第4話「ゴネてもいいことないですよ?(前編)」


『貴方のスキルは「手料理」です』

「…………え?」


 神々しい声とともに、召喚魔法陣の上に顕現した美しき女性。


「この方こそ『スキルの女神』である──敬意を表せ」

 黙して語らなかった神官が口を開いた。

 どうやら、彼女こそがスキルを与えたもう神だという。


(こ、これが……スキルの女神)


 輝く豊かな髪をさらりと流した美しい女性が、柔らかな笑みを浮かべてレイルを見下ろしていた。

 煽情的だが上品さをこね備えた黄金色の衣を着流し、

 キラキラとした光の粒子を纏い、宙にフワリと浮かぶ神々しい女性。


 それがスキルの女神らしい。


『さぁ、新たなスキルに触れるのです。さすればアナタに力を授けるでしょう』


 そして、彼女の声とともに、台座の上にパァ……! と、小さな光の輝きが生まれた。


 荘厳な輝きは、見るものすべてを魅了してやまない。

 ずっと見ているだけで引き込まれそうなほどで、その光に触れればスキルを得られるという。




 うん……。

 新たな力が得られるっていうけど────……。





「………………いや、その『手料理』って言いました……よね?」


『そうですよ──』


 ふわりと、花が咲くような柔和な笑みをみせる女神。

 常人ならば、威光がまぶしくて思わず首を垂れそうになるだろう。


 だが、


「……ちょ、ちょっ~~~と待ってください!」


『はい……?』


 ──恐れを知らぬものが、ここに一人。


「て、手料理って────あの手料理ですよね?」

『あの手料理が何か存じませんが、「手料理」は手料理ですよ』


 ニッコリ。


「いや、その……。手料理って戦闘スキルじゃないですよね?」

『そうですね』


 ニコッ。


(いや、ニコッ──じゃねぇよ!)

 動揺するレイルとは裏腹に、スキルの女神はレイルの質問に嫌な顔一つせずに答えてくれる。


『──食べるものの心を癒し、郷愁を誘う心優しいス──』


「えっと……。俺──戦闘スキルを願ったんですけど?」

『はい────存じておりますよ。貴方の半生を見て、このスキルが適切だと判断しました』



 …………は?

 ……………………何言ってんのコイツ??



『戦闘スキルがないがために、幼馴染を護衛するクエストが受けられなかったのですね────それが理由で喧嘩をして……』


 的確にレイルの過去を読んだスキルの女神は目に涙を浮かべて語る。

 しかし、それだけに納得がいかない。


「いやいやいや! 知ってるじゃん!! お、俺の半生を見たるじゃん!? な、なら────!!」

『はい。……辛く痛ましい過去をお持ちのようです。だからこそ、「手料理」なのです』


 ──…………はぁぁぁあ??


「いや、意味わかんねーですよ!! アンタ、頭大丈夫か??」

 真面目に『手料理』とかいらないから。




『………………あ゛?』




 柔和な笑みを浮かべていた女神の表情が一瞬揺れる。


「いや、マジで! マジで『手料理』とかいらない! そんなんじゃなくて、俺に戦闘スキルをくださいよ!」


 『あ゛……?』じゃねーから!

 マジでそーゆーのいいから。ジョーダンきついから!!


「いや、『手料理』はないっす!! 別のに!──別のにして!!」


 そう。

 戦闘に使えるスキルならなんでもいい!!


「そうですよ! 贅沢は言いませんから!! 『下級魔法』とか、『剣士』とか、ほらそーゆー適当なのでもいいですから!!」


 冒険者として護衛のクエストに使えるくらいの戦闘用スキルなら何でも──……!


『──て、適当? 今、適当つったか、貴様ぁ…………』


 プルプルと震え始めたスキルの女神。

 その様子に手ごたえありと感じたレイル。


 ここぞとばかりに畳みかける!


「そうっすよ!! なんでもいいんです! 戦闘スキルなら何でも! それで俺はミィナとの約束が果たせるんです! だけど、『手料理』はない! ないわー! アンタ、センスないわー」

『んだと、ごらぁ……』


 プルプルプル……!


