第一章 サンタの忘れ物 4

俺は姫さんの事を羨ましいと感じていた。

姫さんの親が死んでいて、辛い、悲しいという感情が羨ましいと思っていた。

羨ましいという言葉は少し間違いかもしれない。

こんな感情を欲しいと思うのはロボットくらいだろう。

ただ、俺の知らない感情であるという点において、心底興味を引かれたのだ。

何から話そうか。

まずは俺の過去から語るべきだろう。

俺の両親は単的にいうと、クソだった。

他にもろくでなしだとか、クズだとか、ゴミだとか、二人を表現する言葉はいくらでも出てくる。

父は家で酒を飲むだけの呑んだくれで、母はそんな父を溺愛して財産などを貢いでいた。

両親がどんな風に出会って、結婚したのかは知らない。

知りたくもない。

ただ、母は異常なほどに父を愛していて、辛さを全く感じさせずに働き続けて、父を養っていた。

自分を愛して、そして養ってくれる父は母を利用して、そして愛していたのだろうか。

愛していたのかどうかはわからない。

ただ、嫌な記憶を思い返して母の顔を思い出してみると、かなりの美人だったはずだ。

そんな二人の間に何故か、俺は産まれてしまった。

両親が何故俺を産んだのかも知らない。

俺は本当に知らない事だらけだ。

それに全く興味がない自分の所為でもあるだろうか。

ただただ、両親は俺を愛していなかった事。

それだけは知っている。

母は父だけを愛していて、その二人の愛の結晶である俺には見向きもしなかった。

母と目線が合った記憶がない。

父はギャンブルや人間関係の腹いせに俺に暴力を振るった。

助けは求めなかった。

誰も助けてくれないとわかっていたから。

一度母に助けを求めた事があった。

母は父には好きなように生きて欲しいとかそんな事を思っていたのだろうか。

助けてはくれなかった。

父は腹いせを全部俺に向けるから、母は父から愛だけをもらっていた。

自分さえ愛されていればいい。

そんな事を思っていたのだろう。

家から逃げる事も考えた。

ただ、自分一人で外に出る事なんてできないという洗脳に近い父からの脅迫が俺をその家に縛りつけた。

そして俺は父の暴力に慣れた時に、真に恐怖するものを見つけてしまったのだ。


「なん、だこれ…」


小学校中学年頃の話だ。

父が荒らした部屋のゴミを片付けていた時に、開けたことのない棚にあった大量のメモを俺は見つけた。

俺はそれを開いたのだ。

そこには大量の数字があった。

小さな数字から大きな数字まで。

それらは俺が食べた食事や着ている衣類、オムツの値段や学校の制服からランドセルの値段まで。

そしてそれら全てを足した数字が一番目立つところに毎日更新されていた。

俺は恐怖でただ、震えた。

動く事もできず、どうする事もできないのだから。

服や食事を与えてくれるのだけは当たり前だと俺は思っていたのだ。

けれど、そうではなかったのだ。

震えながら俺の脳はある一つの結論を出していたのだ。

この以上の額を、将来両親に返さなくてはならないのか…と。

まさしく、母にとって俺は生きる貯金箱みたいな存在みたいだった。

皆が学校の校庭で、ドッヂボールやサッカーをしていた頃、俺は自分の将来に恐怖していたのだ。

そんな不安と絶望で満たされた日々を過ごしていた時だった。

俺は自分の持っている魔法のような特殊な能力を知覚した。

初めて使ったのは、自由に空を飛ぶモンシロチョウに思わず手をかざしていた時だ。

モンシロチョウは捕まろうとした花の葉に近づいた時、そこにいたカマキリに捕まって食べられてしまった。

そしてその日の帰り道に俺は、百円玉を拾った。

その時は何も感じていなかった。

ただ、その夜に事は起きた。

父に殴られていて、その時父に手をかざしていたのだ。

長い時間かざしていたと思う。

すると急にインターホンが鳴った。

台所で食器を洗っていた母が玄関に行くと、いたのは警察だった。

その時の事を詳しくは覚えていない。

ただ父が怒鳴っていたのは覚えている。

俺はその後、家庭内暴力を受けている子供として、施設に保護された。

両親の事は全く知らない。

警察の人が教えようとしてくれたが、俺は断った。

父と母からようやく離れられたのだ。

心底、どうでもよかった。

今は檻の中か、どこかでひっそりと生活しているのだろうか。

ただ、もう俺の目の前に現れなければどうでもいい事だ。

それからの人生は楽なものだった。

施設にいた子達は、不自由な生活と言っていたが、俺にはとても自由な生活だった。

それに、お互いの辛さを分かり合えるあの場所は俺を安心させてくれたのだ。

そして、その施設での生活で、俺は自分の特殊能力についてを知った。

『人の幸福を奪い自分のものにする』という不思議な力だった。

奪った人は幸せがなくなって、不幸になる。

奪う幸福の量は、手をかざす時間で調整できる。

手をかざしても、意識をしなければ幸福を奪う事はない。

だから、魔法を使う時は『幸せになりたい』とか『不幸になればいいのに』とかそんな事を考えながら手をかざしたら魔法を使えるのだと理解した。

けれども、施設を出て社会に出ると、俺はこの魔法を使わなくなった。

副作用というかデメリットというか、面倒なものがあったのだ。

…これが俺のどうしようもなくて救いようのない過去だ。

俺は初めてこの話をした。

だってそうだろう?

こんな話をしたら、相手を不快にさせるだけなのだから。





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