第一章 サンタの忘れ物 5

「こんなものだ。悪いな、つまらなくて不快な話を聞かせて」


「いえ…」


姫さんは申し訳なさそうに小さな声で返事をした。

本当につまらない話を聞かせた。

こんなの毒にしかならないのだから。


「…話を聞いて思ったんですけど、魔法使いさんはどうして、幸せを奪わずに生きているんですか?」


意外にも、姫さんは口を澱ませることなく、俺に質問をした。

俺的には少し予想外だった。


「魔法を使えば、ま、言っちゃ悪いかもしれませんけど、魔法使いさんはこんな貧しい生活を過ごさなくていいわけじゃないですか」


そうだ。

俺だってこんな生活を望んで過ごしているわけではない。

けれど、俺は魔法を使わない。


「一度幸福になっても、いつかは不幸になる事に気づいたんだ」


「…?」


彼女は首を傾げながらも、真摯に俺に向き合ってくれた。


「世界に誰か一人でも不幸な人間がいれば、感染するように他の人間も不幸になってしまうんだよ。そして、いつかは自分に戻ってくる。多少は和らいでいるかもしれないが、誰かの不幸は必ず自分の下にやってくる。世界はそういう風にできているんだよ」


「…」


どうやら姫さんはまだ、あまり理解できていないようだ。


「例えばそうだな…。とある企業が倒産したとする。その出来事で一番不幸なのはその会社の社長さんだ。そして、職を失う社員が不幸なのはもちろん、その企業を利用する人も何かしら不幸になる」


「…なるほど」


と、姫さんは理解をしてくれたみたいだ。


「今回、例に挙げたのは規模の大きなものだけど、どんな些細なこと不幸でも、いつかは自分にやってくるんだよ。…それでいつかは蓄積される」


だからそう、この世界で本当に幸福になるなんてできない。

幸福だと感じても、それは一時的なものだから紛い物でしかない。


「…だから俺は、幸せになる事を諦めた」


そう、俺は諦めたのだ。

幸せになる事を。

それは辛いことから逃げる事をしなくなったのだ。

何もかもが面倒くさい。


「…じゃあ人間は、どうやったら幸せになれるんですか?」


姫さんはまっすぐと俺を見て、そう言った。


「そんな方法があるなら、俺が知りたいさ。俺の答えは『解なし』だ」


「私は分かりますよ」


彼女は迷う事なく言った。


「ずっと幸せでいられるなんて、きっと無理なんですよ。だから、何度も幸せを掴む為に頑張り続けるんですよ」


「…」


彼女はこの不幸せな世界に向き合う答えを出した。

俺はその正解とも間違いとも捉えられそうな答えに何故か納得せざるをえなかった。


「だから、その魔法は幸せになる事を諦めた魔法使いさんに与えられた、なんというか…、神…?が与えてくれたものなんじゃないですかね」


「…じゃあ、君は俺は自分を幸せにする為に、他人を不幸にしていいと言うのか?」


彼女の言っていることはつまり、そういうことだ。


「人間…ってそういうものじゃないですか?魔法使いさんだって、不幸せを両親に奪われていたんじゃないですか?」


確かにそうだ。

彼女の言うことは間違いなく正しい。


「悪い魔法使いなら、悪い魔法使いなりに本気で生きてみましょう」


俺はどこかスッキリしたような気分になった。

人間が人を貶めるなんて当たり前の事じゃないか。

ならば俺は自分自身の為に生きればいい。


「だから、幸せになるのを諦めるべきではないですよ」


俺は少し明るい口調で姫さんに言い返した。


「君には言われたくないなあ。姫さんはあの場所で蹲っていたじゃないか。幸せを掴むのを諦めていたのじゃないか?」


「そ、それは…」


実際、そんな事を考えていたわけじゃないだろう。

けれども、こう言われたらそうであると思ってしまう。

俺は少しクスリと笑った。


「でも…ありがとう。俺、自分の為に魔法を使ってみるよ」


「そうですか。それはよかったです」


姫さんは笑顔で言ってくれた。

なんて優しい子なんだろうと思う。

俺は姫さんに意地悪をする。


「それで、姫さんはこれからどうするんだ?」


「…」


姫さんは黙り込んでしまう。

少々意地悪をしすぎたかと思いながら、俺は言う。


「他人を不幸にして、幸せになるんだろ?」


俺は悪い笑みを浮かべて行っているに違いない。


「だったらまずは、目の前の他人を不幸にしてみたらどうだ?」


俺がそう言うと、彼女は少し困った後、覚悟を決めたのかこう言った。


「私を助けて下さい」


もっといい言葉があったろうに、けれど彼女は、ぼかす事なくしっかりと言った。


「任されたよ。姫さん」


俺はまた不幸になった。

断ればよかったかなと、後悔した。


・・・


「さてと!」


俺は立ち上がって、彼女が食べ終えたカップ麺を台所に持って行こうとした。


「ああ、自分でやりますよ」


「構わないさ」


俺は流しに残った汁を流して、中を少し水洗いしゴミ箱に捨てる。

俺の心は曇った空が完全にとは言わないが、晴れていた。


「あ、これどうしますか?」


姫さんが見せていたのは、俺がポケットに仕舞い込んでいた二千円札だった。

そういえば忘れていた。

折角のサンタのプレゼントだ。

大切に使わなければならないのだが。


「今日はクリスマスだ。ちょっとコンビニにケーキを買ってくるよ」


俺がそう言うと、彼女は不安そうに顔をした。


「まだ残っていますかね?」


「なに、ちゃんとしたクリスマスケーキでなくてもいいさ」


俺はコートも着ずに部屋を出た。

寒いはずなのに、全く寒さを感じなかった。

心が温かいからだ。

きっと、このお金の無駄遣いもそのうち後悔に思って、不幸だと思うのだろう。

けれども、それでもいいと思った。

不幸になったのなら、また幸せになればいいのだから。

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