第三章 本の忘れ物 4
姫さんと図書館を出て、ホームセンターに戻る。
姫さんの手には、数冊の小説と黒い本が握られていた。
「鍵、できていますかね?」
「まあ、少し早めでもいけてるんじゃないか?」
「確かに、いけそうですね」
赤から青に変わった歩行者用の信号機を渡り、姫さんに歩幅をあわせて歩く。
横断歩道の白い線は薄れていて、細かな白と黒の斑模様になっていた。
「…」
姫さんの今持っている黒い本。
図書館の司書の人に尋ねても、結局のところ何もわからなかった。
まあ、それは仕方ないとしよう。
ただ…。
『こちらの図書館の書籍ではないみたいですね。どうぞ、お持ち帰り下さい』
そう言われて、ほぼ強制的に持ち帰らされたのだ。
これは、姫さんの認識されない体質と何か関係があるのか、あるいは関係ないのか。
とりあえず、この本はアパートの部屋に置いておくしかないだろう。
「…何か袋を持ってきたらよかったな。それぐらい考える余地はあったのに」
「いえ、いいですよ。ホームセンターから家だって、それほど遠くはないじゃないですか」
よくよく考えれば図書館にレジ袋なんてあるわけないことを何故気付かなかったのか。
その事を悔やみながら、ホームセンターの自動ドアを潜り抜ける。
ポケットから番号札を取り出して、俺は鍵作りの受付に近づく。
「すいません」
俺がそう声をかけると、来た時と同じエプロン姿の女の人が奥から姿を現した。
「お待たせしました。番号札を確認させていただきますね」
俺は番号札を渡すと、女の人は確認をし、奥に戻っていく。
「やっぱりできていましたね」
「ああ。待つ事がなくてよかったな」
実際に、暇つぶしするものもないのだから、よかったと言うべきだろう。
携帯があればなんとかなるのだろうが、姫さんは持っていないみたいだし。
「すいません。こちらになります」
そして出されたのが小さい受け皿に乗せられた、新品の銀色の鍵。
そして、女の人はこの後の保証のことなどの話をしてくれた。
「では、こちらの小袋に入れておきますね」
そう言って、女の人は小袋に鍵を入れて、口をテープで貼る。
俺はとある質問をした。
「一つ質問いいですか?」
「はい?なんでしょう」
俺は姫さんが抱いていた疑問を投げかける。
「どうして、鍵職人になったんですか?あの、答えたくなければいいですけど…」
「あー…」
思っていた事務的な質問でない事に少し戸惑いを見せた女の人だったが、答えてくれた。
「そうですね…。いつの間にか、なっていた…そんな感じですかね」
「いつの間にか…ですか」
「はい。実は私、工業系の高校に行って、この技術を得て、そしたらここになったんですよ」
「あー。なるほど、そういうことですか」
ようやく、俺は女の人がここにいる理由がわかった。
「ええ。こう言ったら、大体の人が理解してくれるんで」
そう言って、彼女は少し笑った。
彼女のその笑顔がどういう意味なのかは、俺にはわからなかった。
・・・
少し陽が傾いて、オレンジ色の空が頭上に広がた時に、俺達はアパートの部屋に戻った。
それから、姫さんが作ってくれた夕飯を食べ、姫さんの後に風呂に入る。
「…毎日風呂に入るって久しぶりだな」
いつもシャワーで過ごしていた日々とは違い、こんなにも身体が温まるのか。
この気持ちよさを俺はなんで知らなかったのか。
いや、知ってはいたのか。
単純に忘れていたのか。
「…とりあえず。これからはできるだけ毎日入ろう」
そんな独り言を呟いて、湯船から立ち上がる。
風呂場を出て、バスタオルで入念に体を拭いて、服を取り出す。
「…あの、魔法使いさん。お風呂上がりました?」
「ん?ああ、上がってるよ。待ってくれ、服を着てるから」
「…あ、はい。待ってます…」
姫さんの足音が洗面室から離れていく音を聞きながら俺は服を着る。
何か、大事な話があったのだろうか。
俺は洗面所を出て、部屋にいく。
「あの…」
姫さんは昼の黒い本を手に持っていた。
その黒い本に何かあったのだろうか。
「えっと、どうかした?」
「この本が…」
姫さんは本のページを開く。
本のページを開く所作は図書館で見たのとほとんど同じだった。
「文字があったんです。最初のページに」
「え?」
図書館で見た時、その時には一切なかったように感じていたがそうではなかったのだろうか。
「見て下さい。その内容が…」
開いた一番最初のページを姫さんが俺に見せてくる。
たった一文、そう書かれていた。
「えっ…と…?」
一体これは何を意味するのか。
俺にはなんとなくの見当がつくことになる。
『女の人に鍵職人になった理由を聞いてくれた』
俺は帰ってくる前、鍵職人の女の人にその職についた理由を聞いた。
黒い本を手に入れて、すぐの出来事だ。
詳しい事は分からないが…。
「…ひょっとするとこれは…何か特別な力を持った本なのか…?」
その日感じた感情を埋めていくだとか、そんな感じの事を予想づける。
「わ、わかりません…。た、ただ、最初に見つけた時は絶対になかったはずです。図書館で最初の一ページ目はちゃんと見たはずなんで」
「なら…間違いなく普通の本ではないな」
これからどうするべきなのだろうか。
どういうものか調べるべきなのだろうか。
そう俺が頭を悩ませていると。
「「…!」」
最初の一文目の文の横に、新たな文が浮かび上がってくる。
『私の話を聞いてくれた』
その言葉だけが浮かび上がった。
…本当にどうすればいいのか分からなくなる俺だった。
幸せな彼女と悲しい魔法使いの忘れ物 足駆 最人(あしかけ さいと) @GOmadanGO_BIG
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。幸せな彼女と悲しい魔法使いの忘れ物の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます