第10話 仁義なき飲み比べバトル
私とメレディスさんの間に、次々に人とワインボトルが集まってくる。
にわかにざわつき始める私の耳に、パーシヴァルさんの面白そうな声が聞こえてくる。どうやら、見物のつもりらしい。
「ふふっ、やっぱりこうなったか」
面白そうに話しながら、状況を見物するつもりらしいパーシヴァルさん。彼に、モンタギューさんが心配そうに声をかけてきた。
「よ、よろしいのですか、コンラッド伯爵。あのような形でリセ嬢に任せてしまって」
モンタギューさんも私のことは知っている。私の飲みっぷりについても知っているはずだ。一度、酔い潰したこともあるし。
だから彼も、私の酒の強さを疑う理由はない。心配をするとしたら、それ以外のところだろう。私が飲んでいる最中にメレディスさんに殴られるとか。
そんなところだろうか。そこに小さく目を伏せたパーシヴァルさんが、モンタギューさんに視線を向ける。
「モンタギュー、君は『赤獅子亭』の常連客の一人だろう?」
「え、ええ、まあ」
彼の言葉に頷くモンタギューさん。それを確認して、パーシヴァルさんが薄っすらと笑みを浮かべていった。
「なら、君はリセが負けると思うかい?」
その言葉に、彼ら二人の周囲の人物が息を呑んだ。
そうだろう、こうまではっきりと、きっぱりと酒場の女中の肩を、一人の貴族が持つというのだから。
モンタギューさんもその点には驚きを隠せないらしい。しどろもどろになりながら、私とメレディスさんの姿を交互に見る。
「……そ、それは、その」
「メレディスも酒豪として名の知られた人物ではある。けれど、リセには敵うはずもない。既に飲んだ酒の量を考慮しなくてもね」
ダメ押しとばかりに発せられたパーシヴァルさんの発言に、メレディスさんの眉がぴくりと動いた。大きく口を開いて、パーシヴァルさんに向かって大声を飛ばす。
「なめんじゃねぇぞパーシヴァル!! 俺がこんな小娘に負けると、本気で思ってやがんのか!?」
その声に何人かの招待客がびくっと身を強張らせるが、パーシヴァルさんは怯まない。きっと、そんな声を何度もかけられてきたんだろう。
「飲んでみればわかるさ」
平静な返事に、ぎりりとメレディスさんが歯をくいしばる。
その反応を見て、私はうっすらと目を細めた。
「……へーえ」
私に助け舟を出してくれたわけだ。こうしてメレディスさんを挑発し、いきり立たせてペースが崩れたら儲けもの。崩れなくても私の助けにはなるだろう。こういう飲み比べで片方に肩入れするというのも、どうなのだと思う節はあるけれど。
ともかく、やるならやらねば。味方してくれたパーシヴァルさんのためにも。
「お相手
「なめやがって……叩きのめしてやる!」
そう話しながらメレディスさんが、ワインで満たされたグラスを手に取る。それと合わせて、私もワインの入ったグラスに手を付けた。既に何本ものワインボトルが開栓されている。準備万端だ。
モンタギューさんが連れてきたサリーさんという覚醒者の女性が、そっと手を挙げる。
「よーい……はじめ!」
降ろされた手。すぐさま私と彼がグラスに口をつけた。目の前でメレディスさんが、どんどんワインを飲んでグラスを傾けていく。すぐにグラスは空になった。
「……ふんっ! おい、次をよこせ!」
「は、はいっ!」
空になったグラスにサリーさんがワインを注ぐ。一定量グラスにワインが満ちれば、すぐにメレディスさんが口をつけて。その二杯目も、彼はすぐに空にした。
「(あら、まだ行けるんだ)」
意外だ。酔っ払うほど既に酒が入った後のはず。それでこれだけワインをグビグビ飲めるのは、結構すごい。そう考えながら私は一杯目のワインを空にする。
次々グラスを空けていくメレディスさんを見て、パーシヴァルさんの周囲の人々が不安そうな声を上げた。
「だ、大丈夫なんですか」
「パーシヴァル卿、あのお嬢さんに一任するなんて、無茶なことを」
その口ぶり、私を心配していると言うよりは、私を焚き付けたパーシヴァルさんを心配しているようだ。まぁ、パーティーという公共の場で、連れてきた女性に飲み比べをさせ、負けさせたとなったら、彼の世間での評判は落ちるだろう。
そう心配されるくらいに、メレディスさんは酒豪だ、ということだ。きっとそうだ。
しかしそれでも、パーシヴァルさんの自信は揺らがない。
「心配することはないさ、皆。よく見てご覧」
そう言いながら彼が、私の方に目を向ける。飲むペースに波があり、時々口元を拭ったり息を吐いたりして安定しないメレディスさんに対し、私は着々と、ペースをブラさずにワインを飲んでいた。既に三杯目が空になる。
「よろしくお願いします」
「はい」
ワインを注いでもらいながら、私はちらと前を見る。四杯目を空け、五杯目に入ったメレディスさんが、こちらを睨みつけてくる。すごい目をしているなぁ。
