第11話 アーマンドの飲み会事情

 メレディスさんが屋敷の人達によって別室に連れ出され、主催者不在のパーティーとなっても、会場であるホールは賑やかだった。

 その賑やかさの中心にいるのは、今更言うまでもないだろうが、私である。


「いや、実に痛快でした。素晴らしい」

「是非ともお近づきになりたいものですなぁ」


 パーティーに参加している貴族様、その貴族様が連れてきた覚醒者の人が、次々に私に声をかけては、握手を求めてくる。

 少し恥ずかしい思いもあるが、あれだけの大立ち回りを繰り広げて恥ずかしいも何もない。笑みを返しながら握手に応じる私だ。


「ありがとうございます。恐縮です」

「彼女と交流を持ちたいのであれば、三番街通りの『赤獅子亭』に来るといい。勿論、私の居ない時にね」


 私の隣に立つパーシヴァルさんも、心なしか嬉しそうに見える。いたずらっぽく笑う彼に、貴族の方々がからからと笑った。


「はっはっは、全くです」

「コンラッド伯との間に割って入れる貴族が、この王都にもどれだけおりますことか」


 そうして再び、パーティー会場にどっと笑いが巻き起こり。その笑い声の渦の中で、私ははにかみながら目を細めた。

 確かに話を聞いていると、このパーシヴァル・コンラッドという人物がどれほど力を持った存在なのか、が感じられる。外交官ということだから、生半可な人物では到底務まらないのだろう。

 そうして再び談笑が始まる中、とある貴族の男性が私の手の中に白ワインを注ぎながら、感慨深げに言った。


「しかし、それにしても……豪胆でいらっしゃいますね、リセ嬢は」


 ワインを注がれながら、私は目を見開く。

 その言葉に疑問を返す間もなく、他の貴族や覚醒者が口々に、私を褒め称え始めた。


「その通りです。酒に酔って乱暴になったベンフィールド伯にも物怖じせずに立ち向かい、更には酔い潰しにかかるなど」

「酒場の女中と聞いておりますが、その職に留めておくにはなんとも惜しい」


 四方八方から褒めそやされ、私はまごつくしかない。先程の私の行動が褒められているのは分かるが、そこまで褒められるようなことをしただろうか。あの熊に毅然と立ち向かったことが、この国ではそんなに褒められることだったのだろうか。

 困惑する私の後ろで、モンタギューさんがにこにこしながら口を開く。


「ははは、その性根の強さと心の強さが、リセ嬢のいいところでありますからな」

「全くだ」


 彼の言葉にパーシヴァルさんも頷いて、私の肩にぽんと手を置きながら話し始める。


「酒の場での不正を決して見逃さず、無法には敢然と立ち向かい、そして酒への強さを以て、相手を傷つけることなく征服する。強い女性だよ、この国の人間にはない強さだ」


 パーシヴァルさんが手放しで私を褒めれば、周囲の貴族たちから、特に大きなため息が漏れた。


「ほほう……」

「これは、得難い人物が覚醒してこられたものですな」


 そう言いながら、彼らは私への称賛の声を惜しまない。

 これは少々、居心地が悪い。私は振り返り、声を潜めながらパーシヴァルさんとモンタギューさん……「赤獅子亭」の常連客二人に声をかけた。


「あの、パーシヴァル様、モンタギュー様、すみません」

「うん?」


 私の声に、パーシヴァルさんが目を見開くと。私は一層小声で二人に問いを投げた。


「私、完全に話についていけていないのですが、皆様はつまり私の、何を・・そこまで褒め称えていらっしゃるんです?」


 その私の問いに、二人共が目を見開いて。

 直後だ。二人揃って大声を上げて笑い始めた。声を潜めた私の努力が無に帰した。


「はっははは、そうか、失礼した」

「当人を置いてけぼりにしてしまっていたとは、いや失敬失敬」


 大きく笑う二人に、視線が集中する。招待客の視線を一手に引き受けながら、モンタギューさんが私に説明を始めた。


「このアーマンドにある国々において、酒を飲み交わす場というのはある種、不可侵のルールというものがあるのです。そのうちの一つが、『場を催した人に逆らってはならない』というもの」