(……お、これいけるんじゃね?)


 押し黙った女神を見て、さらなる手ごたえを感じたレイル。

 あと一押しで行けそうだ!!


「お、おい! あいつ不味くねーか?」

「何だアイツ? 女神さまに向かって!──神官様何やってんだよ?!」


 ざわつき始めた地下室。壁際に控えていた神殿騎士が騒ぎ出す。


「やべぇ、神官様硬直してる──あの爺さん、フリーズしてるよ!」

「お、おい、貴様!! なんだその口の利き方は!?────恐れ多くも、慈悲深きスキル神様の御前であるぞ!」


 ──いや、知ってるっつの!


 護衛の騎士が大慌てでレイルに掴みかかる。


「ひ、控えおろう!」

 慌てた様子でレイルを取り囲む騎士たち。

 全員がレイルの態度に真っ青な顔をして、オロオロとしている。


「ハッ?! しまった……。だ、だだだ、誰かあの者を拘束なさい、そして口を塞ぐのです! 今すぐ!!」


 儀式を担っていた高位神官がようやく起動。大慌てで、レイルを指さすと、

「「「うぉぉおおお! 不届き物めぇ!」」」


 手を出していいのかわからず遠巻きに見ていた神殿騎士が一斉にとびかかる。


「うわ! ちょ──暴力反対! うわわわー女神様! 早く戦闘スキルを!!」

『テメェ────きゃあああ!!』


 ビリビリビリ!


 神殿騎士から逃れようと、飛びのいたその拍子に女神のトーガがレイルに引っ張られて少し破れる。

 だが、レイルも騎士たちも必死だ。


「恐れ多くもスキルの女神に向かって、なんたる無礼な!!──控えおろう!!」


 居丈高に叫ぶ神殿騎士たち。

 いや、そんなこと言われたって……!


「あの……、め、女神様! 早く、早く、ちょっぱやで……はやーーーーーく!! ポンとスキルくださいよー!!」

「「き、貴様ぁぁあ!」」


『ちょ! 引っ張んなし──あああああ!!』


 ビリリリリリリ! ぽろん。


 神殿騎士が肩を掴む中、レイルは声を振り絞る。

 だって、『手料理』だなんて絶対に認められない────。


『……て、テメェ──! お気に入りの服ががががががががぁぁああ!!』


 ピクピクと表情筋をひきつらせた女神。

 なんとか表情をとりつくろいつつ、困った顔で頬に手を当てている。


『ぶっ殺……。NOノウ!! あぁ、ダメよ。落ち着け私────ヒッヒッフー……ヒッヒッフー』

「絶対に『手料理』なんて嫌だ!! お願いします!!──俺に戦闘用のスキルを!」


 戦うためのスキルを!

 ミィナとの約束のスキルを!

 

 お願いします!!

 お願いします!!


 ──ガックンガックン!


 ついには女神を揺さぶるレイル。…………すげー揺れてる。


『だからー。もー。だからぁああ!!』

「いやだ、いやだ! ミィナとの約束があるんだ!! いやだいやだ!」


『しつこい、コイツーーーー!!』


 ゴネるレイル。

 みっともなくも、まるで子供が駄々をこねる用意、ゴネる。ゴネる!!


「お願いします! お願いします!! お願いします! どうかぁぁ!!」


 ──ユッサユッサ!!


『もーやだぁ! ちょっとぉぉぉ、もーーーー!!』

「やだやだやだやだやだ! いやだーーーー!! 『手料理』なんて嫌だーーーーー!」


 お願いします! お願いします!

 お願いします! お願いします!


『ちょ……。ちょっとー。もうー。ちょっとぉぉ……うわ、服破れてるし』


 お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!!


 ビリビリビリ──!


 よし、もう一押しだ──────!!


『ちょっとぉぉぉぉおおおお!!』

「お願いしますぅぅうううううう!!」




 どうか俺に戦闘スキルをぉぉぉおおおおおおおお!!







『────────………………うるっせぇ』(ボソッ)

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