたオトハさんは目を丸くしていましたが、やがてルーシュさんの謝罪の言葉を聞いて、ゆっくりとルーシュさんを抱きしめ返しました。


「仲直りできて良かったです。ルーシュさんも、なかなか辛い思いをされてきていますからね……」


 それを見ていたジュールさんが、スープを飲みながらそう言いました。辛い思い、ですか。どういうことなんでしょう。


「気になりますか?」


「っ! は、はい……」


 顔に出ていたのでしょうか。まるで心を読まれたかのような言葉をジュールさんに投げかけられて、思わずビクッと身体が震えてしまいます。


「はっはっは。そんなにびっくりしなくても大丈夫ですよ。気になる言い方をしたのは私なんですからね。ただ、本人がいるのに、私から話すのもどうでしょうか、ルーシュさん?」


「……あたしから話しますので、大丈夫ですよ、隊長」


 やがてオトハさんから離れたルーシュさんは、もう一度オトハさんに微笑みかけると座り直し、ゆっくりと話し始めました。


「と言っても、そんなに大した話じゃないわ。あたしの故郷はこの戦争に巻き込まれて滅んだ。家も、親も、友達も、何もかもね。まあ、よくある話よ、こんなの」


「大した話ですよ、ルーシュさん」


 その話に、ジュールさんが割り込みました。


「大した事なんです。自分の全てを失うなんてことは。それに、よくある話にしちゃいけません。こんなことが今後起きないように、あなたは戦うことを選んだのでしょう」


「……そうですね、隊長」


 ルーシュさんは腰にぶら下がっていた水筒のようなものを取り出し、蓋を開けて何かを飲みました。ふーっと一息ついた後、再び話し始めます。


「隊長の言った通り、あたしは全てを失った。悲しくて悲しくて、何日も泣いた。あの時隊長たちの部隊が来てくれなかったら、あそこで死んでたかもしれない。あたしだけが生き残った」


 落ち着いて話をされているルーシュさんですが、実際どれほどの衝撃だったのでしょうか。自分以外の全てを失う、なんていう感覚は。


「どうしてあたしだけが生き残ったのか。どうしてあたしだけ残してみんなは逝ってしまったのか。ずっと泣いていたわ。でもそんな時に、隊長がお話してくれたの。『あなたは残されたんじゃない。みんながあなたに生きて欲しいと願ったからなんですよ』ってね」


「そんなことも言いましたかなあ」


「まだボケるには早いですよ、隊長」


 だいぶ調子も戻ってきたのか、ルーシュさんはジュールさんの茶々にも、笑顔でツッコミを入れます。


 しかし、ルーシュさんはパっと見て二十代後半くらいかな、と解るのですが、このジュールさんは一体何歳なのでしょう。中年くらいかなと思っていましたが、ボケるには早い、と言われているのを見ると、実はもう初老くらいなのでしょうか。


「そう言われて、あたしも考えたのよ。残ったあたしに何ができるのかって。いっぱいいっぱい考えて、あたしは戦うことを選んだわ。あたしみたいな人がもういなくなるように。戦争を終わらせて、もう二度とこんなことがないようにしたいと思ったから。あたし以外の人に、戦いなんてない、平穏な生活を送ってもらいたかったから。だから……」


 ここで一度、ルーシュさんは言葉を切りました。私の方を向いて、再度、話し始めます。


「……だからマサト君の話を聞いた時、また戦争の火種になりそうと思って、あんな態度を取っちゃったの……ごめんなさいね」


「いえ、そんなことは……」


 話を聞いて、ルーシュさんも並々ならぬ背景と覚悟を持って、生きていることが解りました。自分で決めた道を、真っ直ぐに歩かれています。


 誰かの都合で、言われるがままに生きている私なんかとは、大違いですね。


「まあ。私としては、ルーシュさんには戦いになんて参加せずに、皆さんの死を乗り越えて、平和に暮らして欲しかったんですがねえ」


「それも考えましたよ隊長。でも、あたしは自分で決めたんです。それに、助けてくれたあなたに恩返しをしたい、というのもありましたよ」


「軍人が民間人を助けるのはお仕事ですからね。恩返しなんて、考えてもらわなくてもよかったのですが」


「そんなこと言って、あたしがいなかったら隊長、少なくとも二回は死んでましたよ。ほら、あの時とか……」


「できれば皆さんの前で、私の恥ずかしい失敗談を語って欲しくはないんですがねえ」


 笑い話をしているお二方を見て、この人達は本当にお互いを信頼しているのがよく解りました。これが、数々の修羅場を乗り越えて一緒に来た仲間、というやつなのでしょうか。


(……いいですねえ……)


 そう思った瞬間。途端にこの人達が羨ましくなってきました。


 正直、今までの人生で、私には仲間や友達と呼べる人などいなかったのです。学校とは勉強とスポーツをする場であったので、一人で勉強して、休み時間にも予習と復習。放課後は部活動に精を出して、終われば塾へ直行する。


 そんな生活が当たり前であったので、一緒に遊んだ人などほとんどいませんでした。それこそ、こんな風に笑いあえるような、友達なんて……。


 談笑を続けるお二方を羨ましがっていたら、クイクイ、と服の袖を引っ張られました。振り向いてみると、オトハさんが笑顔でこちらを見ています。


「っ」


 すると、オトハさんは、先ほどルーシュさんにしたように、両手で私の両手を握ってきてくれました。そして、もう一度、笑いかけてくれました。


『わたしがいます』


 口も動いていないし、メモに書いてある訳でもありませんでしたが、確かにそう聞こえたような気がしました。


 驚いた私ですが、暖かく微笑んでくれるオトハさんに思わず表情が緩み、笑顔で返すことができました。


「……ありがとうございます。これからも、よろしくお願いしますね」


「……っ」


 私がそう言うと、オトハさんは笑顔のまま、コクンっと頷いてくれました。


 そうですね。この世界に来て、一番最初に私のことを心配して、一緒に付いてきてくれたオトハさん。気づかないうちに、もう、彼女は友達と呼べる間柄になっていたのかもしれません。


 初めての、私の友達です。嬉しさと何となく恥ずかしさが来て、私は少し、目をそらしてしまいました。すると、オトハさんが先回りするように動き、私の視界に入ってきます。


「な、なんか恥ずかしいですから……」


「♪」


「や、やめてくださいよ……」


 首を横に振って視線を切ろうとしますが、オトハさんは笑顔のまま手を離さずに、トトトっと動いて私の視界に入るように先回りしてきます。ま、全く……。


「……ところで、マサト君。一つ聞きたいのですが……」

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