第12話 忘れていた思い
オトハさんと手を取り合っていたら、不意に声をかけられました。見ると、ジュールさんとルーシュさんが、ニマニマしながらこちらを見ています。
「……お邪魔でしたかな?」
「もー隊長! 二人の邪魔しちゃ駄目じゃない!」
「「っ!」」
途端に恥ずかしくなった私は、さっと握っていた手を離しました。オトハさんも同じだったのか、手を離した後にそっぽを向いています。
火が灯っているせいなのか、彼女の頬も赤くなっているような気がします。かく言う私も、顔が熱いのでもしかしたら赤くなっているのかもしれませんが。
「いやはや。私は一度失敗している身ですからなあ。若い二人が羨ましいですねえ」
「だからって横槍は根性悪いですよ、隊長」
「はっはっは」
「え、えーっと。な、何かお話があったのでは!?」
あまりこの話題を続けたくなかった私は、強引に話を戻そうとしました。ジュールさんが一度失敗しているというのも少し気になりましたが、とにかく違う話題にしたいと思ったので、勢いで押します。
「そうでしたそうでした。マサト君……君は今後、どうしたいですか?」
「…………えっ?」
唐突に来たのは、予想もしていない話題でした。今後、自分がどうしたいのか。今後というと、これからのこと、でしょうか。
「え、えーっと、その……」
「難しく考えなくても大丈夫ですよ。具体的に、というよりはもっと適当で大丈夫です。こういうことがしたいと思っている、くらいの話で構いませんよ」
「は、はい……」
ジュールさんにそう言われて、私は考えました。この後、自分がどうしたいのか、ということを。
普通に考えるのであれば、元の世界に帰る方法を探して、元いた場所に戻る、というのが常でしょう。勝手に連れてこられたのなら、なおさらです。
しかし正直な話……私は元の世界に帰りたい、という気持ちがあまりありません。
元の世界に帰れたところで、私を放任している家族しか、寄る辺はありません。私の友達になってくれたオトハさんも、良くしてくれるジュールさん達も、元の世界にはいないのです。
それに、あれからもう三年も経っています。元の世界で三年も行方不明になっていて、今更帰ったところで、私はどうなるのでしょうか。
どこへ行っていたんだという両親からの追求に素直に答えたとして、こんなファンタジーのような世界に行っていました、と答えれば間違いなく病院送りでしょう。私だって、実際にこの世界に来なかったら、絶対に信じなかったでしょうし。
まあ、結局は帰れる前提でのお話ではあるのですが、そう思うと、私はこの世界で、オトハさんやジュールさん達と一緒にいたい、という気持ちがあります。
しかし、この世界での私は、人間の敵である魔族の頂点、魔王です。ジュールさん達のお話でもあったように、私の立場はかなり厄介なものということです。
ルーシュさんもおっしゃっていましたが、ジルさん達は間違いなく私の事を血眼になって探しているでしょうし、かと言って人間側のお偉いさんに私のことが知られたら、どんな扱いを受けるのかも想像できないような状況です。
今後もしかしたら、私のこの立場のために、オトハさんやジュールさん達に迷惑をかけることもあるかもしれません……それは、嫌ですね。
良くしてくれる皆さんに迷惑をかけるのは、私としても本意ではありません。そうなると、私は大人しく元の世界に帰る方法を探して、帰ってしまう方が良い、ということになります。
……皆さんと別れたくない、という気持ちも強いですが、やはり迷惑をかけるくらいなら……。
「駄目ですよマサト君」
決意を固めかけたその時、またもや見透かしたかのようなタイミングで、ジュールさんが割ってきました。
「その顔は、本当は嫌だけど……という顔ではありませんか?」
「っ!」
核心を突かれて身体がビクッと震えます。本当に、何なんでしょうかこの人は。全く隠し事ができる気がしません。
「君みたいな子が、そんなこと考えなくてもいいんですよ。子どもは、もっとワガママになるべきです。子どものワガママをどうしたらできるようになるのか、それを考えるのが大人の役目ですからね。そうでしょう、ルーシュさん?」
「……遠回しにあたしが入隊する時に揉めたこと言ってますか、それ?」
「はっはっは」
ため息をつくルーシュさんでしたが、一息ついたところで口を開きます。
「……素直に、したいことを言ってごらん。誰も責めたりしないからさ。あたしだって、ワガママ言ってこの隊に入ってるんだからさ。気にしなくてもいいよ。隊長の言う通り、今度はあたしが、ワガママを聞いてあげる番なのかもしれないしね」
そう言ったルーシュさんは、私に向かってウインクしました。
……私の、本当にしたいこと、ですか……。
お二方に言われた言葉を飲み込んだ時、オトハさんが私の方を見て笑顔のまま、コクン、っと頷いてくれました。
いいんですよ、と言ってくれているみたいです。
「…………はい。ありがとう、ございます……」
受け入れてくれる雰囲気を出している三人にお礼を言いつつ、私はもう一度、考え始めました。私が、本当に、したいこと。
……私が本当にしたいことって、なんでしょうか。
とりあえず、痛かったり苦しかったりする酷い目に遭うのは、もう嫌です。それは確定でしょう。としても、それだけがやりたいことか、と言われたらなんか違う気がします。
私が心の中で思っていること。先ほどチラリと心から顔を出した感情を、素直に出してみることにしました。どう言われるかは解りませんが。
「……私、は、その。本当は元の世界に、あまり、帰りたいと思わないので……こちらで、良くしてくれる皆さんと……一緒にいたい……です……」
「はい。もちろんですよ」
私がなけなしの勇気を振り絞って言ったお願いは、ジュールさんによってあっさりと承諾されました。な、なんか、意気込んでいた私がバカみたいに思えてきて、顔が赤くなります。
「えっ……? い、いいんです、か……?」
「もちろんです。私達と一緒にいたい、というお願いですね。解りましたとも。人国に戻ったら一緒に暮らせるように、手配しましょう」
「となると、身分も必要よね隊長。マサト君は戦争孤児ってことにしておきましょうか。その方が色々と楽ですし。オトハちゃんはエルフの里に連絡するとして……」
ルーシュさんがそう言った瞬間。オトハさんが勢いよく首を横に振りました。まるで、絶対に嫌だ、と言わんばかりに。
「っ! っ! っ!」
「ど、どうしたのオトハちゃん? エルフの里に、帰りたくないの……?」
その様子を見たルーシュさんが、困惑しています。私自身もびっくりしています。
異世界から連れてこられた私とは違って、帰る場所があるはずのオトハさんが、帰りたくない、と。まあ、私も帰れるかは置いておいて帰りたくないというのが本音ではあるのですが。
「…………」
首を横に振った後、無言で近づいてきて私の腕をひしと抱きしめてきたオトハさんは、うっすらと涙ぐんだ瞳で、私を見上げてきます。
わたしが一緒に居てはだめですか……?
