第3話 女子高生は知りたがる

「お兄さんおはようございます!」


 最早当然かのように俺の隣を歩く女子高生、新垣花怜。

 あれだけきつくいったにもかかわらずあれから一週間俺の通勤時を狙っているかのように、毎日毎日俺の隣に位置している。 


「挨拶はいらないからその有り余ってる体力を使って、俺より先に行け」

「嫌です。一緒に行きます!」


 一週間も経つと普通に返事をしてしまって慣れ始めている自分が嫌だ。

 どれだけきつくあたろうが、無視しようが新垣はそんなことお構いなしに自分の話を続ける。


 やれ好きな食べ物はキムチ鍋だとか、苦手なことは怖いもの全般だとか、聞いてもいないのに自分の情報をどんどんと開示してくる。


 俺はまだ名前すら言っていない。

 というより俺としてはこの状況が非常にまずい。


 女子高生と一緒に歩くサラリーマン。はたから見ても兄妹というには顔立ちがにてなさすぎるため、それは言い訳がましい。

 そうなると周りから見ると俺は高校生とたぶらかしているダメな大人ということになる。


 もしこの通勤している人の誰かに通報されるようなことがあれば、俺がいくら何もしていないということをアピールしても無駄だろう。


「そもそも、どうして毎日毎日俺と同じ方向に歩いているんだ。お前の高校の距離なら別に自転車通学で行けるだろう。こっちは駅だぞ」


 飯川高校はこの地区にある高校で偏差値は県内で中の下くらいだったはず。

 俺の出身校ではないため、正確な位置まで覚えているわけではないが電車通学しなければいけないほど遠いということはなかったはずだ。


「むー、それもこの間話したはずなんですけどね」


 新垣は不満そうに頬を膨らませながらふてくされたように地面を蹴りながら歩く。


「お前の話をすべて覚えていたらきりがないしな。それにほとんど話なんて聞き流している」


「そんなひどい! でも私の名誉と保身のために言っておきますが、別に私お兄さんのことをストーカーしているわけじゃないですからね! 私もそこまで暇じゃありません!」


「俺からすれば十分暇そうだけどな」


 朝から友達でも彼氏でもなく俺に話しかけてくるくらいだ。よっぽど暇なんだろうなという印象になってしまっても仕方ないだろう。

それに保身をするべきなのはどちらかというと俺の方だと思うのだが……。


「暇じゃないです! 自転車通学は疲れるじゃないですか! 電車という文明の利器があるのであれば、それを有効活用するべきだと思うんです! だから私は電車通学をしています。それがたとえ一駅分しかないとしてもです。だからお兄さんとは駅まで通学路が一緒なんです!」


 何が誇らしいのかまるで自慢をするように、自分の胸を張りながら説明する新垣。

 俺と毎日出くわす理由はわかったが、電車通学する理由がわからない。

 しかもなぜそれを自慢げに力説するのかに至っては、まったくもって理解もできない。


「金がもったいない……」


「大丈夫です! バイトして自分で通学費用は出しているので、両親には迷惑かけていません!」


「ふーん……」


 俺はちょっとだけ感心した。

 俺みたいなサラリーマンに声をかけてくるぐらいだから、何活で稼いでいるか、それか親に費用を出してもらって電車通学をしていると思っていたが、意外としっかりしているらしい。


 いや親に費用を出してもらうのが別に悪いことだとは思わないが、自分で払っているというのはそれだけ自立しているということだろう。それは立派だ。

 ……俺は何目線なんだ。


「ちょっとは私のこと見直しました?」


「うるさい」


「えー、まあお金のことは私はきっちりしているのでお兄さんに迷惑をかけるようなことはしません!」


「やめろ、そんな誤解になりそうな発言を声を張り上げていうな」


 まるで俺が新垣に金を出してあげたりとか何かを貢いであげるような気があるような物言いに聞こえるだろうが。

 パパ活ならぬ兄活ってか。本当に勘弁してくれ。


「お兄さんっていうのもやめてほしいんだが。なんなら俺に話しかけることをやめてくれれば最高なんだが」


「しょうがないじゃないですか。私はお兄さんの名前を知らないから他の呼び方なんてできませんし? あ、後半のは問答無用で却下です」


「別に呼び方なんてなんとでもなるだろう。そもそも俺に話しかけてくるからこういうめんどくさい話になっているわけで」


「えー、じゃあ……おじさん? ほら、嫌そうな顔をするじゃないですか。私も思っていないのにそんな呼び方はしたくないですし…………お父さ」


「久能だ!」


 これ以上新垣を暴走させてはいけない。周りからの評価がパパ活おじさんというものに成り下がる前にこいつの口を閉じなければいけない。


 そんな軽いパニック状態にも似た状態に陥った俺は、気づけば自分の名前を口走っていた。


「へ?」


 唐突な発言に新垣もついていけていないのかぽかんと口をあけている。


「……あれだ。曖昧な呼び方をされても迷惑なだけだし、俺がいくら言ってもお前は付きまとうんだろうし、それなら教えた方がまだ俺のデメリットが少ないと思ってだな……」


「下の名前は! 下はなんというんですか!」


 俺の言い訳がましい言葉など聞いていなかったのか、新垣はとたんに目をキラキラさせながら俺の前に立ちはだかる。


「そこまで言う必要はない」


「私が知りたいんです! ここまで言っちゃったんだからこのまま勢いで教えてくださいよ!」


「……京介だ」


 聞こえるか聞こえないかの音量でぼそっと口の中でつぶやく。

 我ながらいい性格をしていると思う。これくらいの距離であれば聞こえないであろう音量で自分の名を名乗る。


「久能京介さん……覚えました! ありがとうございました」


「いや覚えなくていい……て、話聞けよ」


 最近の高校生はずいぶんと耳がいいらしい。俺の呟きはしっかりと新垣の耳に届いていたようで、俺の名を噛みしめるようにぽつりとつぶやいた後、すごい勢いで頭を直角に下げ、その勢いのまま駅の中へと走り去って行ってしまった。


 自分の顎をさすりながら、なぜ俺は言う必要もない下の名前まで教えてしまったのか。


 自分自身の行動なのにそれが理解できず、それを考えながら駅へと向かった。

 きっと頭がかなり混乱している状態だったんだろう。そういうことにしよう。

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