第2話 女子高生は無防備だ

「お兄さん、お名前はなんていうんですか?」


「…………」


 次の日の通勤路、あの女子高生がまた声をかけてきた。

 昨日と違い背後からではなく、俺の隣に位置して俺の速度に合わせるように歩いている。


 昨日あれだけ拒否する意思表示を見せたにもかかわらず、彼女は俺にロックオンして話しかけてきやがった。

 俺は何か間違えたのか?


「なんで無視するんですかー?」


「君に俺の名前を教える義務はないからな」


「んー? 黙秘権ってやつですか?」


 隣を歩く女子高生はそんなことを呟きながら首をひねっているが、そんな仰々しいものはではない。刑事ドラマの見すぎか。


 そもそも昨日今日話しただけの、どこの誰ともわからない人物に個人情報を与えるなどそんなことするはずないだろう。


 現に今だって彼女は俺の名前を求めるばかりで、自分の名前を名乗っていない。

 意外とそこらへんはちゃっかりしているのかもしれない。


「お兄さんが教えてくれないなら、私が言いますね! 私の名前は新垣花怜といいます。制服からわかっちゃってるかもしれないですけど、飯川高校の2年生! ぴちぴちの16歳JKです!」


 と思っていたら、ぺらぺらと自分のことを話し始めてしまった女子高生。

 まあ……これくらいなら俺がおぼえなければいいだけの話で勝手に話してくれればいい。


「誕生日は12月23日で、あとは……あ、好きな食べ物は」


「待て待て待て!」


 誕生日となってくると話は変わってくる。俺は思わず彼女の話を止めるために、肩を掴んで割と大声で話を止めさせてしまう。


「な、なんですか?」


「お前はバカなのか!? こんな誰が聞いているかわからないところでそんな個人情報をぺらぺらとしゃべって。少なくとも俺に話す内容ではないだろう!?」


「そうですか? 個人情報といっても別に名前と生年月日くらいですよね? あ、あとは出身校? 別に銀行口座の暗証番号を教えたわけじゃないですし……。あ、お兄さんなら別に教えてもいいですよ! 私の口座番号は……」


「シャラーップ!」


 俺の片耳に顔を寄せてきて、ささやくような声で話し始めた彼女の両肩を掴み、押し戻す。


 最近の高校生はみんなこうなのか!? こんなにいろいろとがばがばなのか!? これじゃセキュリティもあったもんじゃないだろうが!


「えーきになりませんか?」


「いち高校生の預金に手を出すほど、俺は金に困っていない」


 俺はなんとか落ち着きを取り戻すと、女子高生の両肩においていた手を離して乱れてしまったスーツを整えながら、歩みを再開させる。


「君はもう少し危機感を持った方が良い。もし俺が特定が得意な悪質な人物だとしたら、名前と学校だけで君の個人情報なんてすべて取得できてしまうかもしれないし、生年月日まで知ってしまえばそれは確実なものとなるだろうが」


「私だって教える人くらいは選びますよ? お兄さんはそんな悪党ではないので教えても何の問題もありません!」


 やけに確信めいた口調で断言する女子高生だが、俺のことなんて全く知らないくせにどこにそんな根拠があるというのか。


 でもそれをそのまま返してもこのままだと押し問答になってしまう。

 ここは大人である俺が一歩引いておくことにしよう。

 口論しても無駄なことは無駄だということを俺は学んでいる。


 だから俺はそんな彼女の言葉にため息ひとつで返すこととした。


「それに!」


 それでも彼女は満足しなかったのか、歩を少し早めた俺に必死でついてきているのか少し息を荒くしながら口を開く。


「私の名前は新垣花怜あらがきかれんです!」


「君はまだそんな……」


「君じゃなくて、新垣! 花怜! です! 名前で呼んでくれるとうれしいんですけど!」


 怒っているのか悲しんでいるのか、彼女は肩を震わせながらうるうるさせた瞳で俺の方をまっすぐに見つめてくる。


「……覚える必要はない。君と俺は何の関係もないんだからな」


「これからはわかんないじゃないですか!」


「いや、俺と君との間にこれ以上の進展はない。進展というか知り合いでもないわけだからな」


「これから知っていけばいいです!」 


 何をそんなに必死になっているのか。

 もはやほとんど駆け足状態になっている俺に食らいつきながら、それでも追い付けないでいるからか少し後ろからそんな言葉を投げかけてくる。


「そんな必要はない。俺は君をどうこうしようというつもりはないからな」


 いつの間にか駅の入り口についていた俺は、少しだけ足を止めると少し距離が離れたところから走ってきている彼女に向かってなるべく冷たい視線を向けてそう言い放つ。


 なぜそこまで俺に固執するのかわからないが、そんなことをしても二人の間には何のメリットもないということをわからなさせなければいけない。


 新垣は昨日と同じ様な呆然とした表情を見せると、俺を追いかけることをやめるようにその歩みが少しずつ止まった。


「学校行けよ」


 こんな何活かわからないことをやっている暇があるなら勉強でもしろ。

 そんな意味を込めてつぶやいた言葉は新垣に届いているかはわからなかった。


 ……くそ、名前覚えちまったじゃねえか。

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