第二章 日常の忘れ物 1
十二月二十六日。
いつものように目を覚ました俺は、いつもと違う違和感を感じていた。
俺は目を開いて違和感の正体を探ると、隣ですうすう、と寝息をたてている姫さんが目に写った。
そういえば…と思考を巡らせて、昨夜のことを思い出していた。
コンビニで買ってきたケーキを姫さんと食べて、俺は久々に湯に浸かった。
そして、その後…。
『姫さん。布団使うか?』
『いえ。暖房もついていますし、このコートがあれば大丈夫です。私のことは気にしないで下さい』
そう言われて、少しどうしたものかと悩んだが、俺は言われるがままにそのまま眠った。
しかし今、姫さんはコートも着たまま布団に入ってきている。
暖房もついているので、きっととても温かいだろう。
やはりコートだけでは寒かったのだろうか。
どうやら、新たな布団を買いに行く必要がありそうだ。
というか、それだけではない。
姫さんがこれからこの家に居座るのなら、多くの生活必需品を買いに行く必要もある。
「…ん」
隣の姫さんがうっすらと瞼を開いていく。
こちらをぼんやりと見つめていた。
「…おはよう、姫さん」
「…⁈」
俺が朝の挨拶をすると、目を見開いて驚いて布団の外へ勢いよく転がった。
「…な、なんで私達、一緒に同じ布団で寝ていたんですか」
戸惑いながら、小さい声で姫さんは言ってくる。
寝起きだから、いきなり大きな声が出なかったのだろうか。
「それは俺が知りたいですよ。確か俺が布団で寝ていたはずなんですが」
姫さんはハッ、と自分から布団に入ったことに気づいたようだ。
「…何もしてないですよね?」
「俺の意識があるうちは何も」
その言葉を聞いて、姫さんは考え込んだ後。
「…すいません。何も覚えていません」
そうポツリと言った。
この事件は真相がわからないまま、お蔵入りになった。
・・・
俺は布団を抜けた後、朝食を用意する為に冷蔵庫を開いた。
けれど中は勿論空っぽのようなもので、使うことがあまりない調味料とペットボトルの飲み物が数本、それと時々呑む酒のつまみの缶詰があった。
酒は最近は全く呑んでいない。
酒を呑む金があったら、生活費に回さなければならないからだ。
今日は買い物に行こうと心で強く誓った。
とりあえず、今朝はこの冷蔵庫の中身でなんとかしなければならない。
「むむむむむ…」
俺が冷蔵庫と睨み合っていると、姫さんが近づいてくる。
「朝食、私が作りますよ」
「え?」
「居候させてもらうことですし、これぐらいはしないと」
…。
「悪いがそう言われても料理できるものなんてないんだよ。ご覧の有様だ」
俺はそう言って姫さんに冷蔵庫の中身を見せた。
姫さんはふむふむとその中を確認すると。
「お米はありますか?」
「…あるけど。まさか、今から炊くのか⁈」
「ええ。それに…」
彼女は冷蔵庫の中の缶詰の一つからツナ缶を取り出す。
「これさえあればなんとかなります」
そうハッキリと宣言した。
「本当に?」
「私、料理得意なんですよ。…確かに今日はいいものは作れないかもしれませんが、そのまま食べるよりはいいものを作りますよ」
そう言われると俺は引き下がらざるを得ない。
「わかったわかった。じゃあ頼むよ。何か手伝うことはあるか?」
すると姫さんは。
「いいえ大丈夫です。部屋でゆっくりしていて下さい。今日はお仕事はお休みなんですよね?」
「当たり前だ。休日に働くなんて嫌だからな」
本当は忙しい時は休日も働くのだが。
俺は米のある場所を教えた後、彼女に言われるがまま、部屋に入って携帯をいじって待った。
台所から声が聞こえてくる。
「今日の昼食と夕食はどうしますかー?」
「買い物に行くから昼は外、夜は家だな」
「わかりました。じゃあ夜の分も炊いておきますね」
「ありがとう」
ジャー、シャカシャカ、ザッパーン。
米を洗う音が聞こえてくる。
手際よく現れているのがよくわかった。
しばらくして、炊飯器のボタンが押される音が聞こえた。
米が炊けるのに四十分はかかる。
彼女は何をするのだろうと覗くと、彼女はまず台所の掃除をしていてくれた。
ありがたい。
「さてと」
掃除が終わったら、ツナ缶の蓋を開けて中の油を流しに流す。
そして姫さんは冷蔵庫を開けてマヨネーズを取り出した。
俺はここで何を作ろうとしたのかがわかった。
なるほど、ツナマヨか。
確かにそれならご飯が進む。
でも姫さん、ツナマヨなら俺でも作れるぞ?
それを料理とは言わないんじゃないか?
姫さんはツナ缶にマヨネーズを入れてよく混ぜた。
「すいません、魔法使いさん。フライパンは使っていいですか?」
「ん?あ、ああ」
え、フライパン?
一体何をするんだ?
気になって見ていると、姫さんはフライパンを温めて、そして…。
ジュウウウ!
混ぜたツナマヨをフライパンで焼き始めたのだ。
俺はその光景に驚いていた。
ツナマヨを焼いてどうするのだ。
そしてその上に少し、コショウをかける。
そして、米の炊き終わった音が聞こえてくる。
「お待たせしました」
姫さんは米を茶碗に装って、そして先程調理したツナマヨを持ってくる。
「なんちゃって炙りマヨのツナマヨです」
俺は思った。
マヨネーズに焼き目があるだけでこんなにも食欲をそそるのかと。
マヨネーズから、抗い難い物凄くよい匂いがするのだ。
「…いただきます」
俺は箸を持ち、そのツナマヨを米に乗せて口に運んだ。
「…ん!」
コンビニで買って食べるツナマヨおにぎりの数倍は美味しい。
そんなに濃い食べ物であるわけでもないのに、かなりの満足感がある。
「美味い」
俺の言葉に姫さんは頬を緩ませた。
「そうですか、よかった…。私も食べますね」
姫さんが小さくツナマヨを米に乗せて、俺と同じように運ぶ。
「うん。自分にしても、かなりよくできました」
彼女は笑顔で食事を楽しんでいた。
俺はツナマヨを米に乗せて掻き込む。
こんなに食事が楽しいのはいつぶりだろうか。
少しのツナマヨで、大量に米が食える。
俺は夕方の為に炊いていた米も平らげて、満腹と幸せを感じたのだった。
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