第三章 本の忘れ物 3

ホームセンターを出て、しばらく歩いたところにある市営の図書館に訪れる。

姫さんはペットショップを離れてからは、普通に振る舞うようになって、歩きながら度々会話をした。

風が少し強くなって、顔が冷たくなるのを堪えながら俺たちは辿り着いたのだった。

図書館の入り口には大きなポスターが貼ってあり、『年末年始の予定』と大きく書かれていた。

図書館も年末と正月の三ヶ日は休みらしい。

他にも、色んなポスターが貼られていた。


「ねぇ、魔法使いさん」


「ん」


姫さんの方を見ると、彼女はあるポスターを指差していた。

俺もそれを見てみると、それは図書館の案内のごく一部。

この図書館には、この地元の歴史についての資料館があるらしく、見るのも無料だそうだ。

小さな町の歴史なんて、大した物ではないだろうと、俺は思う。


「魔法使いさんって、この辺りの歴史は詳しいの?」


「いや、興味もなかったし知らないな。何より、ここに長く住んでいるわけでもないし」


「まあ、そうかもね」


姫さんはポスターから目線をずらし、中へ入っていく。

自動ドアがゆっくりと開いた。


「そういう姫さんは知っているのか?」


「…まあ、小学校とかで習ったし」


「そうなのか」


今時の学校はそんな無駄そうな事もちゃんと学ばせるのだなとつくづく思う。

でも今思えば、昔の自分も同じように学んだような記憶が少し呼び覚まされた。


「…ここは図書館だから、静かにね」


「…おっと」


図書館の中は暖房が効いていて、年末が近くなっているせいか、人数は少ないように感じた。

いつもの感じがどれぐらいなのかは分からないので、本当に少ないのかどうかは分からないが。

中にいる人も、年配の人ばかりだった。


「じゃあ俺、カード作ってくるわ」


小声でそう言った。


「わかった。私は待ってたらいい?」


「ああ。何か読んでみたい本がないか探したらいいんじゃないか」


「じゃ、そうする」


そう言って姫さんは、多くの本棚を見て回っていた。

現役の女子高生が一体どういうものを読むのかは多少気になるところだ。

まあ、自分は読書など全く興味はないが。


「すいません」


俺は図書館の受付にいる、眼鏡をかけたおばさんに話しかける。


「はい」


「あの、貸し出しのカードを作りたいんですが…」


「ああ、はい。わかりました」


そう言って、記入用紙を準備してくれる。

名前や住所を書くといった、そういうものだった。

姫さんがいたら、名前がバレてしまっていたなとそんなことを考えながら、記入していく。


「パパー!」


「こら、静かにしな」


記入していると、隣の受付に父親と娘の二人の親子がやってきていた。

娘の方は小学生の低学年ぐらいだろうか。

図書館がどういう場所かわかっていないであろう彼女はたくさん本が置かれているこの場所に興味があるようだった。


「すいません。お騒がせして…」


「いえ…大丈夫ですよ」


父親が俺に申し訳なさそうに言ってきたので、そう言っておく。

これ以上話しかけられても、どう対応すれば分からないので困る。

…特に、こんな子供には。


「すいません。この子に貸し出しカードを作って欲しいのですが」


「はい、わかりました」


どうやら隣の親子も俺と同じ理由で来たらしい。

俺は横目でチラリとそちらの方を見た。


「…」


「…」


…何故こちらをじっと見てくるのだ。

少女はただ話しかけるでもなく、ただこちらを見ていた。

…これならまだ話しかけられる方がマシだな。

俺は記入を早めに済ませ、受付の人に用紙を渡す。


「はいそれでは、これが貴方様の貸し出しカードになります。くれぐれも紛失されないようにご注意ください」


「はい」


緑色のカードを渡されて、俺は受付を離れる。

去る時も、少女はじっと俺の方を見つめていた。

姫さんを探そうと思い、どこにいるのかとキョロキョロしたら姫さんをすぐに見つけれた。

そして、その場に寄る。


「…魔法使いさんは小さい子供は苦手なんですか?」


「…」


ずっと見られていたのか…。


「…いや、そんなことはないんだぞ?」


「いやバレバレですよ。めちゃくちゃ気まずそうにしてたじゃないですか」


なんで反論しようとしたんだ俺は…。


「あんな子、可愛いと思いません?」


「…ああいう子は何考えてるか分からないじゃないか。どういう反応をしたらいいのか分からないんだよ」


「…なるほど」


まだ、『この人自分のこと嫌いそうだな』とわかる方が反応しやすい。

反応するというより、関わるのを減らせばいいだけなのだから。


「ところで、気になる本は見つけたか?」


俺がそう言うと、姫さんは思い出したように言う。


「ああ、それなんですけど」


姫さんは手に数冊持っている本の中から真っ黒な背表紙の本を取り出す。

タイトルも作者も書かれていない。

その黒い背表紙のくたびれ具合や、そこそこの厚みのある中の紙の変色した状態から、古い本だとわかる。


「これです」


「これが…どうかしたのか?」


その数冊を見せるだけでいいのだが、何故その一冊を見せるのだろうか。

…まさか、俺に勧めるとかそんなんじゃないだろうか。


「この本、おかしいんです」


「おかしい?一体何が?」


「この本、図書館の登録がされてないんです」


見てみると、ここの蔵書には図書館専用のバーコードがあるのだが、この黒い本にはそれが見当たらない。


「どこで見つけたんだ?」


「…それが、よく分からないんです。気になる小説を取っていたらいつの間にかこの間に挟まっていたんです」


ならジャンルは小説か。

登録がされていないミスなのか、はたまた誰かの忘れ物なのか。


「それに一番の謎が」


姫さんはそう言って、俺に他の本を押し付けてくる。

俺は仕方なくそれを受け取ると、姫さんはその本のページを開く。


「…これは」


「ええ。何も書かれていないんです」


変色したページには文字は一切書かれていなかった。

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