その言外でのやり取り、気迫に満ちた視線。周囲の人々からどよめきが起こる。
「おぉ……」
「メレディス卿の気迫にも勢いにも飲まれることなく……なんという胆力だ……」
全く動じずにワインを飲み進めていく私を見て、周囲の貴族たちが声を上げた。
私は、メレディスさんのあの目を前にしても、飲みっぷりを前にしても、全く怯まないで自分のペースで淡々と飲んでいるのだ。こんなこと、普通の小娘では決して出来ないだろう。
パーシヴァルさんが嬉しそうに笑いながら、私に目を向ける。
「そうだろう。リセはあれがすごいんだ。どんな相手を前にしても、どんな状況に置かれても、そのペースを崩すことはない。類稀なる心の持ち主だよ」
そうこうするうちに、メレディスさんと私の飲んだ量の差は、どんどん縮まっていく。メレディスさんはどんどん飲むペースが落ちている。ちょっと飲んでは息を吐いて、頭を振ってまた飲んで。明らかにつらそうだ。
「くっ……」
「おや、どうされましたベンフィールド伯爵? つっかかって飲まれすぎたのでは」
苦しそうな表情のメレディスさんに対し、私は相変わらず平然としていた。
顔も全然熱を持っていない。まぁ地球にいた頃からそんなに顔に出る方ではなかったけれど。うっすら笑みを浮かべながら、私はまたグラスに口をつける。
パーシヴァルさんが自信に満ちた声で話す。
「淡々と飲む。ペースに一切乱れが出ない。だから共に飲む相手は、よほど気をつけていないと自身の飲むペースを誤って、酔いが回る……酒飲みにとっては天敵だよ、彼女は」
そう話しながら、まるで自分のことのように話すパーシヴァルさん。うーむ、恥ずかしい。そこまで言われるほどだろうか。
彼の周囲にいる貴族たちが、口々に彼へと声をかけに行く。私のことを聞くために。
「パーシヴァル卿、よもや、それを見越した上で、彼女をこの酒席にお誘いに……?」
「それに、その口ぶり……きっと彼女を、『赤獅子亭』で見初めてお連れしたのだろうと思いますが……」
そう話しながら、視線を向けてくるお貴族様方。今や私のほうが、メレディスさんより注目を浴びていた。ますます恥ずかしいが、私の飲むペースは落ちない。落ちようがない。
「ふふ、さて、どうかな」
そうしてパーシヴァルさんがにっこり微笑んだところで。
時間をかけてようやく空にしたワイングラスを、メレディスさんが持った手ごとテーブルに叩きつけた。
「ぐっ……!」
「わっ」
テーブルが揺れ、皿やグラス、ボトルが揺れる。幸い割れたものはなさそうだが、メレディスさんが握りしめていたグラスには、欠けが見て取れた。
限界だろう。テーブルに手をかけて崩れ落ちる彼を見下ろしながら、私が静かに声をかける。
「危ないですよベンフィールド伯爵、机が壊れて怪我をしたらどうされます」
「うる……せぇっ……」
私の言葉に、メレディスさんは減らず口を叩いてくる。とはいえ、息は荒いし顔は青い。これ以上は、一滴だって飲めないはずだ。
決着のときだ。私はワインボトルを持ったままのサリーさんに声をかける。
「サリーさん、でよかったでしょうか。現在の本数はどのように?」
「えっ、と……」
私の言葉にハッとしたサリーさんが、自分の手に持ったままのワインボトルを光にかざす。分厚いガラス製のボトルの中には、まだワインが僅かに残っていた。
「ベンフィールド伯がボトル二本に僅か届かない程度、リセさんが……えっ!?」
ついで私の飲んだ分を調べに入ったサリーさんが、驚きの声を上げる。
彼女の目の前には、
信じられない、と言いたげな表情で、サリーさんが言った。
「……
「はぁっ!?」
彼女の言葉に、私はニヤリと笑う。
完勝だ。メレディスさんにとっては大敗だ。その事実に、彼が愕然とした顔になる。可哀想だが、勝負とはこういうものだ。
拍手が送られる中で、パーシヴァルさんが私に向かって一歩前に進み出る。
「リセ」
「はい」
その言葉に口元を拭いながら、私は返事を返した。どうせ、その次に飛び出す言葉は
で、彼は笑いながら言うのだ。
「まだまだ余裕だな、そうだろう?」
ほら、やっぱり。ため息を付きながら、涼しい顔をして私は返す。
「ええ。でも流石に、同じワインばかり飲みすぎて飽きてきました。口直しに他のワインが欲しいですね」
発せられたその言葉に、会場から大きなどよめきが起こった。ワインボトル二本とさらに三分の一。それをこの時間内に飲み、パーティー内でもさらに飲んでいて。
それでまだ飲める。むしろ違うワインが欲しい。
そりゃ、驚かれて当然だ。
ちらと視線を向ければ、メレディスさんの顎がストンと落ちている。
「こういうことだよ、メレディス」
「……チッ」
パーシヴァルさんがダメ押しとばかりに言えば、熊の貴族が苦々しく舌を打った。
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