第三章 本の忘れ物 2

俺と姫さんは広い国道を歩き、とあるホームセンターに訪れていた。

姫さんの合鍵を作る為だ。

しばらく歩いた所には、丁度図書館があるので先に合鍵製作を頼んでおくのが正解だろう。

自動ドアを抜けて、受付を探す。


「…なんだか、合鍵を作りにくるって本当にカップルみたいですね」


「…はは。かもな」


乾いた笑みを俺は浮かべる。

実際そんな経験は俺にはないので、この行動がカップルみたいなのがどうかもわからない。

鍵作りの受付を見つけて、俺はそこに近づく。


「すいませーん」


俺が声をかけると奥から、女の人が出てくる。


「はいー」


エプロン姿のその女の人が受付をしてくれるようだ。

俺はポケットから鍵を取り出して、その人に言う。


「これの合鍵を一つ作って欲しいのですが」


「あ、はい。少々お待ち下さい。そちらをお貸しいただいてよろしいでしょうか?」


「ええ、はい」


女の人は俺から鍵を受け取って、奥へ向かって行く。


「…ねえ、魔法使いさん」


「ん?なんだ?」


姫さんは小声で俺に耳打ちをする。


「あの人が鍵を作ってるのかな?」


「いや、流石にそれはないんじゃないか?」


鍵を作るなんて、予測ではあるがかなり難しいのではないだろうか。

少しでもズレたりしたらいけないだろうし、かなりの精密な作業になるのではないだろうか。


「お待たせしました」


そう言って、値段や製作にかかる時間を教えてくれる。

そして財布に残った昨日のお金を出して、お会計を済ませる。


「それではお時間になりましたら、この番号札を持ってこちらにお越して下さい」


「わかりました」


俺は一番の番号札を受け取って、姫さんとその場を離れる。

姫さんはさっきの人が気になっているのかずっと見ていた。

女の人は受付の奥に入っていく。


「…やっぱり、あの人が作ってるんじゃないですかね」


「他の人も見なかったし、おそらくそうじゃないか?」


世の中、色んな人がいるのだなと思う。

それは姫さんも同じようだ。


「なんであの人は鍵職人になろうと思ったんですかね?」


「なんでなんだろうな?」


なりたくてなったのか。

それとも、仕方なくなったのか。


「そもそも、鍵職人っていう職業そのものが珍しいだろう。珍しい職業についてはあんまり詳しく知らないだろ」


「…ええ、まあ」


「案外奥が深かったりするんじゃないか?知らないけど」


「…確かに、そうかもしれませんね」


姫さんはもう一度受付を振り返った。

誰の姿も、もちろんそこにはない。


「さて、じゃあ図書館に向かうか」


「あ、ちょっと待って」


俺がホームセンターの外に足先を向けていたのを姫さんは止める。


「なんだ、まだ何か用があるのか?」


姫さんは指を指す。

ホームセンターに併設されているペットショップだった。


「ペットは飼えないぞ。流石に」


「わかってる。ちょっと見てみたいな…って。鍵の製作時間って結構長かったから図書館だけじゃ時間が足りないと思うし」


「まあ、確かにな」


俺は足の向きを変えて、姫さんとペットショップに向かう。

明るい雰囲気の場所ではガラス越しに小さな犬が興味を持ってはしゃぎながらこっちを見ていたり、または眠っていたりしていた。

猫は動き回っているものはおらず、じっとこちらを見つめるばかりだった。


「魔法使いさんは犬と猫、飼うならどっちがいいですか?」


ガラス越しのはしゃいでいる白い犬をじっと見ながら姫さんは聞いてくる。


「…猫、かな。犬は飼えないからな」


「…その理由は?」


姫さんは視線をこちらに向けて聞いてきた。


「俺はずっと家にいないから、散歩だったり構ってやることができないからな。逆に猫なら一人でも大丈夫だし散歩もいらないんだろ?」


犬の特性と猫の特性は施設にいた頃、動物好きの子から聞いたことがある。

その子は確か、犬が好きだったはずだ。


「…寂しがり屋な猫もいますよ」


姫さんはこっちを見ながらそう言った。

ふと、その光景が自分の瞳の奥に想像してしまう。

暗い部屋の中、寂しそうに震える茶色い猫の姿。

帰ってきてもすぐに構わないで寝てしまう俺を一瞥して、いつか扉の外に出て行ってしまう。

そしてその猫の姿は何故か姫さんの姿に変わる。


「…そりゃあ。寂しがり屋じゃない猫を飼うしかないな…」


「…」


姫さんは視線をまた、前の白い犬に切り替えた。

何か、不満に思わせることを言っただろうか。

毒にも薬にもならない答えを言った気がする。


「それで姫さんはどっちがいいんだ?」


姫さんにされた質問を聞き返す。

姫さんは即答した。


「私は犬ですね。昔からずっと」


昔からずっとなのか。


「ほう、なんでなんだ?」


少し間が空いて姫さんは答える。


「…犬は一生を飼い主と添い遂げてくれるんです。飼い主がその子に別れを告げない限り」


「…」


「ずっと、辛い時も嬉しい時も一緒にいてくれるんです。だから私は飼うなら犬がいいですよ」


姫さんの言葉に深い意味を感じた。


「姫さんは家で犬を飼ってたの?」


俺がそう聞くと、姫さんは少し笑って言った。


「ええ、飼ってましたよ。数年前に死んでしまいましたけど」


姫さんの目の前の白い犬が高い声で吠えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る