第一章 サンタの忘れ物 3

味の薄くなったカップ麺を俺は啜った。

色々と対処をしたのだが、先入れと後入れの両方のスープの素があったので、先入れのスープの素が薄くなってしまっているのだ。

まあ、食べられないことはない。

俺は後入れのスープの素に感謝しつつ、もう一度麺を啜った。


「…」


俺はチラリと、机の向かいに座る彼女を一瞥した。

彼女は口元に箸で運んできた麺を冷ましてから食べていた。

その一生懸命な姿に、俺は思わず微笑んでしまったり

すると、俺の視線に気づいたのか。


「…あまり見ないで下さい。食べられているところをみられるのは恥ずかしいです…」


恥ずかしそうに口元を覆った。

彼女は隠すことが多くて大変だなと、ついそんな事を考えてしまった。

もう一度俺のコートを着て、胸元を隠したり。

それ以上に何か大きなものを隠しているのも確かだ、

俺が聞かないから言わないだけかもしれないが、飯くらいはゆっくり食べさせてあげるべきだろう。


「食べてるところを見られることのどこが恥ずかしいんだ?」


「…それは。と、とにかく恥ずかしいんですよ!」


「理由になってないんだが…」


俺の他人との食事の少なさによる経験不足だろうか。

彼女が例えば、親しい誰かと食事をする事になったら、どうするのだろうか。


「その…。貴方は恥ずかしくないんですか?」


「全然思わないな。貴族にでも生まれ変わらない限り、そんな事思えないんじゃないか?」


「そういうものなんですか?」


「そういうものだな。…少なくとも俺は」


間違いなく、彼女と同じ考え方をする人はこの世に何人もいるだろうし、それは俺の考えにも同じことが言えるだろう。

そんな事を考えながら、箸で麺を摘もうとしたら、いつの間にか麺はなくなっていた。

もう、食べ終えてしまったみたいだ。

俺は残っているスープを少し口に含んだ後、容器を台所に持って行き、残ったスープを流しに捨てた。

容器を軽く水で洗って綺麗にした後、プラスチック用のゴミ箱に捨てた。

俺が部屋に戻ると、彼女も丁度カップ麺を食べ終えたところのようだった。

俺は彼女の前にどっかりと座った。


「さて、色々話を聞かせてもらうぞ?警察がやらないなら、俺がやるしかない。えーっと」


そういえば、俺が知っている彼女の情報は年齢が十七であるということのみ。

それ以外はまだ何も知らないのだった。


「…姫って、呼んでください」


「?」


…名前では多分ないはずだ。

なるほど、確かに俺に名前を教える必要もない。

なんなら、赤の他人に無用に名前を教えない方がいいだろう。

ただ、自分の事を姫と呼ばせるのは少しハートが強すぎやしないだろうか。


「わかったよ、姫さん。あ、俺の事は、騎士でも魔法使いでもなんとでも呼んでくれ。できれば俺は後者が嬉しい」


「からかわないで下さい!真面目に答えてくくださいよ」


「まあ、本名を教えるつもりはないから、早く決めてくれ」


俺が姫さんにそう告げると、姫さんは少し悲しげな表情をした。

あれ、俺なんか変な事言った?

彼女は曇った表情を直して言った。


「…わかりました。それじゃ、ご希望通りにお呼びしますね、魔法使いさん」


…なんだか少しむず痒いというか何というか。

三十歳まで俺は童貞なのかもしれない。

とりあえず、話を進めよう。


「何から聞こうか迷うがとりあえず、一番気になる事を聞こうか」


勿論、交番での事だ。


「何故、姫さんはそこにいるのに、誰からもいない者扱いを受けている?」


交番へ向かう道もこの部屋へ向かう道も、彼女はずっと、俺の後ろをついてきていた。

一見何の意味もない行動だが、交番での出来事を踏まえてよくよく考えると、俺にもわかる。

そして俺の問いに、彼女は予想もできない答えを述べた。


「多分ですけど私、別の世界から来たんです」


・・・


「別の世界?」


予想していなかったら答えに、俺は聞き返すしかなかった。


「ええ」


「それじゃあ姫さんは、別の世界から異世界転生してきたと?」


「魔法使いさんが思っているような異世界じゃなくて、全く同じの日本ですし、多分死んでいないので、召喚かと。いや、ひょっとすると死んだのかな…」


何を物騒な。

てか、異世界についても詳しいな。


「私は学校から帰ってきて、家族で外食に行っていたんですよ。そして、帰りの車で多分寝ちゃったんです。そして気づいたらあそこにいて…」


俺と出会ったイルミネーションのところか。


「え、でもそれだったら、何故俺と出会った時には家族がいないとか、帰るところがないとか分かっていたんだ?」


俺がそう尋ねると姫さんは言った。


「いえいえ、魔法使いさんと出会う結構前に私は異世界召喚されたんですよ。それで私、自分の家に行ったんですよ。そしたら…」


姫さんの表情はみるみる暗くなっていった。

俺は思わず息を呑んで、次の言葉を待った。


「私と父と母がこの世からいなくなっていた…。死んでいたんですよ」


「…!」


「少し、驚かせてしまいましたか?」


「あ、ああ。大丈夫だ悪い続けてくれ」


少し、心が痛んだ。

もっと辛いのは姫さんのはずだ。

なのに俺に気を使わせてしまった。

俺は頭を抱えて聞いた。


「家では、お婆ちゃんがいたんですよ。私は思わずお婆ちゃんを呼びました。お婆ちゃんはこっちを見てくれた、けれど、何事もなかったかのように私たち三人の仏壇を拝み始めたんです」


ということはつまり…。


「姫さんという存在は見えているけど、認識はされていない…?」


「まさしくその通りですね。周りから全く見えないよりはマシなのかもしれませんが」


本当にそうだろうかと思ってしまった。

そんなの、見えていないのとは同じではないのかと思ってしまう。


「私、最初は幽霊にでもなったんじゃないのかなと考えたんですけど、実体もあるし、少なからず私の事が見えているのなら、可能性は低いのではと考えています」


確かに、姫さんが幽霊だとは俺も思えない。


「私は持っていた荷物を家に投げ捨てて、家を飛び出しました。怖くてその場から逃げ出したんです。何人もの通行人とぶつかりながらも走って、疲れて歩いて、気がついたら、あそこに戻ってきていたんです。それで、誰の邪魔にもならなさそうなあの場所に座っていました」


「そうか」


正直、自分の予想から外れすぎていて、俺は戸惑いを隠せずにはいられなかった。

自分が誰にも認識されないという恐怖は、計り知れないものだろう。


「でも、ずっと疑問に思っているんですけど、なんで魔法使いさんには私の事が認識できるんでしょうね?魔法使いさんは実は霊媒師だったりします?」


「いや、霊媒師ではないな」


「そうですか。なら、私が幽霊である確証はまだありませんね」


「でも俺は普通の人間じゃないんだ」


「…普通の人間じゃない?」


姫さんは訝しげに首を傾げた。

当たり前だ。

こんな人間、多分この世界にも、姫さんの世界にも俺以外存在しないだろうと思っている。

俺は姫さんがひょっとするとなんて考えていたが、検討もつかない。

これが同じなのか同じではないのか。

とりあえずは、自分について話すべきだ。

姫さんが信じるか信じないかはともかくだ。


「俺は、人を不幸にする悪い魔法使いなんだ」

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