そんな風に訴えられているような気がします。
「い、いや、その……私は、オトハさんが一緒に居てくれるのは……嬉しいのですが……」
「っ!」
私がそう言うと、オトハさんは嬉しそうな顔をして、私に抱きついてきました。
いや、確かに、この世界に来て私の事を一番最初に心配して、逃げる提案をしてくれたオトハさんが一緒に居てくれるのは嬉しいのですが。
(……何か、あったのでしょうか……?)
私と違って、確実に故郷に帰ることができるのに、帰りたくないというオトハさん。何か、帰りたくない理由があることは間違いなさそうです。まあ、私自身、元の世界に帰りたくない訳を詳しく話している訳でもないので、同じなのかもしれませんが。
「……それでは、オトハさんもマサト君と同じ形にしましょうか。何か事情がおありのようですし」
やがてジュールさんが、オトハさんの内心を鑑みてか、そのように言ってくれました。ルーシュさんも、まあ、みたいな感じで頷いています。
「しかし一緒にいたい、ということは、マサト君も軍人になって、私の隊に入りたいということですか?」
そう言われた私は、言葉に詰まってしまいました。確かに皆さんと一緒にいたいのはそうなのですが、軍人になりたいか、と言われるとまだピンときていません。
「い、いえ……そこまでは、まだ……」
「隊長~。流石にそこまではまだ考えてませんって」
「それもそうですね。いやいや、前例がありましたので、思わず早とちりしてしまいましたよ」
「ちょくちょくあたしの入隊のことイジってきますね隊長?」
「はっはっは。気のせいですよ」
「で、でも!」
そこで、私は声を上げました。自分の気持ちを、ちゃんと伝えようと。
「私は、その、まだ色々と解りませんが……できるなら、皆さんのお手伝いしたり、お役に立てたらと……」
「……ありがとうございます」
私の言葉に、ジュールさんがお礼を言いました。
「誰かの役に立ちたいと、その気持ちは何よりも尊いものです。それでしたら、士官学校に行ってみるのはどうでしょうか?」
士官学校。その学校という単語が入った言葉に、私は反応しました。
「士官、学校……?」
「はい。士官学校とは、軍隊に入る前に、色々と勉強するところです。どっちにしろ、マサト君の年齢ではまだ入隊はできませんしね。それなら、士官学校で勉強しながら、ゆっくり考えてみるのはどうでしょうか。軍人になっても良いですし、補給や書類仕事と言ったその他のサポートに付いてくれても良いです。軍隊は戦う人だけではなく、色々な人が必要なんですよ?」
ジュールさんの説明を受けつつ、私はこの世界に来る前に望んでいたことを思い出しました。それは、入学式前日に感じていたワクワク感です。
新しい学校で友達と遊んで、部活をサボったりして、もしかしたら彼女なんていうものもできるかもしれない。小中学校みたいなただ勉強と部活をしていただけではなく、次こそ物語みたいな青春をしたい、というあの思いを。
こちらの世界がどのような学校なのかは解りません。でも、私は、学校という単語に強く惹かれていました。こちらの世界に来てからすっかり忘れていた、学校で青春したい、という思いが、ふつふつと湧き上がってきます。
「……興味があるみたいで」
「……はい」
やはり、ジュールさんには隠し事はできないみたいです。あっさりと士官学校に行ってみたいという思いを見抜かれました。
「せっかくなら、オトハさんもいかがですか?」
「っ!」
そのままの流れで、ジュールさんはオトハさんにも話を振りました。話を振られた彼女を見てみると、行ってみたい、といった雰囲気を出しています。と言うか、勢いよく首を縦に振っていました。
「お二人とも、興味があるみたいで何よりです。それではルーシュさん。本国へ戻ったら、手続きのための書類の用意をお願いします。なあに、一度見たことあるから大丈夫でしょう?」
「一度見たことあるって、それあたしの時のこと言ってませんか? あんな前の話なんて、全然……」
「た、大変っちゃ隊長! ルーシュ!」
すると突然。外で見張りをしていた筈のカイルさんが、慌てた様子で中に入ってきました。
「魔国の奴らがここを嗅ぎつけて来やがったっちゃ!」
その言葉の直後。入り口の方からけたたましい爆発音が聞こえました。
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