第三章 本の忘れ物 1
十二月二十六日。
惰眠を貪り続けた俺は、昼前に布団から体を起こした。
「あ、起きましたか。今温めますね」
そう言った姫さんがしばらくしてよういされたのが、姫さんが俺に作ってくれた朝食だった。
昨日の豆乳鍋の出汁に米と卵を入れた雑炊だった。
「…美味いな」
俺がそう言うと、姫さんは訝しげな目を俺に向けてくる。
「…魔法使いさんって、昨日から『美味い』しか言ってませんよ」
「…確かにそうだな」
姫さんの料理は心から美味いと思う。
「そんなに美味いを安売りされると、実は嘘なんじゃないかって思っちゃいますよ」
「いや、そんなことはない。本当に美味いんだって」
「ふふっ、本当ですか?」
姫さんは微笑しながら言う。
鍋って偉大だなとつくづく思う今日この頃。
一度用意するだけで、二度楽しめるとは。
「それにしても悪いな。朝からいきなり」
「ううん。ちょっと早くに目が覚めただけだし。…それに、何もしないのは退屈だしね」
「…確かにな」
俺の休日は寝たり、買い出しに行ったり、携帯をいじったりしていたら、いつのまにか一日が終わっている。
だからこの部屋に暇潰しのものがないのだ。
テレビも置いていないしな。
今の時代、暇潰しのオールラウンダーと言えばやはりネットだろうか。
かと言って、今すぐネット環境を揃えるのは少し無茶がある。
「うーん、そうだな…」
しばし悩む。
何か姫さんの暇潰しになるいい方法はないのだろうか。
「…そうだ。姫さんは読書はする?」
俺がそう聞くと姫さんは思い出すような仕草を見せる。
「そうですね…。公開された映画やドラマの小説とかは読んだりしてましたね」
「…なら近くにある図書館を利用してみるのがいいかもな」
俺がそう言うと、姫さんは困ったように言う。
「図書館で本を借りたりするのは、身分証とかがいると思うので、図書館で読むことしかできないと思うので、ちょっと条件が厳しそうですね」
「あー。確かに」
図書館で読むとなれば姫さんは家を出ることになる。
明日からは俺も仕事だし、鍵を開けたまま部屋を出るのはしてほしくない。
かといって、俺も帰る時間が不定期なことが多いので、姫さんが外でずっと一人になるのもよくない。
けれども、しばらく考えて思いつく。
「図書館のカードは、俺が登録したのを使えばいけないかな?」
「…あ、いけますかね」
俺の名義で発行して、姫さんに使わせてあげたらいいんじゃないだろうか。
「あとあれだな。合鍵も作りに行こう。俺も明日から仕事でいなくなるし、部屋を自由に出入りできなかったら不便だろう」
姫さんは少し冗談めかして言う。
「合鍵を作りに行くって、何か恋人みたいですね?」
「ははっ。そうだな」
姫さんが元気そうで何よりだ。
「じゃあ、これ食べ終わったら行こうか」
「わかりました」
今日の予定も決まった。
俺は美味い雑炊を平らげて立ち上がった。
「美味かった。ありがとうな姫さん」
「また、美味いって言ってますよ」
起きたら食事ができている素晴らしさを知った噛み締めて、今日という日が始まった。
・・・
着替えて、身支度を整えて家を出る。
今日の予定は鍵を作ってくれる近くのホームセンターに行って、作ってもらっている間に図書館へ行くと言う手筈だ。
俺の隣を歩く姫さんは昨日と違い、無地の服とズボンを着ている。
服とかズボンの種類はあまり詳しくないので、姫さんが着ている服が何の種類であるかはよくわからない。
「そういえば、ですけど」
「なんだ?」
姫さんが口を開く。
出会ったクリスマスの日は後ろをついてくるだけだったが、今は隣を歩いていて、あの日からだいぶ心を開いてくれたのがわかる。
「私はこれからどうしたらいいんでしょうね。さすがに魔法使いさんの家にずっといるわけにはいかないですし」
「ああ…」
正直、今のところ姫さんの存在は俺にとってはありがたい存在でしかない。
朝起きたら食事も作られている幸せを感じたし、これからもっと助かることが増えるだろう。
でも姫さんには帰る場所がある。
姫さんは帰りたいと望んでいる。
なら、姫さんが帰れるように手助けしてあげるのが俺の仕事だろう。
「姫さんの言っていることが正しいなら、元の世界に帰る方法を探さないとな」
「そうですけど、そんな簡単に見つかりますかね?」
「わからないけど、とりあえず手がかりになりそうな場所がある」
「どこですか?」
「姫さんと出会ったイルミネーションのところだよ」
俺は道の先にあるイルミネーションの場所を指差した。
今はもう、イルミネーションは取り外されていた。
俺と姫さんはイルミネーションがついていた木に向かって歩いていく。
「何か手がかりになりそうなことがあるか?」
「…いいえ、何も」
「そっか…」
俺も今のところ特に何も感じない。
何かがある気配もない。
「まあ、気長に探そう。ふとした時に見つけれるはずだよ」
「そうですね」
結局まだ、何も得ることができなかった。
果たして姫さんを元の世界に帰すことは俺にできるのだろうか?
「よし、行こうか」
「はい」
そういえば、クリスマスイブの日、ここで事故が起きていたな。
そんな事を思い出しながら、特に考えるでもなく俺達はその場を離れた。
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