 モンタギューさんの説明に、その場のほぼ全員が大きく頷いた。それほどまでに、周知されたルールであるらしい。

 そういえば私も働き始めてすぐの頃に、「お客さんには逆らってもいいけれど、タニアさんには絶対逆らっちゃダメよ」と、ベッキーさんから説明を受けたっけ。


「『赤獅子亭』で、タニアさんに逆らっちゃいけないみたいな感じのやつです?」

「そうだね。正確には彼女の上、店長であるロビン・ラーキンズ殿に逆らってはならないという事になっているが……店長はほとんど表に出てこないからね、タニア嬢がその役目を担っている」


 私の言葉にパーシヴァルさんも同意した。タニアさんの上には彼女の旦那さんである、店長のロビンさんがいる。しかし彼は他にも持っている店の管理で忙しく、「赤獅子亭」の運営はタニアさんに一任しているんだそうだ。

 モンタギューさんもそこに頷きつつ、右腕をこのホールの中へと向ける。


「はい。ですから貴族の面々は今回メレディス卿がしたように、酒席を自ら催して場を作ることを好みます。そうすれば、『自分に逆らえない状況を作れる』からです」

「あ……あー……」


 彼の言葉に私は納得の声を漏らした。

 いい酒を飲みつつ、いい女性と交流したいなら街の酒場へ。自分の作った場で自分の思い通りに動きたいならパーティーを。そういう形で区分けがされているのだ。

 そして、自分がパーティーの主催者になれば、その暗黙のルールによって自分が思う通りに振る舞える。周囲は反抗してくることはない。

 あの酒乱のメレディスさんが自分でパーティーをよく開催するのは、そういう理由もあったのかもしれない。


「それ、主催者のやりたい放題にできちゃうってことですよね?」

「仰るとおりです。なのでリセ嬢が今回真っ向から反抗するまでは、この場で彼に逆らうものは、誰もおりませんでした」


 私が眉をひそめながら言えば、モンタギューさんは残念そうに頷いた。

 つまり、これまでのメレディスさんのパーティーでは、いくらメレディスさんが暴れようが暴言を吐こうが、誰も逆らえずにいたわけだ。それは、増長してもしょうがない。

 招待客が揃ってため息をつく中、モンタギューさんが笑いながらグラスを差し出してくる。


「だから皆様は、リセ嬢の行動を褒めていらっしゃるのですよ。不正を見逃さず、ルールだからと縮こまらず、毅然と立ち向かったその勇気に」


 その言葉に、ようやく得心がいった私は、笑ってグラスを差し出した。そっと交わされたワイングラス。モンタギューさんがグラスの中のワインを飲むのに合わせて、私もワインを飲んだ。

 つまりは、この世界で私は暗黙のルールを破った・・・わけだ。そしてルールを破ってでもメレディスさんの酒の場での不正を、真っ向から叩きのめしたのだ。

 なるほど、そういうことか。それは称賛もされるだろう。


「ま、厳密に言えばルールに反してはいるけれど、綺麗に収めたよ、リセ。飲み比べとなれば直接手を下したわけではないし、ある意味合法的に相手をやっつけられる……君ならね」


 パーシヴァルさんも嬉しそうに笑って、私にグラスを差し出してはワインを飲む。そこからどんどん、私の方へとグラスが差し出され、中にワインが注がれ。

 たちまちパーティーの人気者にのし上がった私へと、モンタギューさんが苦笑しながら言った。


「そういうことです。これはもしかしたら、リセ嬢……各貴族から次々、同伴のお声がかかるようになるかもしれないですなぁ」

「うわー……そういうことですか」


 その言葉にため息を付きながら、何度目かの酌を受ける私だ。

 これは、明日から忙しくなるかもしれないぞ。ドレスの替えとかあったかな。その点が少し、今から気がかりだった。

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